*19話 回想:交信の夜


 話は昨晩、7月10日土曜日に遡る。


 その晩、俺と里奈は2人揃って田有のアパートの1室に居た。勿論、俺が長らく住み暮らして、その後も解約せずに借り続けている部屋だ。目的は新月の夜にだけ回線(?)が繋がる異世界の大輝と交信するため。これまで、俺の都合が悪くてすっぽかし・・・・・たり、里奈の仕事の都合が悪かったりで、2人揃って交信に臨むのは今年1月以来の話になる。


 ただ、この夜に2人が揃ったからといって、交信が出来るかは怪しい。というのも、1月以来ずっと、大輝との交信は不通のままだったからだ。俺が(うっかり忘れてしまって)いなかった時にはハム美が代打をしてくれたらしいが、その時も不通だったと聞いている。なので、


「今日は繋がるかな?」

「まぁ、気長に待とう」

「そうね」


 里奈と俺はそんな感じの会話を交わして、家具の類が鏡とそれを置いたローテーブルしかないアパートの1室で、鏡の表面に変化が現れるのをじっと待った。部屋には俺と里奈の他にはハム太とハム美も居るが、流石に「のだのだ、ニャンニャン」と騒ぐことは無い。2人(匹)にとって大輝は創造主であるから、それなりに緊張するのだろう。


 それで、しばらくそのまま待つだけの時間が過ぎる。


 この間、俺は自分が話さなければならない事を心の中で整理する。先ずは「この部屋」の取り扱い。交信のキーアイテムは「鏡」だが、その一方で「この部屋」という場所の重要性も確認しなければならない。もし「この部屋」である必要がなければ・・・・、無駄な家賃を削減するために賃貸契約を解約したいと思っている。


 そして、もう一つ大切な事は……俺と里奈の関係の事だ。


 今年1月の交信から、此方の時間で半年が過ぎた。その間に俺と里奈の関係性は大きく変わった。学生時代の淡い憧れのような想いが紆余曲折を経て通じ合い、今では言葉通りの「掛け替えのない人」になった。その事を大輝に伝えなければ、と思う。


 勿論、この気持ちが俺のひとがりな考えだということは理解しているつもりだ。大輝だって里奈の事が好きだったんだし、里奈も大輝の事が好きだった。ただ「だからこそ」なのか、俺は今の里奈との関係を大輝に告げたいと思っている。そうしなければ、心の中に少し残ったシコリのようなわだかまりを消すことが出来ない。そうしなければ、先にある未来・・・・・・に踏み出せない。そう思ってしま――


「……コータ殿、遂に、遂に――」

「遂に、やるニャンね!」


 ……いつの間に【念話】を繋いでいたんだこの2人(匹)は……まぁ、やるよ。やってやるよ! 俺はやればできる男だ! ただ、それよりも何よりも、人の頭の中を勝手に覗くのは――


「え? ナニナニ、コータ、何かするの?」

「あ、いや……その……」


 俺はマナー違反(?)なハム太とハム美に抗議をしようとするが、それより早く里奈が喰い付いて来た。それで俺は「フガフガ」と反応に困ってしまうが……


「コータ殿、里奈様、見るのだ!」

「っ! 鏡の表面が動いているニャン。半年ぶりのご対面ニャン!」


 なんだか、妙にバッチリのタイミングで「鏡」の表面に変化が起き始めた。


*********************


『久しぶりだな、コータ、里奈』


 鏡面の変化が治まった後、鏡の向こうに佇む大輝は静かにそう語り掛けて来た。


 今回、鏡の向こうに居るのは2人。大輝と、もう1人は小柄な女性だった。以前少し言葉を交わした大輝の娘「アメリア」とは雰囲気が似ているが違う女性。ぱっと見て若くない事は分かったが、年齢を超越する美しさを備えている。それに、なんとも言えない「高貴なオーラ」のようなモノを放っている気がする。一体誰だろう?


『紹介するよ。妻のレーナだ』


 俺の疑問に答えるように大輝はその女性(レーナさん)を紹介した。


『初めまして、お2人の事は大輝から聞いています』


 なるほど、と思う。確かに、ハム太やハム美の情報では大輝の奥さんであるレーナさんはメラノア王国とかいう国の王族だった。だからこその「高貴なオーラ」なんだろう。


「初めまして、里奈と言います」

「公太です」


 鏡から溢れ出す「高貴なオーラ」に当てられて、俺と里奈は思わず頭を下げてお辞儀をしていた。一方、ハム太とハム美はと言えば、


「レーナ様! お久しぶりなのだ!」

「お元気そうで何よりニャン!」


 と、鏡に齧りつく勢いで語り掛けている。


『2人とも、息災で何よりです。コータさんと里奈さんに迷惑を掛けていないでしょうね?』

「勿論なのだ!」

「役に立ってるニャン!」


 ……2人(匹)とも、そういう自己評価な訳だね。確かに助けてもらう場面が多いから役に立つという意味では間違いないけど……たまに迷惑かけてますよ、レーナさん、気付いてください……


『そうですか、これからもたゆまず勤めに励むように』

「ははぁ~」

「お安い御用ニャン」


 レーナさんの激励に2人(匹)は意気揚々と答えている。まぁ、ちょっと言われたくらいじゃ変わらないだろうから……別に良いか。


『じゃぁアナタ、私はこれで――』

『そうか、すまないな』

『また、後で』


 一方、鏡の向こうでは大輝とレーナさんがそんな言葉を交わしている。レーナさんはこれで席を外すらしい。もしかしたら、この会合(?)に気を遣っているのかもしれない……のかな? とにかく、別れ際にしては妙に濃厚な口付けを交わして、レーナさんは『それでは』と部屋を出て行った。


『ゴッホン! じゃぁ、始めようか』


 照れ隠しの咳払いと共に大輝が切り出す。流れとしては、俺の方の「訊きたい事」と「言いたい事」を先に切り出したほうが良いだろう。なので俺は、


「先に話してしまいたいことがあるんだ――」


 と切り出した。


*********************


 結論から言うと、「鏡」の置き場所は何処でもいいらしい。なので、この田有のアパートは解約する事にした。


 一方、俺と里奈の関係については、喋り出した俺を里奈が「ちょっと、そんな事わざわざ言わないでよ、恥ずかしいから」と、制止する場面もあったが、概ね思いの丈を言う事が出来た。ちなみに、それを横で聞かされていた里奈は……茹蛸のように真っ赤になって固まって居るけど……今は無視する。一度気にすると、こっち迄恥ずかしく成って来るからだ。


 対して大輝の反応は、といえば、


『良かった。本当に良かった……心から祝福する』


 と言うもの。そんな言葉を涙ぐみながら言うものだから、妙に場がしんみりとしてしまって困ったものだ。


 ただ、これで終わればこの晩の「交信」は平和で幸せな幕引きに成っただろうけど、残念ながら、そうはならなかった。というのも、


『このタイミングでこれを言うのは……ただ、次も確実に繋がるという保証がない限り言わなければならない』


 妙に含みのある言い方で、言葉を濁しつつも大輝が切り出した話。それが結構大きなインパクトを持っていたからだ。


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