*14話 緊急会議 「連続メイズ消滅事件」


**五十嵐里奈視点************


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コータ:


オッケー牧場!

だったら何か作っておくよ。

時間分かったら連絡ヨロ


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 私はコータからの返信を見ながら「オッケー牧場って何よ?」と思いつつも、ひとまず良かったと安心する。大体の場合、デートの約束をダメにするのは私の方だから、いい加減コータも怒るかも? と思うのだけど、理解のある人で良かった。


 それで私は、「ごめん、ありがとう。また連絡するね」とメッセージを送る。


 送信中の文字が消えて、直ぐにメッセージは既読になる。それと殆ど同時にスマホがフラッシュライトと共に振動した。それで私は、反射的に「コータの返信、早っ!」と思ったのだが、どうも違うらしい。


 スマホ画面の表示は同僚の富岡課長からの着信である事を示している。


「もしも――」

『ちょっと里奈、大丈夫?』

「ええ、大丈夫ですけど――」

『だったら早く戻って来て頂戴』


 富岡課長からの電話は小声だったけど、私に早く会議室へ戻るように催促するものだった。


 会議自体は多元接続のリモート会議で、少し前までは要領の得ない状況確認に終始していた。それに、会議の主役は内閣府と安全保障局、それに警察関係だった。なので私は「ちょっとトイレに」と会議室を抜けて来たのだが、どうも、コータにメッセージを送っている間に会議の方に動きがあったらしい。


「あ、はい、わかりました」


 と返事をして、後は服装を整えてトイレの個室を出る。個室から出た先には女子トイレ特有の明るい照明と大きな一枚鏡を配した手洗い場所がある。そこに先客がいた。同じビルに入居している他の行政法人の職員と思しきスカートスーツ姿の若い女性職員だ。その女性は化粧直しをしていた。


 私がトイレに入った時から鏡の前に陣取っていたから、随分と入念な化粧直しだと思う。見た感じまだ若そうに見えるから、多分2、3年生職員だろう。バッチリとアイラインの入った化粧をしている。まぁ今日は金曜日だから、夜に予定があるのだろうと思う。


 私はそんな事を思いながら、その女性職員の隣で手を洗いつつ鏡を確認。隣のバッチリメイクの職員と比べて、殆ど化粧っ気のない自分の顔がなんだか恥ずかしい。そもそも、隣の女性職員が軽くウェーブを付けた女性らしい髪型なのに対して、私は少し伸びてしまった髪の毛を後ろでひっつめ髪・・・・・に結んでいるだけ。


 服装だって、女性職員の方は「如何にも」なスーツ姿であるのに対して、私の方は白のカッターシャツとストレッチ素材のジーンズだ(ちなみに足元はトレッキングシューズだ)。首から提げた職員証が無ければビルに入る時点で守衛さんに呼び止められるだろう。というか、実際にこれまで2度ほど、「業者通用門は反対側ですよ」と呼び止められている。新しい守衛さんに変わる度に「申し送り」が有るらしいけど、どうやら、たまに忘れられる事があるらしい。


 見比べるとなんだかいたたまれなく・・・・・・・なるので、私はチャッチャと手を洗ってエアタオルでそれを乾かし、トイレを後にする。ちなみに、その女性職員は終始私の方には視線を向けなかった。


 歩く度にキュッキュと鳴るトレッキングシューズの滑り止めを妙に喧しく感じつつ、私は会議室へ向かって足早に廊下を進む。


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 今日の会議は突然招集された所謂いわゆる「緊急会議」だった。議題は2つだという話だが、先ず議題に上がったのは最近連続して発生した「メイズ消滅」に関するもの。


 実は最近になって、関西地区で2件、中京地区で2件の「小規模メイズ」が立て続けに「消滅」している。全て今月に入ってからの出来事だから最近の話だ。「消滅」が発生したのは何れも深夜の時間帯で、中に滞在していた[受託業者]も殆どが5層で就寝中だったという。


 そんな状況で突然メイズが消滅した。状況的に、当初は中に居た受託業者が最奥のメイズ・コアを誤って不活性化してしまったのだと思われた。ただ、彼等は一様に「違う」と証言した。また、それらの[受託業者]を秘密裡に【鑑定】したところ


 ――最深部に達して番人モンスターを斃すほどの実力ではない――


 という結果になったという話だ。


 なので、最初の頃は「そういう事も有るのかもしない」と思われた。しかし、今週の水曜日に中京地区の或る小規模メイズで発生した「消滅事例」を以て、「消滅は何者かの人為的な仕業」である可能性が一気に高まった。というのも、そのメイズの入口に設置された監視カメラ(取付ミスで元々視界がズレていた)が正規の認証ゲートを通過せずにメイズの中に侵入した人影を捉えたからだ。


 その監視カメラの映像は奇妙なものだった。3方向がコンクリートのパネルボードで囲まれたメイズの入口を移すカメラの端で、明らかに1面だけパネルボードが消え、そこから黒っぽい人影が内部に侵入する。人相風体は不明だが、人数は全部で8人だという。そして、消えたはずの石膏ボードが突然元に戻る。そう言う映像だった。


 そして、映像から1日後の深夜に、そのメイズは突然「消滅」した。「不正に内部に侵入した者達が何処へ行ったか」については、時刻が深夜だったこともあり、また、メイズが消滅した瞬間、周囲一帯が不自然な暗闇に包まれたこともあって、目撃情報は皆無だった。


 ただ、この時点で「分かる人には分かる」情報が有った事は確かだ。


 例えば、スパッと消えて突然元に戻る「コンクリート製のパネルボード」は【収納空間】スキルによるものだ。それに、周囲が暗闇に覆われたのは【暗黒場】というスキルの効果かもしれない。これらについては警察側も察しが付いているだろう。


 また、犯行(実際にこれが犯罪なのか微妙だけど少なくとも「不法侵入」である事は確か)を行った者の意図が「メイズ・コアを収拾する」という点にあると仮定すれば、実行犯の察しも付くだろう。


 5月に「双子新地高架下メイズ」で起こった事件は、殆ど闇に葬られているが、当時の関係者から事情を聴いている警察ならば、犯行グループが「統情六局」という中国の諜報機関であり、彼等が理由は不明ながら[メイズ・コア]を朴木から回収したことも知られている。そして、「統情六局」の中には【収納空間】を使う者が居ることも確かだ。


 ただ、状況的には外国の諜報機関が絡んだ何等かの工作が疑われるもので、そうなると[管理機構]にお鉢が回って来ることは先ずない。それこそ5月の「双子新地高架下メイズ」のように、事実を隠匿された状態で作戦現場に連れ出すような真似でもしない限り、[管理機構]の上層部は協力を「絶対拒否」するだろう。それほど、事件後の[管理機構]と警察庁の関係はマズくなった。


 今は警察庁側が責任者を含むかなりの数の人員(青島何某なにがしを含む)を更迭したので、表面上の対立は治まっているが、現場では佐原部長も江口理事も警察と聞くと表情が一気に険しくなるほどに、しこりは残っている。


 ――そんなの・・・・の対応は公安と警察でやってください――


 というのが、今の[管理機構]のスタンスだ。


 ということで、緊急招集された会議の前半「連続メイズ消滅事件」に関する報告が行われている間、私達[管理機構]の出番はなかった訳だ。そういう理由で、私はトイレでコータにメッセージを送っていたのだけど……


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「里奈、遅い!」

「すみません、お腹痛くて」

「もう、大丈夫? しっかりしてよ」


 小声で富岡課長と言葉を交わす。そして、なるべくそっと席に戻った私は、緊急会議の議題が「連続メイズ消滅事件」から別の内容へ変わっていることに気付いた。


 次の議題を移しているモニターにはデカデカと、


――メイズ異常発生に関する対応について――


 と映し出されていた。その内容に私は、


「ああ、コレも……ですか」


 思わず、そんな独り言を呟いていた。


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