*5話 東京ロックダウン③ 動き出す事態

 

**国家安全保障局 吉池係長視点*****


 呼び出しの電話から20分後、首相官邸内の1室で瀬川局次長と共に平川官房副長官と対面する。正直な感想を言えば、かなり緊張を感じる。まぁ、それもそうだろう。私の話を聞きたいと言った(言ってくれた)のはこの平川官房副長官の側なのだから。


 そもそも房副長官は、内閣総理大臣の下に置かれる内閣官房長官の、更に下に置かれる役職だ。テレビの報道などでは余り名前が上がらないので他の国務大臣と比較すると影は薄い印象がある。


 ただ、組織図として書き出してみると、総理大臣と官房長官をひっくるめて・・・・・・、文字通り下から支えるポジションだと分かる。いうなれば、時の政権の「足腰」に当たる部分だ。


 そんな官房副長官のポストは3つ存在し、その内2つは、通常は政権与党に属する国選議員に割り当てられる。1人は衆議院議員、もう1人は参議院議員といった具合だ。そして残った1つの席が官房副長官(事務担当)として官僚出身者に与えられる。


 エリートキャリア官僚として各省庁で出世争いをする者達の頂点が各省大臣事務次官ならば、それら事務次官の頭を押さえることが出来るのが官房副長官(事務担当)になる。組織上は両者に繋がりは無いが、それが歴然とした力関係であり、また、こうあるべき・・・・権力構造でもあった。


 つまり、キャリア官僚の端くれだと自覚している私にとって、目の前の痩せぎすの(言い方は悪いが骸骨のような)人はまさに官僚機構の頂点、いうなれば雲の上の存在だといえる。自分でそう再認識してみると、なるほど、今にも死にそうな風貌の割に醸し出される圧は尋常ではない、と感じる。


 徹夜明けのコンディションで、これから膨大な調整仕事が押し寄せることが確定した状態で、そんな人物に名指しで呼ばれた。それで話す内容があの「魔法少女ルックをした喋るハムスター」の件だ。緊張しないほうがどうかしていると思う。そう思うと、珍しく胃の辺りがシクシクと痛くなってきた。もしも変に朝食を食べていたら、もしかしたら戻したかもしれない。


「君が吉池君かな?」

「は、はい」

「昨夜からの対応、ご苦労様です」

「い、いえ……仕事ですから」


 マズイ、今のは変な受け答えだった。というか、瀬川局次長、こういう時は話を振ってください。


 そう思ってチラと瀬川局次長を見ると……困ったような顔をしていた。「なんで?」と思うが、同時に「そりゃそうか」とも思う。部下が持ち込んで来たトンデモ話を、目下の「乙状況」対応という場面で無視も出来ず、仕方なく平川官房副長官に伝えた結果が今の面談だ。


「それで、お互い忙しいから担当直入に訊きたいのだが」

「はい」

「瀬川君から聞いた話、それは事実かね?」


 まるで、「君は正気かね?」と訊かれているような気がするが、とにかく、自分の脳味噌と目が狂っていない限り、あのカラオケ店で見た事、聞いた事は事実。なので、


「……はい」


 と答えるしかなかった。


*********************


 説明自体は簡潔に済んだ


 「あちらの世界」に「召喚」されたという、大輝という人物。本名は広沢大輝。実在の人物で、かつ9年前に失踪しているのも事実。そして、[管理機構]の五十嵐里奈さんと、[受託業者]の遠藤公太さんは、共に彼の親友で、且つ失踪時に一緒にキャンプをしていた。


 そこまでの事実は、簡単に照会することが出来た。


 まぁ、だからといって言われたことを全部「事実」と断定することは出来ないが、それを話す「喋るハムスター」の存在は、そう言う疑問を超越していた。


 それで、結局、ハム美と名乗る「喋るハムスター」が語った話を、ほぼそのまま平川官房副長官に伝えることになった。それは、メイズが「進化」する可能性であり、人類が滅亡に至るまで「成長」する可能性であった。また、そんなメイズの「進化」と「成長」を人類が促進してしまう危険性も併せて語られていた。


「それで、その[ハム美]という喋るハムスターは、広沢大輝という人物からこの国のトップに向けたメッセージを預かっていると?」

「はい」

「内容は?」

「いえ、直接渡す機会を得たいと。それで私を協力者として選んだようです」


 自分から恋人の星華へ、星華から同僚の五十嵐里奈さんへ、五十嵐里奈さんから交際相手の遠藤公太さんへ、と繋がる人間関係も、もう面倒なのでありのまま・・・・・に説明した。


 ちなみに、その説明の内、私と星華の関係を話したところで瀬川局次長が「お、遂に身を固めるか」などとTPOを弁えない発言をして平川官房副長官にチラと視線を貰っていた。


「それで現在、その[ハム美]という喋るハムスターは、五十嵐氏や遠藤氏らと共に晴海のメイズに潜っていると?」

「はい。五十嵐さんは[管理機構]の巡回課として、遠藤さんはAランクの[受託業者]として、夫々それぞれの立場で晴海に向かいました」

「そうか……」


 それで平川官房副長官は時計を見る。時刻は7:45だ。


「わかった。総理にお話しする。その上で、晴海メイズでの仕事を終えた彼等に会うようにしよう」


 結局、この時の平川官房副長官との会話はこれで終了となった。ただ、立ち去り際に、


「ああ、吉池君、その時は君も同席するように」


 と言われてしまった。どうやら、この件に巻き込まれることは確定したらしい。まぁ、毒食わば皿までというヤツだな。


*********************


 ちなみに、この後瀬川局次長と共に国家安全保障局のオフィスへ戻った私は、9時過ぎに入った「ある報せ」によって、この事を一瞬失念するほどの事態に忙殺されることになる。


 なんと、代々木公園の北側に造られた「第2選手村」から、全世界に向けて救援を求めるネット放送が開始されたのだ。その放送は、晴海の「第1選手村」には自衛隊の部隊が投入されているのに、我々には救援が差し向けられていないのは一種の差別だと日本国政府を痛烈に批判しつつ、自国の政府に救援を求めるものだった。


 このネット放送を受け、日本政府は自衛隊に救助活動の開始を求めざるを得なくなった。ただ、それはいかにも「拙速」な判断だと言わざるを得ない。


 悲惨な結果が待ち受けていた。



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