*22話 武蔵野森市民体育館メイズ④ 後輩PTの5層突破
俺が昨晩の出来事に想いを
*********************
「コウちゃん、ユウ君、敵を抑えて!
5層に響く声は、仲間に的確な指示を送るもの。今は40匹以上いたメイズハウンド集団の数を約半分まで減らし、遂にこの層の真打たる
指示の声は、先ず正面に各PTの盾持ちを並べて3匹のコボルトチーフを抑え込む、というものだ。ただ、それだけでは片手落ちになる。5層のだだっ
「
「分かってるって!」
「りょりょりょの了だ!」
「オーケー、ボス!」
指示者はそつなく左右の防御にも気を配る。それにしても……う~ん意外だ……
そんな感じで俺が妙な感心を得ている間にも、戦況は動く。
盾持ち4人の内の1人、雄大(東京DD・手島PTの盾)がコボルトチーフのこん棒攻撃を受け止めきれずに後ろに吹っ飛ばされたのだ。それで前列に1人分の「穴」が開く。
「痛ってぇ!」
「雄大! しっかりしろ、
「分かった!」
意外と言っては失礼かもしれないが、「東京DD」クランのPTは各PTに1人は何かしらの【回復スキル】を持つメンバーが配置されている。勿論、全てのPTに行き渡る状態ではないが、比較的深い階層に潜るPTには必ず1人【回復スキル】持ちが居ることになる。
なんでも田中社長の方針らしい。他の出費を抑えさせても公式オークションに【回復】系のスキルジェムが登場したら必ず落札させている、ということだ。ちなみに、現時点でのオークション価格の相場は【回復魔法:下級】で600~800万円になっている(高価な部類だ)。なので、場合によっては田中社長から借金をして、これを落札するPTもいるということ。
まぁ、安全第一は現場仕事の普遍の真理だ。ちょっとヤンチャな面々が多い「東京DD」でもクソ度胸やガン飛ばしが通用するのはメイズの外に限られる。メイズに入ればヤンキーだって安全第一が身に沁みるというもの。
ただ、全部が全部「安全第一」では逆に安全が保てない時がある。指示を出す人間にはそんな状況の見極めと、一転攻勢に打って出るタイミングの選択が重大な責任としてのしかかる。ただ、この[選抜Bユニオン・グループ]に指示を出している
「盾持ちは一旦退いて、後衛は射撃を! 済んだら近接が前に出る! ウッシー君【強化魔法】だ!」
と、状況を積極的に変化させる決断をしている。
そんな指示者 ――まぁ、手島なんだが―― の号令によって、コウちゃん達盾持ちが一気に後ろへ下がる。次の瞬間にはクロスボウやアーチェリーを装備した後衛組5人が、空いたスペースに矢を打ち込む。流石に矢だけでコボルトチーフが沈むことは無かったが、それでも3匹共に数本の矢の直撃を受けて、後退した盾持ちを追う足を止める。
「
「よし、近接組、一気に行くぞ!」
結局、その号令が全体に対する最後の指示になった。後は、手島を始めとする近接アタッカーが矢傷を受けたコボルトチーフに殺到。そこに一旦後退したコウちゃん達盾持ちも加わり、3匹のコボルトチーフは包囲状態からタコ殴りにされる。
ちょっと見ていて気の毒な気持ちになるほど、見事なタコ殴りだ。そして、最後は、
「ウォオオオオォォン――」
コボルトチーフが助けを求めるような[遠吠え]を発し、その仰け反った首筋にマジンガー(東京DD、コウちゃんPTの近接アタッカー)が突き出した飯田金属製「ソードスピア壱式」が突き立つ。それで、コボルトチーフの身体がメイズの床に崩れ落ち、殆ど同時に「東京地下清掃組合」の面々が最後に残ったメイズハウンドを仕留める。
これで5層の体
「よっしゃぁ!」
「やったぞ!」
「うおぉぉ!」
そんな感じで盛り上がっている面々を、後方から見守る[DOTユニオン]の面々。特に暇な時に彼等をコツコツと指導していた「脱サラ会」の加賀野さんなんかは、感慨も
一方、俺達「チーム岡本」は、
「手島か、結構やるな」と岡本さん。
「それにしても、昔と比べて随分印象が変わってますよね」と朱音。
「り、リリリア充め……」と飯田。
そんな感想を漏らしている。俺としても、あの調子なら直ぐに借金を返してくれそうなので一安心と言ったところだ。
「加賀野先生! コータのアニキ! 見てましたか、俺達やりましたよ!」
鬱陶しい程の熱量を放って近づいてくるのは「コウちゃんPT」の面々。まぁ、今回は彼等も頑張ったと思う。コウちゃんとユウ君の盾もマジンガー以下の近接アタッカーも、ウッシー君ら後衛も、全員が活躍していた。勿論、手島の指示を受けての事だが、迷いなく指示に従って動く様子は流石「単純脳細胞」なヤンキー風若者だ。
ただ、それにしても「コウちゃんPT」は妙に5層攻略に拘っている気がする……
「前に調布のメイズでみっともない所を見せたから、これで汚名挽回っす!」
ああ、なるほど……随分前の話だと思うが、あの時の5層攻略で全く役に立たなかった事を気にしていたのか。だったら、ちょっとは何か言わないとな。
「あの頃とは見違えるよ、凄いじゃないか」
「加賀野先生の指導のお陰っす」
「そうなんだ、いや、それにしても凄いよ」
「あざーっす!」
「凄い、凄い」と褒めると、こっちが嬉しくなるほど喜ぶコウちゃん達。なのでちょっとだけ言い難くなって、「汚名は挽回じゃなくて返上だよ」と教える機会を失くしてしまったけど……まぁ、問題無いだろう。
*********************
5層を掃討した後、俺達は[選抜Bユニオン・グループ]を交えた話し合いを行った。
本来なら、食料などの補給品は5層に集積されることになっており、[選抜Bユニオン・グループ]はその物資の管理と、5層から10層までの階層の安全確保が役割になっている。ただ、コウちゃんを筆頭にほぼ全員が俺達に同行して10層まで行くことを主張したのだ。
恐らく、この機会に到達できる層を深くしようと考えているのだろう。ちなみに、コウちゃんPTや手島PTを含む[東京DD]の面々の最深到達層は8層だという。これは[東京地下清掃組合]の面々も同じようなものだった。
だから、俺達[DOTユニオン]の援護を受けて、もっと深い場所へ行ってみたいのだろう。
そんなコウちゃん達の願いに対して、加賀野さんは
「岡本さんや春奈ちゃん次第」
とコメント。春奈ちゃん達[TM研]は
「どっちでも良いですよ。でも指導とかは無理です」
という返事。一方「チーム岡本」は、「連れて行きましょう」という俺の意見が通って、
「分かった、バックアップに回る」
という返事になった。
ちなみに、俺が「連れて行きましょう」と積極的な発言をした点、岡本さん達は「手島に借金を返させるために、もっと稼がせたい」と受け取ったようだが、事実は違う。
――もっと深く潜れる[受託業者]を増やしたい――
それが、今の俺の役割であり、願いでもあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます