*16話 武蔵野森市民体育館メイズ① 連休は温泉に行こう


2021年7月11日 日曜日 朝8:30


 この日、俺達「チーム岡本」を含む3PTの「DOTユニオン」は武蔵野森市民体育館の第2駐車場に集合していた。


 通常ならば「CMBユニオン」と「月下PT」を加えた「合同ユニオン」として「井之頭公園中規模メイズ」におもむくことになる日曜と月曜の活動だが、今週ばかりは普段と状況が違う。というのも、昨日土曜日に[管理機構]が発した「緊急協力要請」を引き受けて、この場所で発見された「小規模メイズ」の中に入り、これを消滅させることが今日と明日の活動内容になるからだ。


 ちなみに、「消滅作戦」の対象とされたメイズは全部で4カ所あり、今日はこの場所ともう1カ所で人が集められている。スケジュールとしては、今日日曜と明日月曜の2日間で、まず4つの内2つを消滅させるとの事。その後は火曜日を中休みとして水曜・木曜の2日間で残り2カ所に当たる感じだ。


 ちなみについでの話だが、「合同ユニオン」の「CMBユニオン」+「月下PT」はもう1カ所のメイズ(さいたま市の方)に足を運んでいる。


 そのような作戦への参加を呼び掛ける「緊急協力要請」は、昨日土曜の午前中にメール等で一斉に[受託業者]へ送られた。それに対して「合同ユニオン」の各ユニオンやPTは直ぐに「要請受託」の返答をしている。随分と素早い対応になったのだが、これには訳があって……早い話、中の人(里奈)から金曜の夜の時点で事情を聴いていたからだ。そのため、金曜の夜の内に岡本さん経由で各ユニオン・PTへ根回しを済ませることが出来た。


 中の人里奈から直接事情を聴ける立場というのは、ちょっとだけ「反則」なような気がしないでもないが、まぁ良いだろう。なんといっても、コッチは里奈の4連休が掛かっているんだ。


(公私混同が甚だしいのだ……浮かれている場合ではないのだ)


 とは、妙に沈んだ感じのハム太の【念話】。ただ、そんなハム太もつい2日前、金曜日の夜の時点では、


 ――連休は温泉なのだ? いいのだ、是非協力するのだ!――


 などと言って盛り上がっていた。


 まぁ、その次の日、10日土曜日(昨日)の夜の出来事によって、今のハム太はテンションが駄々下がりになっている。それについては、俺も里奈も似たような感じだけど……まぁ、考えたって仕方がない事だから、気にし過ぎないようにしている、というのが正直な所。


 ちなみに、「メイズ消滅作戦」が里奈の「4連休」に関係する経緯については、まぁ、確かに「公私混同」だろう、と思う。


 どういう事かと言うと、まぁオリンピック開会間際になって競技会場の近辺にメイズが発見されたため、[管理機構](いや、正しくは日本政府だろう)はこれを速やかに消滅さる必要に迫られた。だから、確実に任務を達成できる[受託業者]による迅速な協力が必要になった、ということ。


 この場合の「確実に任務を達成できる[受託業者]」というのは「チーム岡本」であり「DOTユニオン」であり、ひいては「合同ユニオン」に加わる各ユニオンPTということになる。まぁ他にも複数のA・BランクPTが存在するらしいが、既に実績があるのは「合同ユニオン」の面々だ。


 そのため、[管理機構]としてはどうしても俺達を含む「合同ユニオン」から協力を取り付けたい。そこで、「合同ユニオン」の一翼を担う「チーム岡本」の関係者関係者交際相手である里奈に、


 ――協力してもらえるように交渉して――


 という話があった(そうだ)。


 対して里奈は、それを「公私混同だ」として一旦は断ったらしいのだけど、


――でも、8月末に休日を調整して4連休が取れそうなの……だから、お願い!――


 「4連休」という甘い誘惑に負けたらしい。そのため、金曜の夜中にウチのマンションに来た里奈は、ちょっとだけ良心の呵責に苛まれていたものだ。まぁ、その後直ぐに「4連休は何処に行こうか?」っていう話になったから、大体現金なものだ(俺も、だけど)。


 里奈の気持ちは分かるし、俺も里奈が纏まった休みを無理なく取れるならそれに越したことはない。それに、ちょっと前から「温泉でも行きたいわね」と話をしていたけど、どうしても纏まった休みが取れなかったので「いつかは行きたいね」という感じで棚上げになっていたのだが、4連休もあれば地方へ足を延ばしても十分にのんびりと休みを取れる。


 そして、内風呂なんかがある少し高めの宿で、2人で一緒に温泉に浸かったりして、後は浴衣姿の里奈に、あんな事やこんな事を、ムフフ、グヘヘヘ……


(……)


 と、冗談はさて置き(無言の【念話】って器用だな)、俺としては過労気味な里奈が休めるなら、是非とも協力したい話だ。


 ただ、他のメンバーに対して「こんな理由」は通用しない。なので、しっかりとした報酬が必要になる。特に[管理機構]に対しては、しっかりと報酬を取り決めておかないとトンデモナイ事をされそうな気がする。


 現に、以前の[荒川運動公園メイズ]に於ける「初期調査」では、日当5千円でドロップは「全部取り上げられる」といったふざけた内容で「協力」させられている。よくもまぁ、あんな条件で要請できたものだと思うが、同じような条件では、今となっては、俺は良くても他の面々が黙っていないだろう。


 ということで、協力はするものの「見合った報酬が必要」という話になった。それに対して[管理機構]が出してきた報酬案というのが……なんというか、「同じ組織か?」と思うほど、以前と比べて破格なものだった。そんな報酬案は役割分担と共にこんな感じになる。


 ――選抜Aユニオン(参加PTから管理機構が選抜)――

 任務:10層以深での活動、及び最深部でのメイズ不活性化

 日当:各人20万円(2日間)

 補償:消耗品の市場価格により補償する

 糧食:管理機構にて負担

 その他:「メ特税」「買取り額」「持ち出し料」「鑑定料」は現行ランク特典規定に準じる


 ――選抜Bユニオン(参加PTから管理機構が選抜)――

 任務:5~10層までの補給路確保

 日当:各人辺り10万円(2日間)

 補償:消耗品の市場価格により補償する

 糧食:管理機構にて負担

 その他:「メ特税」「買取り額」「持ち出し料」「鑑定料」は現行ランク特典規定に準じる


 ――一般参加者(上記選抜A、B以外の参加者)――

 任務:5層までの安全確保

 日当:各人辺り2万円(1日間)

 その他:「メ特税」「買取り額」「持ち出し料」「鑑定料」は現行ランク特典規定に準じる


 ドロップ収入プラスアルファがこれだから、十分な報酬だろう。「一般参加者」に区分されると、ちょっと報酬が渋い気がするけど、その代わりCランク以下のPTならば一発でランクが上がる事になっているらしい。ランク無しなら「Cランク」に、Cランクなら「Bランク」に、今回参加するだけでランクアップするということだ。


 だから、ランクが低いPTにとっては、長い目で見れば報酬以上に価値があることになる。それに、今年の9月に予定されている第3次募集時に「PT特典」が追加されるが、その帳尻合わせとしてランク報酬特典が下方修正されることが発表されている。そのため、その際にちょっとしわ寄せ・・・・を受けるCランクPTへの救済という意味もあるのだろう。


 とにかく、十分な報酬だといえる。


 そうだな、ずっと「貯金貯金」で来ていたから、今度里奈と温泉に行くときはちょっと高い宿を取ろうか……月成つきなりにお願いしてみるのも良いかもしれない。うん、そうだな。そうしよう……


*********************


「コータ先輩……なんかキモイ」

「ほ、ほほ、ほって置いた方が」

「色々あるんだろ」

「でも……なんかヨダレが」

「ったく……おい、コータ、しっかりしろ!」

「へ?」

「へ? じゃないよ。大丈夫か?」


 え? と思って気が付くと、岡本さんの心配そうな顔が目の前にあった。その隣には、ジト目の横目で「チッ」と舌打ちする朱音と、「ドヒュッ」と不気味な笑いを浮かべる飯田の姿がある。どうやら、無意識の内に妄想の世界に足を踏み入れていたらしい。


「だ、大丈夫です」と俺。

「色ボケですね、コータ先輩」と朱音。


 それで、「ち、ちがう」と言い掛ける俺に飯田がニヤニヤ笑いながら、


「こ、拗らせ童貞――」


 お前に言われたくないぞ。ということで、


「てめー、飯田、今なんて言った」


 と抗議するのだが、そんな俺の声に被せるように、向こうの方から拡声器に乗った声が響いて来た。


『え~、お集まりの皆さん、おはようございます。受付を開始しますので、運営テントまでお越しください。少し混み合いますので認定証はあらかじめご準備の上、列にお並びください――』


 どうやら、「武蔵野森市民体育館メイズ」消滅作戦の受付が始まるらしい。


「おい、ジャレてないで、行くぞ」


 という、岡本さんのリーダーらしい声で、俺は飯田に「カァッ!」と威嚇しつつ、出来始めた列に並ぶことにした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る