*6話 東京ロックダウン④ 強行救出作戦


 10:20頃、<メイズ緊急対策本部>から防衛省と警察庁に対して1つの命令が下った。それは、


――代々木公園第2選手村に対する救出作戦の実行――


 というものだった。


 意思決定は飯沼総理以下、その時点で連絡が取れた重要閣僚5人によって行われた。意思決定に至る経緯は、当初伏せられていたが、後日開示された。その情報によると、外務大臣(というよりも外務省そのもの)が強く救出作戦の実施を主張し、官房長官が同意。防衛大臣は憂慮を示しつつ総理の決定に従うとし、対して飯沼総理は最後まで慎重な立場だったという。


 しかし、結局は救出作戦を決行することになった。


 第2選手村に選手やスタッフを滞在させている国々は、コロナウィルスの蔓延がまだ残っている、所謂いわゆる「第三世界」の国々が多数を占めているが、その盟主たらん・・・としている中国政府がかなり強力に作戦実施をゴリ押して来たのだ。


 それでも、相手が中国以下の「第三世界諸国」ならば、日本政府は黙殺する事が出来ただろう。しかし、この動きに対して日本の唯一の同盟国である米国が、日本の意に反して行動を促すような働きかけを行った。


 恐らく、中国の台頭に対する政治的な牽制という意味合いがあるのだろう。


 既にコロナウィルス蔓延国ではない中国・・・・・・・・・は、しかし、必要が無いにも関わらず、自国の選手団を率先して第2選手村へ選手を送り込むようにしている。「オリンピック憲章に基づく諸国民の融和」を率先して示すため、という名目だ。


 昨今、経済成長に翳りが見え始めた中国に対して、その後援を受けている「第三世界諸国」からも、非難の声が上がっていた。所謂「中国離れ」が起きようとしていた。そんな情勢を打破するべく、中国は自国の選手を第2選手村へ送り込んだし、今は彼等の救助を強く日本に求める動きの先頭に立っている。


 早い話が「人気取り」のパフォーマンスなのだが、そんな中国の動きに米国が敏感に反応した訳だ。


 結果として、「日本政府が独自に、在日米軍の協力を得て、先ずは第2選手村に残る人々の救助活動を始める」という事になった。


 勿論、現場の自衛官や在日米軍兵士にしてみれば、自分達の預かり知らない所・・・・・・・・でいつの間にか決まった事だ。ただ、異を唱えて任務を投げ出す者はいなかった。


*********************


 救出作戦は空からピンポイントで行うことになった。


 理由は幾つかあるが、宇都宮から練馬駐屯地に進出した中央即応連隊を中心とした車両部隊を進出させるのは時期尚早だと判断されたためだ。


 現在、練馬に進出した中央即応連隊は晴海で発生した「魔物の氾濫」に対処するべく、そちらの方面に大半の車両を差し向けている。そのため、近隣の部隊からの増援を待っている状況だった。


 また、警視庁からの報告によると、現在都心は早朝に敷かれた非常線と交通規制によって軽い混乱状態にある、とのことだ。正午を過ぎないと道路事情は落ち着かないという。この状態で現存する車両を送り出せば、都心部の混乱に拍車をかけるだけだという判断もあった。


 更には、既に晴海でも行われていることだが、モンスターを撃破する事によって、現在避難している人々を新な危険に晒す可能性も考慮された。所謂いわゆる「リスポーン問題」だ。


 以前と違い、車載の軽機関銃Minimiでも「5.56mmMiZ弾」の恩恵を得て攻撃力は十分だと思われている。ただ、そうなると自ずと「発砲=モンスター撃破」となる。その結果、現在なんとか身の安全を保っている大勢の人々の間近で不意のモンスターリスポーンが発生するかもしれない。


 域内でモンスターを斃す行為は、極力慎まなければならなかった。


 そのような理由から、「空からの救助」作戦が実行されることになった。


 作戦行動は至極単純なものだ。


 まず、静岡県の浜松基地からE-767早期警戒管制機(AWACS)を飛ばす。この機は東京湾上に滞空し作戦の航空管制を行うことになる。


 次に、横田や座間の米軍基地から、米軍のCV-22やHH-60を中心としたヘリコプター部隊が世田谷方面から「魔物の氾濫」領域内に入る。彼等の主任務はモンスターの集団を西南方面へ引き付けること。ちなみに彼等の機体はドアガンとしてM2重機関銃などを装備しているが、自軍の司令部から「自衛以外では絶対に撃つな」と厳命されている。


 そして、米軍のヘリコプター部隊がモンスターを西南方面へ誘導する間に、自衛隊の浅霧駐屯地からCH-47J(チヌーク)3機、V-22(木更津から進出してきた)3機、UH-60JA8機からなる救助部隊本隊が出発。


 救助部隊本隊は初台方面から一気に南進して、代々木公園に到達した後は、第2選手村が設営された「代々木オリンピック記念青少年会館」の運動場に着陸し、避難民を収容する。CH-47JとV-22が避難民を乗せ、その間の周辺警戒はUH-60JAが行う事になる。


 陽動を用いた空からの救出作戦。作戦自体が急遽発令されたにもかかわらず、準備時間の短さを考えれば、可能な限り練られた作戦だといえた。しかも中身は首都の上空で同盟国とはいえ、他国軍と共同して行うヘリボーン作戦になる。


 自衛隊と米軍の日頃の協力関係と練度の高さを他国に示す絶好の機会になる。


 ただ、この時そんな事を考える余裕がある人間は、どこにもいなかっただろう。


 全員が不安を押し殺して空を見上げる中、救出作戦を管制するE-767AWACSが東京湾上空に到着した。時刻は11:45。E-767からの作戦開始コールを以て、未曽有の救出作戦が開始された。



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