*7話 東京ロックダウン⑤ 陽動ヘリ
救出作戦に先立ち、代々木公園の第2選手村に滞在する各国選手やスタッフたちへ作戦の概要と、それに備える事が要請として伝えられた。また、それに併せて、余計な被害(例えば一緒に救助されようと代々木公園第2選手村へ来ようとする周辺住民)を防ぐため、救出作戦の事実をネットなどで口外しないようにも伝えられた。
ただ、このような「秘密」が厳重に守られることはなく、直ぐにネット上で「代々木公園第2選手村へ救助ヘリが来る」という情報が拡散してしまう。
現在、「魔物の氾濫」領域内でも有線回線を通じた通信は可能だ。その一方で、スマホやテレビ、ラジオを通じた情報の大量配信は不可能になっている。この中途半端でアンバランスな情報伝達の手段が混乱を生じさせ、拡散させていった。
事態を察知した日本政府は、問合せの電話に対する対応、動画配信サイトへの動画アップ、ケーブルテレビ各社からの放送、などで、今回の救出作戦が限定的なものであることを伝える努力を行った。
しかし、一度「救出作戦」の可能性を見てしまった人々の動きはそれだけで抑える事が不可能であった。現に、高度2,000m上空に滞空する空自の偵察機からは、代々木公園の周辺で路上に幾つかの人間の集団を確認している。それらの集団は公園の北へ向けて移動しているのか、それもと何かから逃げているのか、とにかく、十数人の集団として移動していた。
そのような状況下で「救出作戦」は開始された。
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『コブラ1、こちらジャパン・エアフォース、アスターワン。応答願う――』
無線機から流れるのは少し
『コブラ1、聞こえているか? こちら――』
繰り返される無線呼び出しに、
「大尉、コブラ1ってオレ達のことですよ」
「あ? ああ……そうだったな。ったく」
大尉と呼ばれたパイロットは舌打ちすると、「オペレーション用の特別コールサインなんて、面倒な」と愚痴る。それに対して副操縦士は「上は気合が入ってますね」と応じる。
「こちらコブラ1、聞こえている――」
『貴機の位置は指定領域の南西1kmだ、12:20に域内へ進入せよ』
「ラジャー」
『域内に入ると貴機の位置は追えなくなる、指定のルートを守って――』
「わかっている。問題無い」
『武運を祈る』
「サンキュー」
無線はそれで途切れるが、大尉はそのまま無線を僚機に向けて使うと、
「聞こえていたか、コブラ2、コブラ3」
『ああレック、お前がスッ
「はは、勘弁してくれジョージ。――これから領域に侵入する。コブラ3は領域の際で待機」
『コブラ2、ラジャー』
『コブラ3、ラジャー』
「よし、それじゃ、いっちょ遊覧飛行を始めるか!」
その言葉で無線をオフにすると、操縦士 ――レック大尉―― は操縦桿を手前に倒す。それで、彼が乗るコブラ1と僚機のコブラ2 ――2機ともHH-60ペイブホーク―― は高度を少し落としつつも速力を増す。
「アフガンでもイラクでもない東京の空だ。対空兵器の心配をしなくていいのが助かる」
「まさか、モンスター側に対空戦闘能力があるヤツもいないでしょうし――」
「まぁ、そこら辺は分からないが……っと、そろそろ領域だな」
「……無線、電波高度計、GPS、信号ロストです」
「目が見えてれば十分だ、高度だけ見ていてくれ」
そのような会話の後、レック大尉は自機の高度を保ちつつ
「しっかり撮っておけよ。何処にどれだけ人が居るか、情報は有ればあるほど良い」
「分かってますよサミー少尉」
「もうちょっと降りてくれると良く撮れますがね!」
副操縦士(サミー少尉)の言葉に、後方キャビンで左右のドア付近に座っている2人の乗組員が答えた。彼等は言われた通り、彼等は小型のカメラを左右のドアから下方へ向けている。
そこからしばらく機内は騒音と緊張を無言で呑み込むような時間に包まれる。「遊覧飛行」だなどと
2機の在日米空軍横田基地所属のHH-60は高度を保ちながら北東を目指して進む。そうして、2機は東大駒場キャンパス上空をパスし、山手通りの上空を横断して、近くの中学校を眼下に見る。
「そろそろポイントです」とは足元から下を覗き込むように見る副操縦士のサミー少尉。
「わかった、高度を下げる」とは操縦士で機長も兼ねるレック大尉だ。
その会話で2機のHH-60は一気に高度を下げ始めた。
ここまで高度を上げた状態で領域内を飛行したのは、自機が領域の外周側に居るモンスターを中に
「大尉、勢い余って着陸しないでくださいよ」
「分かってる。オレもモンスターとドンパチやりたい訳じゃない」
「ならいいですけど……高度300フィート、250、210、160――」
そのようなやり取りで、2機は高度120フィート(約36m)まで高度を下げる。そして、
「うげぇ……」
「……酷いなこりゃ――」
操縦席の2人は36m下に展開された「惨劇の痕」に絶句した。2人ともそれなりに経験のあるパイロットだ。前の任地では、自爆テロ直後の現場に救援隊を送り届けた事もある。ただ、その時目にした現場の惨状が「この世の地獄」だと思っていた2人は、それを上回る惨劇の痕に言葉を失う。
眼下の道路には、何人分だろうか? 想像がつかないほどの大量の血痕が撒き散らされており、所々で赤い水溜まりを作っている。夏の日差しを受けてヌラヌラと光る血溜まりには明らかに人体の一部と思われる欠片が散乱。あちらこちらにそれを引き摺ったような痕があり、今まさに、犠牲者の身体を喰らっている「犬」の大群が居る。
機関銃や爆発物では、人の身体は
後方ではドアガンの横に居た乗組員がカメラを片手に胃の中身をキャビンにぶちまけてる。彼は吐しゃ物がこびり付いた口をそのままに、カメラを投げ出すとドアに据え付けられたM2重機関銃に手を掛ける。そして、悪態を吐きながらチャージングハンドルに手を掛ける。
「ジム、止めろ!」
「サム、ジムを止めるんだ!」
レック大尉とサミー少尉の声が同時に響く。それで、もう1人の乗組員(サム)が、ジムを止めよう肩に手を掛けるが、
――ド、ド、ド、ド、ドッ
瞬間、間に合わずM2重機関銃が12.7mの弾を下方へ向けて雨のように吐き出す。吐き出された銃弾は、食事中のメイズハウンドの一団を襲い、道端に粗挽きのひき肉の山を作る。
機内のキャビン側ではサムがジムの頬を殴り、そして何かを早口で怒鳴っている。一方、操縦桿を握るレック大尉は「チッ」と舌打ちをした後、
「まぁ良い。どうせコッチは陽動なんだ、少しくらい目立たないとな」
と、諦めたように言う。
「また始末書ですかね」とはサミー少尉。それに対してレック大尉は、「黙って周囲の警戒をしろ」と返す。そして、
「出てきてますよ。あちらこちらから発砲音に惹かれて……でも凄い数だ」
それを受けたサミー少尉が周辺を見回して、そう言う。確かに、凄い数だった。道路に繋がる路地から数十匹単位で「犬」や「ゴブリン」が姿を現す。中には事前の情報には無かった、人型のモンスターも存在する。
「時間は?」
「12:42、予定よりも3分ほど早いです」
「まぁこれだけ寄せ集められれば良いだろう」
そんな操縦席のやり取りで、コブラ1はその場で回頭すると機首を南へ向ける。そして、
「離脱する」
という事になった。ただし、その離脱経路は来る時よりも複雑で且つ、神経を使うものだ。なんといっても、幹線道路の上空をモンスターを引き連れるようにして飛ばなければならない。
「行きはヨイヨイ、帰りはコワイってか」
「なんですか、それ?」
「日本のことわざ、だったかな? 帰り道には気を付けろって意味だ」
「なるほど、大尉は博学ですね」
「馬鹿にしてるだろ……って、サミー、後ろを見ろ」
軽口を叩くレック大尉の口調が強張る。その声に促され、サミー少尉は最初にミラーを見て、次いで副操縦席から身を乗り出すようにして後方を確認する。
「なんか、ヤバそうなのが混じってますね」
「黒い巨人……腕が四つもありやがる。あんなのデータに無かったな?」
「はい……でも、作戦開始前に代々木の通りでアレの肌色の巨人がドローンに撮られていたはずです」
「だったら、色違いか?」
「分かりませんよ、そんなこと。でも……追い掛けて来るのを止めたようです」
「……陽動に気付いた?」
「戻りますか?」
「いや、このままだ。ざっと200匹はモンスターを引き連れている、上出来だろう」
「ラジャー」
その後、コブラ1とコブラ2は黒い四つ腕の巨人が離脱した後のモンスターの群れを誘導するように、南東を目指し山手線に出たところで、線路伝いに領域外へと向かう。なんとか予定通りの作戦を行うことが出来た。
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このような陽動ヘリの動きは、その後部隊を変えながら都合6回行われることになった。その間、先発したコブラ1・2が領域外周に建つ高層マンションの屋上に避難していた住民達を「行き駆け駄賃」とばかりに、救助した。これが契機となって、領域南西側は在日米軍のヘリによるレスキューが進むようになった。
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