*3話 東京ロックダウン① 情報収集


2021年7月18日 未明


 代々木公園を中心として渋谷区から世田谷、目黒に掛けて発生した「異変」は、その日の午前4時頃に首相官邸へと伝わった。


 ただ、その時点で「ハチの巣をつついたような状況」にはならなかった。というのも、前日17日の午後から夜にかけて、既に国内で2カ所 ――名古屋市堺区と東京都晴海―― で「魔物の氾濫」つまり「乙状況」が発生していたからだ。


 その対処があったため、代々木の一報が入った時点で、既に政府の内部には対応に必要な組織が作られていた。


<メイズ緊急事態対策本部>


 所謂いわゆる「改正メイズ特措法」によって規定された緊急事態を統括する組織で、中身は「災害対策基本法」が定める災害対策本部と殆ど同じ骨格で造られた組織になる。日頃の危機管理や安全保障政策に疑問符が付く日本国であっても、「災害先進国」と揶揄されるだけあって、組織の作り込みはしっかりとしている。


 その<メイズ緊急事態対策本部>が立ち上がり、機能し始めたのが、昨日の19時頃だった。


 その時点で、名古屋と晴海で発生した「乙状況」に対して、対策本部は「直ぐに打てる手」を既に打ち、結果を待つ構えだった。


 ちなみに、状況と対策の時系列は以下だ。


*********************


17日

14:30頃 名古屋市栄区に於いて「高濃度MEO事象」発生

14:45頃 陸自守山駐屯地に派遣されていた「メイズ教導隊」に現地調査が下命

14:50頃 愛知県警により栄区周辺にモンスターの存在を確認

同刻     多数の通報により「乙状況」を発生させたメイズの所在地を確認

15:20  陸自「メイズ教導隊」現着、多数のモンスターの存在を確認

15:30  愛知県警察本部により、現地周辺の非常線構築、及び避難誘導開始

15:35  愛知県知事より中部方面隊に内々に事態対処の打診あり

15:40  現地の「メイズ教導隊」がメイズ内部に進入

16:50  愛知県知事より正式に「対処要請」が出される

17:10  現地の「メイズ教導隊」へ正式に「メイズ消滅作戦」が発令


17:15  東京都豊洲地区の観測計が「高濃度MEO事象」を観測

同刻     [管理機構アラート]発令

17:30頃 東京都晴海に於いて、モンスターの目撃情報が多数寄せられる

17:45頃 警視庁月島署より「乙状況発生の疑い」に関する通報あり

同刻頃    各国大使館、及びIOC事務局より政府に多数の状況照会あり

18:00  首相官邸において臨時の国家安全保障会議開催

18:10  自衛隊統合幕僚監部に「待機命令」発令

18:10  自衛隊統合幕僚監部内に「対策班」設置

18:30  練馬駐屯地に展開して「第一空挺団」に出動命令発令

同刻     宇都宮の中央即応連隊へ東京方面への展開命令発令

18:55  「第一空挺団」誘導小隊50名が晴海地区西部へ薄暮降下開始


19:30  改正メイズ特措法の規定により<メイズ緊急対策本部>発足


19:50  <メイズ緊急対策本部>より、[管理機構]へ晴海乙状況・・・・・への対応人員選定要請


20:00  [管理機構]対応人員の選定を終える

21:10  [管理機構]が選定した[受託業者]が日の出ふ頭に集合

21:30  [受託業者]出動

21:55  警視庁湾岸署水上安全課舟艇より「[受託業者]上陸」の通報

22:10  政府は第1回の緊急記者会見を実施

       国内2カ所で発生した「魔物の氾濫」には、既に必要な対策を実施済みであると説明される。


18日

01:20頃 都内各所の観測計が「高濃度MEO事象」を検知

04:20  <メイズ緊急対策本部>に代々木を中心とした異変が通報される

06:10  <メイズ緊急対策本部>内にて緊急会議開催


*********************


 そのような経緯でこの日の早朝ともいえる時刻から緊急会議の名目で会議が開かれていた。例によってWebを介した多元接続の会議である。その会議に出席している面々は昨晩深夜から変わりがない。そのため、全員が若干の疲労を蓄積させたような顔つきをしているが、今はそれどころ・・・・・ではなかった。


『発生源となったメイズの場所の特定は?』


 発言者は平川官房副長官。憔悴した痩せぎすの顔は土気色じみていて、殆ど死人のような形相になっている。その上、口調も普段の丁寧さを何処かに置き忘れてしまったような単刀直入なものに変わっている。


『自立型偵察ドローンを含めた偵察可能な機材を飛ばしています。ただ、現地上空は電場障害が強いためリアルタイムでの情報の受信は難しく……今は結果を待っている状況です』


 対して答えるのは自衛隊の統合幕僚監部内に設置された「対策班」の将官。その答えに平川官房長官は殆ど無表情のまま、


『避難誘導はどうなっている?』


 と、話を警視庁へと振る。するとモニターの半分に東京都心部の地図が映し出された。渋谷区を中心とした東西6kmの範囲を拡大した地図だ。


『現在、渋谷、世田谷、目黒、新宿で避難誘導を行っていますが――』


 地図と共に発言したのは警視庁の人間。避難誘導を行っている地区について発言するが、途中で一度言い淀むと、


『渋谷警察署、原宿警察署については、本署はおろか管内の交番や派出所とも連絡が取れない状況です。混乱しているだけの可能性もありますが――』


 と言う。そして、「想定被害円を出します」と言い、それと同時にモニターに映されていた地図に×印と半径4km程度の薄い色の円が追加される。


『×印は住民からの通報の有った場所、又は現地の警察官から何等かの報告があった場所です。円はそれらを元に警視庁で想定した被害領域を示します』


 地図上の円は中心に近くづくほど色が濃くなり、遠くなるほど薄くなるグラデーションを示している。恐らく、確度によって色分けしているのだろう。


『通報を元にした分析ですから、精度は参考程度です。ですが恐らく、代々木公園付近に発生源となるメイズが有るものと思われます』


 警視庁の人間はそう発言するが、その時には既に方々のモニターの先が騒がしくなっている。何と言っても、被害想定円が広すぎるのだ。東京都心に半径4kmの円が書かれる。そして、その内側にいる人間が被害者となる。それが示す事実は、被害者数の想定が優に10万人を超える、というものだ。


『とにかく、先の小金井・府中事件では被害領域はメイズを中心として1km・・・だった。先ずはその中心地を特定して避難計画を立てなければ――』


 この発言は別の誰かの物。ただ、その発言が終わる前に別の声が割り込んだ。


『情報収集衛星からの画像が入ります、凡そ10分後です。また、米国から軍事偵察衛星を上空に配置する旨の打診が来ています』


 発言したのは「国家安全保障局」の若手の係長だった。やっと「目」を手に入れられる公算が高まり、少し興奮気味だ。


『米国からの要請は、受けても良いか?』

『要請を受けるも何も、既に居ますよ』

『まぁそうだろな』


 そんな会話がモニター越しに起こる。何人かは、自分の頭上を見上げるような仕草をしている。


 米国が何等かの偵察衛星を日本の上空、宇宙空間に配置しているのは、ある種の公然の秘密だ。ただ、いきなり情報をシェアしたのでは角が立つので、米国側はこのような「打診」で配慮を示したのだろう。とにかく、


『先ずは、我が国の情報収集衛星からの画像と偵察情報だな、それに米国の申し出も謹んで受け取ろう』


 という事になった。


 そして、10分後。予告通りに情報収集衛星からの画像データ(解析済み)がモニターに映し出される。



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