*21話 回想:魔坑世界の未来予想図


 大輝が語った話は衝撃的だった。でも、その反面「実感が湧かない」という感想を持つのも確かだ。


 大体、「魔坑の本体」が「こちらの世界」に「転移」しようとしている、と言われて直ぐに「な、なんだってぇ~!」とはならない。寧ろ、


「それって……どういうこと?」


 という疑問が出る方が健全だろう。


 まぁ、そんな疑問が出る事は大輝も分かっていたようで、俺の疑問について噛み砕いて説明してくれた。


『[転移]といっても、こちらの世界の魔坑の本体が、コータ達の次元世界に移動していく、という訳ではない……どこから説明したら良いか……そうだな、まず次元世界の考え方からにしよう――』


 そもそも・・・・の話として、大輝は「次元世界」の概念についてザックリとした説明を始めた。曰く、「俺や里奈のいる世界」と「大輝のいる世界」はどちらも、


『喩えるなら、粘度の高い液体。こっちの世界ではよく蜂蜜を説明に使うけど、そっちの世界なら……整髪料のジェルなんかがイメージに近いかな。とにかく、そんな粘度の高い液体の中に出来た無数の、大小様々な気泡を指して1つの[次元世界]と呼ぶ。そして、気泡が浮かぶ粘度の高い液体を指して「次元の海」とか「次元空間」と呼ぶ』


 のだという。通常、そんな気泡(次元世界)はお互いに緩く作用しながら基本的に非干渉の状態で高粘度の液体の中(次元の海)を漂っている。それが、大輝のいる世界に於ける一種の「宇宙観」だった。


『ただ、俺のいる気泡とコータや里奈がいる気泡は、どうもある種の道で繋がっているらしい』


 その「道」とは、十数年(あちらの世界ではもっと昔だが)にメラノア王国の王女が「召喚」の儀式魔術で造り出した道であり、大輝が辿った(落下した?)道でもある。それが今も痕跡として残っているという事。


『今みたいにこうやって交信ができてしまう・・・ことが何よりの証拠だろう』


 そう言われると、そうなのだろう。ちなみに「召喚」という儀式魔術は近い場所に存在する「気泡次元世界」に干渉し、そこに存在する異種の知的存在から叡智を授かる、という用途が有るらしい。ただ、どんな不測の事態が起こるか分からないため、基本的に禁呪の類とされているとのこと。更に今ではメラノア王国の「召喚」に関わった魔術師がほぼ全滅したため、技術は失伝した状態ということだ。


『今、俺のいる次元世界に発生した魔坑の本体は、おそらく気泡の直ぐ外と言うべき所に存在を移している』


 一方、大規模・大深度魔坑の奥底に存在した魔坑核は気泡の中では「幻影」として影を気泡の内部へ投影するだけの存在となり、その本体は気泡の外、つまり次元世界の外へ抜け出てしまった状態だと推測できる、ということだ。


『その状態で、次元の海に向かって自らが成し遂げた進化の成果・・・・・を発信しているようだ』


 この場合、「進化の成果」とは「消えない魔坑」を産み出す方法であり「本体を次元世界の外に置く」方法なのだという。そんな「進化の成果」を「次元の海」に揺蕩たゆたう無数の「次元世界」へ向けて発信している。勿論、無数に存在する自己の同胞へ向けた発信、ということだ。


『どうも、魔坑同士は元々お互いに知識や記憶を共有している節がある。俺が精神投影したこの世界の魔坑の中にも、見た事の無い世界の記憶が沢山存在していた』


 大輝が言うには、そういうものらしい。ただ、知識や記憶の共有化はそれ程即時的に行われるものでもないらしい。


『情報の伝達にどれだけ時間が掛かるのか? それが1年なのか10年なのか、100年掛かるのか、又は1000年単位の話なのか、全く読めないが――』

「その事なんだけど、大輝様――」


 と、ここで、大輝の説明にハム美が割り込む。ハム美にしては珍しく深刻そうな口調と表情だった。


「大輝様、ハム美は気になる事があるニャン」

『ん? どうした、言ってくれハム美』

「ニャン、実は――」


 大輝の説明に割り込んだハム美は、気になる事として幾つかの事実を説明した。それは里奈が習得したスキルなのか特技なのか良く分からない【操魔素】というもの。そして、双子新地高架下メイズの10層で遭遇した【複写】スキルというもの。それらのスキル(?)はハム美の記憶にある限り、元の次元世界には存在しなかったものだという。そして、大輝が魔坑を討伐する過程で一時的に生み出し・・・・・・・・たスキル・・・・に酷似しているのだという。その事実からハム美は、


「もしかしたら、そちらの世界で魔坑が経験した大輝様の御業みわざを、こちらの世界の魔坑は【スキル】として再現している可能性があるニャン。もしも、そうだとすると――」

『――この2つの世界に限って言えば、伝達速度は思いの外早い可能性があると?』

「そうニャン。そう思ったニャン。多分、[道]が残っているからニャン」

『なるほど、確かにそうだな』


 ハム美との会話を経て、鏡の向こうの大輝は一層難しい表情で黙り込む。そのまま2分ほど沈黙が続いたが、その沈黙を破ったのは大輝だった。


『色々と急いだ方が良さそうだな……コータ』


 いきなり名前を呼ばれてビックリする俺。対して大輝は、そんな俺が鏡に視線を向けるのを待ってから、俺や里奈に言い聞かせるように話し始めた。


『これから俺は気泡の外に出た魔坑の本体が発信する情報の遮断と、出来れば魔坑本体の討伐を試みるつもりだ』

「お、おう」

「うん……」

『場合によっては[道]の痕跡を消す方向に力を向けるかもしれない』

「そうだな、多分道を伝って情報が早く届いているんだろう」

「それが一番効率的ね」

『事態はどうも、一刻も早く、といったところだ。既に間に合っていない可能性もあるが、とにかく、何か出来る対策が有れば直ぐにやる事になる』


 そこで大輝は一度だけ言葉を区切った。その表情に、一瞬だけ憂いのような影が差した。なるほど、と思う。確かに|躊躇(ためら)ってしまうのは分かる。だけど……大輝ならブレないだろう。


『……未だに未練を感じるとは、自分でも少し意外だよ』


 大輝はそういうと、表情を少し緩めて苦笑いのような顔になる。そして「レーナが知ったら悲しむな」と付け加えた。対して俺(と里奈も多分)は、大輝の心情をおもんばかって掛ける言葉が無い。


『ただ、本当に良かったと思うのは里奈とコータの事だ。2人が恋人同士になってくれて、何と言うか気が楽になった』


 笑顔を作ってそう言う大輝に、俺も里奈も言葉が無かった。ただ、2人で同時に「大輝……」と呟くだけ。


『最終的には、今は失伝してしまった召喚魔術を蘇らせ、この次元世界の直ぐ外に居る魔坑の本体を俺の目の前に召喚、引き摺り出して討伐するつもりだ』


 吹っ切れた表情の大輝は続ける。


『ただ、どれだけ時間が掛かるか分からない。なので、情報の伝達を防ぐためにも結界か障壁を作り出して道を塞ぐ。直ぐできるか分からないが、場合によってはこの交信は今日で最後になるかもしれない』

「そんな!」


 大輝の発したある種の訣別に、里奈は多分反射的に異を唱える。ただ、そんな里奈でも続く言葉を発する事は出来ない。言うべき言葉が見当たらないのだろう。俺もそうだ。だから俺は、そんな里奈の肩に手を置いて、


「分かった大輝……」


 と言う。それしか言い様・・・がなかった。


『最後になるかもしれないから警告をしておく。[播種の法]には絶対に手を出すな。アレが魔坑の進化を促進した。だから、絶対にダメだ。情報が伝わらなくても、そちらの魔坑が自力で進化を果たしたら意味がない』


 大輝はそう言うと、再び少し笑って里奈に語り掛ける。


『俺はコッチで上手くやっている。あんまり俺の心配をするとコータが焼き餅を焼くから、な? 里奈』


 実際、俺が焼き餅を焼くかと言われると……あるかもしれない。だから、俺も、


「そうだ、今の彼氏の前で、昔の男の心配をするなんてデリカシーが――」

「馬鹿! そんなんじゃないわよ!」


 結局、俺の一言が良かったのか(余計だったのか)分からないが、里奈は軽く俺を小突いて調子を取り戻した。


 この夜の交信、これが最後になるかもしれない親友とのやり取りは、その後通信状況が悪化してお互いの声が聞き取れなくなるまで続いた。


 気が付いたらもう、外は明け方の薄明かりに満たされていた。


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