*23話 武蔵野森市民体育館メイズ⑤ 後輩PTの頑張りと心境の変化
「東京DD」の3PTと「東京地下清掃組合」の2PTは、いずれも普段は6層を中心にした活動が多いということだった。まぁ、先週の「井之頭公園中規模メイズ」で途中まで同行した「GLクラン」も6層が一番効率が良いと言っていたので、そういう事なのだろう。
ただ、「GLクラン」のスタンスは「無理に深い階層へ行かない」というものだったが、「東京DD」のコウちゃんや手島達はもっと深い層へ行く事を目指しているという。メンバー全員が20代前半と若いグループだから、それだけ向上心が強いのだろう。ただ、他にも理由があって、
「社長が、『お前等ウチの看板PTなんだから、岡本や遠藤さんの所みたいに15層でボスを斃せるくらいに成れ』って――」
とユウ君(コウちゃんPTの盾)が言うように、期待(と発破を)を掛けられているらしい。
「ウチのクランは最近になって数が増えたので、内部の秩序的にも古参の中心PTにはそれなりの実力が求められる、って感じです」
とは手島の説明(ようやく、普通に会話が出来る程度の距離感になった)。「なるほど」という感じだ。
現在「東京DD」のメンバーは70人を超えているらしい。その内、半部以上は旧「赤竜・群狼」クランからの移籍組になる。中には最古参の「
ちなみに「
一方「東京地下清掃組合」の面々はと言うと、こちらは規模が30人程度のクランで、規模的には「GLクラン」とほぼ同等だという。それで、俺が「GLクラン」の名前を出したところ、
「あんなエンジョイ勢と一緒にしないでください!」
と結構な剣幕で言われてしまった。どうも、「GLクラン」には何かしら対抗意識を持っているらしい。……まぁ理由は何となく察するけど。
「GLクラン」に女性メンバーが6人も居たのに比較して「東京地下清掃組合」は全員が男性メンバーで占められている。多分、
「俺達は硬派な仕事人グループを目指すんです」
訊かれてもいないのにそんな言葉が飛び出す辺り、相当意識している証拠だ。まぁ、それを指摘しても不毛なので、俺は無難に、
「頑張ろうな」
と答えておいた。
*********************
現在8層中盤。
8層は階段を下りて直ぐから東西と南に通路が伸びていた。その内、東の通路を「TM研」に、西の通路を「脱サラ会」に任せて、「チーム岡本」は後輩PT5つをつれて南の通路を進んでいる。
ちなみに、この後は8層・9層と降りて、9層の最奥でUターンする予定だ。Uターン後は「東京DD」と「東京地下清掃組合」を2つから3つに割って、[DOTユニオン]の各PTが
加賀野さんは別格として、突然後輩の指導に目覚めたように見える俺の意見というか、主張というか、殆ど我が儘に近い話だけど、「DOTユニオン」の面々は特に反対することも無く協力してくれるようだ。聞けば、
「こういうのも新鮮で良い」と「脱サラ会」の古川さん。
「殆ど同年代だから、交流が有っても良いかな」と「TM研」の相川君。
「コータ先輩の考えがイマイチ分からないけど、たまにはこういうのもアリですよ」と朱音。
なんだかんだと、最近マンネリ気味だったので、変わったイベントとして受け入れられている感じだった。
結局、後輩PT育成イベントとでも言うべき状況は、こんな感じで進んでいる。
それで育成対象になった「東京DD」と「東京地下清掃組合」の面々はというと、8層に降りて、この辺りから出現頻度が高くなる「武装ゴブリンPT」への対処に時間を取られる場面が増えて来た。
まぁ「武装ゴブリンPT」といってもゴブリン
「アーチャーを狙って! モタモタしない、早く撃って!」
「は、はい!」
「もっとよく狙う!」
「はいっ!」
こんなやり取りをしているのは朱音だったりする。現在、彼女は各PTの後衛組に対して、休まずゴブリンAへ射掛けることで相手の射撃機会を減らすように指導している。ただ、随分と厳しいな……朱音ってこんな感じだったっけ? まぁ、特殊な環境で秘められた一面が顔を覗かせた、という事か。意外と女王様気質だったんだな……。
「よし、当たったわ。って休まない、クロスボウは連写が効かないんだから、さっさと次を番えるのよ!」
「ひぃ!」
「腰が痛い!」
「俺は背中が――」
「甘ったれるな!」
「ひぃぃぃ」
「東京DD]、「東京地下清掃組合」、共にPTの後衛組の攻撃手段は矢が中心になる。攻撃が可能な【魔法スキル】を習得しているメンバーは居なかった。まぁ、【魔法スキル】は今でも公式オークションで高値で落札されるから、稼ぎの面では売る事が優先されるので仕方ない。
そのため、彼等後衛組は矢による射撃が中心となるのだが、それを発射する機材は圧倒的に「クロスボウ」が多かった。5PT合わせて10人の後衛が居るが、その内9人までが飯田が初期に装備していたような厳ついクロスボウを持っている(ちなみに手島PTの後衛1人がリカーブボウを装備していたが、腕前は朱音と比べて相当に劣る感じだ)。
別にクロスボウという武器が悪いとは言わない。14層のゴブリン
(彼等の内【戦技(弩)】を習得しているのは3人だけなのだ。今の内に弓に転向させた方が良いのだ)
とは、ハム太の指摘。ハム太もようやく昨晩のショックから立ち直って来たということかな?
(今出来る事をするだけなのだ。コータ殿も同じ心境なのだ?)
そうだな。今出来る事は少ないけど、少しでも[受託業者]の実力を底上げして、最悪の可能性に備えなければな。それが、大輝の願いでもある訳だし――
(そうなのだ、場合によっては吾輩もいつまでも秘密の存在という訳にはいかないのだ)
その辺も考えないといけないな。現にハム美は里奈と共に、自分の存在を露出する方向に動いて行く訳だし――
「盾はしっかり構えて姿勢を崩すな。攻撃は二の次で良い、ガッチリ受け止める事を考えろ!」
前方ではコウちゃん達盾組を指導する岡本さんの声が響く。そんな岡本さんの指導通り、盾組はガッチリと列を作ってゴブリンSを受け止める。そして、
「今みたいに狭い通路での戦闘パターンは色々あるが、実力が同等か上のモンスターに対しては、こうやって守りを固めて隙を窺うやり方も有効だ。そうすれば後衛が弓矢で敵を減らしてくれる」
「はい!」
「了解!」
岡本さんの言う通り、後ろからは朱音の指導(殆ど罵声)を受けた矢が飛んでくる。それが、前列盾の頭上を越えて敵のゴブリン集団の後方に居るアーチャーを(稀に)斃す。
「そして、機を窺って攻勢に出る。コータ!」
「あ、はい!」
と、ここで岡本さんに呼ばれて俺の担当になる。ちなみに俺の担当は「近接アタッカー」だ。
「盾とタイミングを合わせて攻勢に出る。ただ、いきなり前に出るのはNGだ。先ずは、盾の隙間から敵を減らす」
俺はそう言うと、飯田から借りた「ソードスピア壱式」を構えて盾の列の後ろに立ち、ちょうどコウちゃんとユウ君の間からソードスピアを前方に突き出す。特に狙っていないが、今の一撃でゴブリンSが地面にひっくり返った。
「敵が密集している状況だとこんなもんだ」
俺はそう言うと、後は近接アタッカー組に場所を譲る。ちなみに、[東京DD]側のPTに対する飯田金属製「ソードスピア壱式」の普及度はかなりり高い。まぁ、槍としても剣としても使えるユーティリティ武器だから、実際便利だと思う。売上の方も、じわじわ伸びてきて、今では一番「売れる」商品になっているらしい。
ということで、戦いは近接組が盾の隙間からゴブリンSの数を減らし、一方で後衛組がゴブリンAを圧倒し始めたところで、殲滅戦へと移行する。そして、
「ウォォオオオンッ――」
通路の奥から新な敵の出現を報せる「遠吠え」が響いて来た。8層からは、これが有るから気を抜けない。
「素早く殲滅したら、再び盾が前にでるんだ。メイズハウンドラッシュが来るぞ!」
意識して張った俺の声が「遠吠え」に負けないほどメイズの中に響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます