*1話 飯田無双、飯田覚醒!


2021年7月18日 仮称「晴海緑道公園メイズ」内部


 昨夜の就寝時間が深夜0時を過ぎていたにも関わらず、翌日18日の行動開始は6:00過ぎと早かった。やっぱり全員がなんだかんだと言いながらも、それなりに「気負って」いるのだろうと思う。


 眠い目をこすりつつ、手早く朝食(その他含む)等を済ませ、6層からのスタートとなる。みんな気合が入っている感じだ。


 そんな集団の中でも、少し「普段と違う」様子を見せているのは飯田だった。


 そういえば、昨日はメイズに入ってから(というか「近付いてから」だったかもしれないけど)、どうも調子が悪そうにしていた飯田だが、何故かこの日は朝から気合が入っていた。


 ただ、昨日何があったのかを訊いても「え、えええっと」とか「う~ん、そっそそれは」とか言うだけで中々要領を得ない。それでもしつこく聞き出した話によれば、


「なんとなく、否や予感がした」


 ということ。それが昨日までの「感じ」で、今日はと言うと、


「とにかく、このメイズを手早く片付ける必要がある気がする・・・・


 と「直感」しているのだそうだ。


 それを聞いた俺は「そんなの当然だろう」と思いつつも、飯田が【直感】という何気にチート級のスキルを持つ「直感ビンビン男」な事を思い出す。もしかしたら、俺が考える「当然」以上の「何か」があって、飯田はそう考えているのかもしれない。


 とにかく、飯田はこのメイズをさっさと消滅させるべきだと考えている。それは俺も里奈も、他のメンバーも、全員に共通する認識だ。なので、俺は飯田に、


「頑張ろうな」


 と声を掛けた。


 その結果(という訳ではないだろうが)、この日の飯田はもの凄く・・・・頑張ることになった。


*********************


 通常、未踏破のメイズを先を目指して進む場合、主な障害は大きく分けて2つになる。


 1つは言わずもがな・・・・・・なモンスターの存在。そしてもう1つは複雑に分岐した通路の構造だ。


 その内「複雑に分岐した通路」というのは、今回余り障害にならない。というのも、[擬態]+[飛行]という隠密移動が可能な魔術コンボを持つハム美が、昨夜の内に下見・・を終えているからだ。


 更に言うと、今回かなり気合が入っている飯田が【直感】スキルを全開にして各分岐の「正解」を言い当てている。その正解率は現時点で脅威の100%。それはもう、ハム美が下見の結果を【念話】で伝えるよりも早く、正しい分岐 ――つまり、先に下へ降りる階段がある道―― を選んでしまう勢いだった。


(昨夜の努力は何だったのニャン……)


 そんな飯田の快進撃に珍しくハム美は凹んだような【念話】を送って来るが、ここは飯田の頑張りを生温かく見守って欲しい。


 と、いうことで通路の選択に関しては「飯田無双」状態が続く。


 その一方、モンスターという障害への対応はというと……これも何故か飯田が活躍した。


 現在の実力からいうと、6~9層という「中層域」に出現するモンスターはそれ程脅威ではない。油断しても良いという意味ではないが、それこそ「通路の前後を大勢で塞がれる」という、そもそも立ち回りがまずいような状況にでも陥らない限り、無理なく斃して前へ進むことができる。


 ただ、そうは言っても時間はかかるものだ。


 特に6層の大黒蟻の集団や、それ以降の階層に於ける「コボルト系+メイズハウンド」ラッシュは、対峙するモンスターの数が多いため、足を止めざるを得ない。そんな状況だから、喩え「中層域」を「DOTユニオン」フルメンバーで進むとしても、1層辺り1時間前後の時間を費やす事が多い。


 それが今回、何を切っ掛けに何処のスイッチが入ったのか分からないが、とにかく飯田が本気(?)になったことで、通常の半分程度の時間でサクサクと前へ進むことができるようなった。飯田は、「東京DD」の面々に混じって先頭付近に陣取ると、立ちふさがる大黒蟻、コボルトチーフ、メイズハウンド、ゴブリン各種を、炎や風で文字通り「薙ぎ払って」いく。ノリノリだ。


 普段の「チーム岡本」や「DOTユニオン」での行動時、飯田は「ここぞ」という場面で【火属性魔法:中級】や【風属性魔法:中級】スキルの重い一発を撃つことが多い。その他では、【生成:障害物】を使う事もあるが、それ以外の攻撃手段は相変わらず中折れタイプのピストルクロスボウ(低威力)だ。そのため、魔法スキル以外では戦闘への寄与度は低い。


 まぁ、「もしもの時に備えて[魔素力]を温存している」のだろうと、俺は勝手に思っていたのだが、どうもそれだけが理由ではなかったらしい。というのも、


「ふふふっふ普段は、おおおっか岡本さんとかこここコータ先輩が……じゃじゃじゃ邪魔で――」


 (今なんて言った?)と思わず訊き返しそうになったが、とにかく、飯田としては高威力な魔法スキルを撃ちにくい状況があったらしい。それが、今は遠慮なくぶっ放している。しかも、周囲に居るのは「東京DD」の面々だ。ちょっとヤンチャで近寄りにくい雰囲気があるものの、慣れてしまえば人懐っこい性格の奴等ばかり。


「飯田さん、すげー!」

「俺も魔法スキルとるっす!」

「飯田無双だ!」


 という感じで持ち上げられて(煽てられて?)、飯田も悪い気はしないらしい。甘くて苦い不味さに定評のある[魔素力回復薬]も、ニヤニヤしながらゴクゴク飲んでいる感じだ。


 とにかく、この日の仮称「晴海緑道公園メイズ」潜行は、こんなノリノリな飯田がリードする感じで進んだ。そして、この日の最後、15層の番人センチネルモンスターとの戦闘中に、飯田は遂にこれまで未習得だった【念話】スキルを習得するに至った。


 ただ、【念話】を習得した直後の飯田は、どちらかというと【念話】というよりも、「雑念」としか言いようがない「念」を垂れ流すように送ってきた。殆どが(祥子さんがどうたら、祥子さんがこうたら)そんな感じだ。「君はどんだけ片桐祥子さんの事を好きなんだ?」、と突っ込みたくなる。

 

 とにかく、突然開眼して「雑念」を垂れ流すようになった飯田に、俺は「拙いスキルを覚えたな」と、ちょっと後悔したものだ。


 ただ、そこからの飯田の進化は早かった。番人センチネルモンスターを全て斃してから「メイズコア」を不活性化するまでの短い間に、急速に使い方をマスターしていった。思えば、「短歌風の詠唱」はさて置いて、飯田の【魔法スキル】に対する適性は高いように感じる。これは、ハム美も同意するとことだ。


 そんな飯田だから、或る種の魔法的な【念話】スキルにも適性が高かったようだ。結果として、


(先ほどは聞き苦しい雑念を送ってしまい、申し訳ありませんでした)


 という、まるで飯田とは思えないような言葉がスラスラと頭の中に入って来る。


(これで、戦闘中のコミュニケーションが大分楽になります)


 とのこと。ちょっと飯田らしくなくて寂しい気もするが……戦闘に関しては俺も大いにそう思う。取り敢えず、次回の「チーム岡本」での先行時に新しい連携を詰めて行こう。


(よろしくお願いします)


 う~ん、やっぱり飯田らしくない。


「よろしくな」

「……ど、ど、ドゥッフュゥ」


 ちなみに、口で喋るとやっぱり飯田は飯田だった。


 と、そんな事はさて置いて、とにかく、この日の飯田無双を見せられた後の俺としては、是非、岡本さんや俺、朱音との連携を改善していきたいと思う。


 そして、そんな新しい連携を試す機会を俺は「次のメイズ潜行で」と思っていたが……状況はそんな俺の考えを待ってくれなかった。……まぁ、それはもうちょっとだけ先の話になる。



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