*17話 武蔵野森市民体育館メイズ② 参加PT、何でコイツらが?


 体育館前の第2駐車場には、丁度運動会なんかで使われるような大型のタープテントが3つ並んで設営されている。そのテントの端から順に参加者の区分けがあるようで、一番左が「一般参加者」受付とのことだ。およそ70人近くの[受託業者]と思われる装備をした人間が列に並んだり、装備を点検していたりする。


 一方、そんな彼等とは反対側、青々とした植え込みと芝生の向こう見える隣の第1駐車場には、今日の件を嗅ぎ付けたマスコミの取材陣の姿が見える。距離的には50mも離れていないが、発生したメイズの入口に近い「第2駐車場」には立ち入らないという取り決めがあるのだろう。


 そんな彼等の様子は「太磨霊園メイズ消滅作戦」の際の報道陣の様子を思い出すものだ。あの時と同じように、此方に向けたカメラの前で女性レポーターがしきりに何かを捲し立てている。ただ、当時は見られなかった外国の報道機関の姿があるのは、流石に今がオリンピック開幕間際だという時節柄だろう。


 彼等がどんな風に報道するのかは謎だが、まぁオリンピック開幕間近になって会場の近辺にメイズが発見されたことを、「発見が遅れた政府の怠慢」とか言うのだろう。ネット上には、「メイズに限れば政府が強力な報道統制を敷いている」という陰謀論的な噂が垣間見える。それが本当かどうかは分からないが、やっぱり、中には政府批判を本能的使命(?)と捉えて止められない局もあるようだ。


 更に、最近では「再生可能エネルギー」で権益を得ようとしていた勢力が巻き返しを掛けて「新世代発電システム」の危険性を喧伝しているという話もある(陰謀論だが)。そう言われてみると、確かに最近そんな論調が増えたような気がする。でもまぁ、俺のような[受託業者]には関係無い話だ。寧ろ「再生可能エネルギー」ではメシが食えない・・・・・・・[受託業者]の身の上では、「新世代発電システム」には是非とも普及を頑張って欲しいと思っている。


*********************


 そんな事を考えながら待っていると受付の番が回って来る。それで「認定証」をスキャンされて、後はA4用紙にプリントされた「誓約書」の中身を簡単に説明される。後は書類に署名をするだけで、受付はあっさり終了した。


「9:30から全体ブリーフィングを実施しますので、もうしばらく待機していてください」


 という委託課の若い職員の案内を受け、それで時計を確認するとまだ8:50だった。


 妙に時間を持て余す感じだ。かといって、この場を離れてブラブラしていると、報道陣に捕まって「インタビューを!」となりかねない。我慢してこの場で時間を潰すしかなさそうだ。岡本さんの車に戻って居ようか? 


 そう考えて、溜息を吐き掛けた時、不意に駐車場に下品な爆音を立てる自動車が入って来た。


 ドロロロロ、と濁った低い音を発して近づいてくるのは、限界まで車高を下げたような型落ちの国産セダン3台と、冗談のようなエアロパーツを付けたワゴン車4台だ。その内、先頭を走るシャコ短・・・・セダンが駐車場の入口に差し掛かり、そこで何故か蛇行するようにハンドルを切って、わざと車体を斜めにして段差を乗り越えようとして、


 ――バキッ! ザザザザー


 と、フロントスポイラーの下を盛大に地面に擦り付けている。ちなみに、残りの車も全部下を擦っていた。


「なんだ、あれ?」とは俺。

「暴走族、ですかね?」とは嫌そうな表情の朱音。

「ちっちち、珍走車、だだだダッサぁ」とは、僅かに視線を逸らせた飯田。

 

 一方、岡本さんは、


「お~。結構、イジってあるなぁ」


 と、目を細めて1人だけ違う感想を述べている。


 そうこうする間にも7台の奇天烈きてれつな外観の車は、駐車場の中央に停車。全車揃って4角のマスを丁寧に無視した感じで斜めに停める。そして、ほぼ一斉に運転席側のドアがバンッ、と開いて、そこから格好だけは[受託業者]的なプロテクターを身に着けた運転手の若者がスリッパ履きで降りてくる。そして、各自が真っ先に自分の車の前に回り、バキバキに割れたエアロパーツを見ながら何かを叫びつつ頭を抱えている。


 全員が同じ様なタイミングで似たような動作をするので、俺は思わず吹き出してしまった。周りを見ると、俺だけじゃないようで、「一般参加者」側にたむろしていた人達の中からも笑い声が上がっている。


 対して、シャコ短車のオーナーは、主に「一般参加者」に向けて、


「何見てんだよ!」

「やんのか、コラぁ!」


 と凄んでいる。ゾロゾロと車から降りて来た仲間達も全員がそんな感じだ。


 俺はそんな連中の様子を生暖かい笑みで見ていたのだが……次の瞬間、非常に残念な事実に気が付いてしまった。それは……こいつらが、「東京DD」の「コウちゃんPT」だということ。やばい。


「あ、コータのアニキだ! おはようございます!」

「おはようございます!」

「ざまっす!」

「さまっす!


 慌てて隣の朱音の後ろに隠れようとしたが、間に合わなかった。結果、連中の中の数人が俺に気が付いて、リーダーっぽい男(コウちゃん)以下数名が俺にそう声を掛けて来た。


「どうしたんすか? コータのアニキ?」

「ひ、人違いです……」

「なにいってんすか、朝っぱらから冗談キツイっすよ」

 

 なんだろう? 彼等から親し気に声を掛けられる俺に、「一般参加者」側から向けられる好奇の視線が痛い。あと、背後では海外のレポーターがちょっと興奮気味に何かを話し始めた。マズイぞこれは、全世界的に俺がこんな奴等の知り合いだと知られてしまう……。


「なぁコータ、もしかしてアイツらが田中社長の所の?」


 とは、岡本さん。俺は、なんだかドッと疲れた気がしてゲンナリと頷く。そういえば、岡本さんとアイツらはコレが初対面か。ヤンチャな態度と言葉遣いの悪い奴等だから、岡本さんと揉めなきゃいいけど……


「そうか、良い趣味してるじゃないか」


 どうやら、それは無用な心配だったようだ。


「あのエアロ、カッコイイな」


 まさかの岡本さんが「同好の士」だったとは……そういえば、以前車を買った時に、岡本さんは「カスタムが~」とか、そんな事を言っていた気がする。でも、お願いだからPTでの移動にも使用する岡本さんのワンボックスが珍妙な改造を受けませんように。鳴海さん(岡本さんの奥さん)、絶対拒否で頑張ってください!


 ちなみに、この後、コウちゃんPTの注意は「脱サラ会」の加賀野さんへ移った。なんか、加賀野さんはコウちゃんPTと他の「東京DD」クランの面々から、「加賀野先生!」と呼ばれていて、それを存分に仲間内から弄られることになった。


 正直「アニキ」呼びより、「先生」呼びの方がキツイと思う。お陰で俺の心は随分と軽くなった。加賀野さん、ありがとう。


 それで、ワチャワチャとしている内に9:30になった。



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