*4話 東京ロックダウン② 非常事態宣言


**国家安全保障局 吉池係長視点*****


 手元のメモに目を落とす。メモには、今時点までの対応のあらましが殴り書きで書き記されている。


 ――鉄道、高速、主要道路の封鎖――


 これが、現時点で取られた日本政府の対応であり、一晩寝ずに関係各所を奔走した結果だ。


 殆ど徹夜で過ごした直後の朝。流石に目が霞むような気がして、目じりを押さえる。ジワッと涙が出る感覚に少し驚いた。そろそろ30代も半ばだから、身を固めるには良い頃合いだと考えていたが、それを急に思い出して苦笑いが起きる。スマホには星華からのメッセージが結構溜まっているが、今は返せない。後で臍を曲げられるかもしれないが、仕事とプライベートの区切りはしっかりと保ちたい。


 そんな思考を脇にやりつつ、前方のモニターに目を移す。


 モニターの向こうで行われている<メイズ緊急対策本部>の会議は、要領を得ないものだ。だが、それは仕方のないことだろう。自分だって、今のこの時点においても、「何をすべきか?」「どうするのが正解か?」全く見当がつかない。


 それほど、事態はかつて経験のない未曾有の域に達している。


 寧ろ事態の全容が掴めない間に「アレやコレや」と指示するべきは無い。そう言う意味では交通の遮断は最低限であり、且つ最大限の対処だった。


「やっぱり場所……だな。場所が分からなければ、範囲も区切れない、何も出来ないのと一緒だ――」


 自分1人しかいない会議室では何を言ってもマイクをオフにしている限りは独り言だ。ちなみに、共に徹夜を過ごした瀬川局次長は1時間前に官邸の方へ出向いていった。そのため、日曜のオフィスには、会議室に籠った自分の他には、早朝叩き起こされて休日出勤を命じられた気の毒なスタッフが3人しかいない。


 彼等は現在、関係省庁や東京都との連絡にてんてこ舞い・・・・・・だろう。耳をすませば、オフィスの方から怒鳴り声が聞こえてくる気がする。


 と、ここで、ガンガンと会議室のドアがノックされる。そして、返事も待たずにガチャリと開いたドアから一人の女性スタッフが駆け込んで来た。


「係長、情報収集衛星からの画像が入りました」

「あ、そういば、そんな事を頼んでいたね」

「もう、しっかりしてください! 解析に後10分必要です。それと別に、米国からも軍事偵察衛星の情報提供の打診が――」

「それって米国の何処から?」

「国防総省です」

「分かった、解析映像は済み次第、僕のPCに回してくれ」

「米国の方は?」

「それは、今訊くよ」


 取り敢えず、東京都心で「魔物の氾濫」を起こしているメイズの所在地については、ナントカ分かりそうな芽が出て来た。そう思い、マイクのボタンに手を掛ける。


*********************


 それからピッタリ10分後、解析された衛星写真の画像が会議モニターに映し出された。


「黒い×印は昨日16時に撮影された画像との差異を現しています。そして、赤色の丸は電波的な異常が検知された箇所になります」


 という説明を加える。


 ちなみに、「黒×」と「赤丸」が一致する箇所は1カ所しかない。それは、


『つまり、メイズが現れた場所は代々木第二体育館の駐車場ということか?』

「観測データからは、そういう事になります」

『前日の午後には痕跡すらなかったところに突然現れたと?』

「データからは『そうだ』としか……」


 平川官房副長官の問いに、出しゃばって答える。まぁ、断定は出来ないが「堅い線」だと思う。


『とにかく、代々木第二体育館の駐車場から半径1kmが――』


 それで会議は動き出すが、直ぐに待ったが掛かった。声を上げたのは防衛省だ。恐らく今のタイミングで偵察ドローンの情報が入ったのだろう。


『ドローンによる偵察情報が入りました。動画を含みますがモニターに出します』


 ということで、会議モニターは防衛省の手に渡り、動画が流れる。画面下の時計が6:25を示しているから、つい30分前の映像だ。ただ、それは――


『現在の動画は代々木公園北側の第2オリンピック村を高度200mで北側から撮影したものですが――』


 そんな説明の後に録画データを再生する画面の下側で、何かが動く影が映る。次いで、恐らくドローンに搭載されたAIの自動判定によるものだろう、画面はその影に向けてズームを掛けた。それで、拡大されて映し出された「物体」に、会議に参加しているメンバーがどよめいた。


 そこには、これ迄確認されているどのモンスターとも違う形状をした物体 ――敢えて言うなら四本腕を持った巨人―― が数体映っていた。妙に生々しい肌色をした4本腕の巨人は、3体が固まって人気ひとけの無い道路を闊歩している。ただ、その4本の手には、何やら赤く滲んだ……肉片が握られている。なまじ解像度の高いカメラが、それを鮮明に捉えた。


『……場所は初台の南側、参宮橋駅の付近です』


 グロテスクな絵に鼻白んだが、それでも「ん?」と思う。その場所ならば、メイズが出現したと思われる場所から1.5kmは離れているハズだ。1kmという「魔物の氾濫」の圏内を逸脱している。


『恐らく、今回の乙状況は影響範囲が広いものと推測されます』


 会議はそこから、改めて警視庁の資料を引っ張り出して、それにドローンの空撮映像を重ねて検討になる。


 その結果、


『仮称、代々木第二体育館メイズから半径2kmの区域を魔物の氾濫領域に設定し、半径3kmを避難区域とした非常事態宣言を発表する』


 とりあえず、それだけがしっかりと決まった。後は、


『住民に対する避難の呼びかけ、避難方法、被害の確認、諸外国への対応、米国との共同、諸々に関して、関係各部署にて詰めるように。しかし、当面は避難と救助を最優先とする。その内容で次の会議を正午に開く』


 となって、会議は解散となった。


「ふぅ~」


 接続が切断され、日本国政府の紋章である桐紋章を映すようになった大型モニターを前に、流石に溜息が出る。ただ、私達官僚が忙しくなるのはこれからだ。


 これから正午までの間に、恐らく防衛省自衛隊と警察庁の橋渡しをしなければならないだろう。場合によっては、防衛省と外務省になるかもしれないし、もしかしたら外務省は無視して直接横田の在日米軍司令部かもしれない。


 まぁ、オリンピック開幕前夜ともいえるタイミングで起こった事態だ。各国の大使館や政府は自国の選手や日本在住者の安否を大いに気にしている。恐らく、外務省は朝からハチの巣をつついたような大騒ぎになっているハズだ。そう思うと、変な話だが、ちょっとだけ胸の閊えが取れる気がする。


「係長、お電話です。局次長から!」


 と、ここでオフィスの方から声が掛かった。


「今行く。……なんだろう?」


 「徹夜明けだから、少し休め」という話だったら嬉しいな、と思いつつ、流石にそれは無いか、と考える。勿論、電話の内容はそんな甘い話ではなかった。というのも、


『吉池、昨晩言っていたあちらの世界・・・・・・の話、ちょっと官邸に来て話してくれないか?』


 電話の先の瀬川局次長は、このタイミングでとんでもなく面倒な事を言い出したのだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る