*13話 或る日のコータ デートキャンセル?
2021年7月9日(金曜日)
現在、俺の[受託業者]としての活動は毎週日曜日と月曜日の2日間が「DOTユニオン」(最近は「合同ユニオン」の場合が多い)の活動日。そして、毎週水曜と木曜が「チーム岡本」の活動日になっている。複数のPTの予定が絡む話なので、余程の事が無い限り、このスケジュールは変わらない。
一方、休日はというと、活動(出勤)スケジュールがほぼ固定なため、こちらも殆ど固定的な休日になる。毎週火曜と金曜・土曜の3日が休みだ。つまり、週休3日。我ながら「良い御身分だ」と思う。
ちなみにFZアメージング・フード社に勤めていたサラリーマン時代は、「休日」なんてカレンダー上のファンタジーだと思っていた。特に、他のファミレスチェーンと違い、FZアメージング・フードが展開するファミレスは少しお値段が高めな洋食レストランだ。そのため、金曜・土曜・日曜の週末は一番客足が伸びる。そのため、記憶にある限り、サラリーマン時代に週末の休みを過ごした経験は数えるほどしかない。入社間もなくの研修期間と、インフルエンザに罹った時、後は霞台駅前店がメイズ発生を受けて営業中止に追い込まれた時くらいだ。まぁ、サービス業の宿命だと思う。
それが今では、毎週確定的に金曜・土曜が休みだ。これはもう、俺はファンタジー世界の住人だと言っても過言ではないだろう。
とは言いつつも、実はこのような生活サイクルになった当初、俺は何と言うか休日を持て余していた。「余暇」という概念を知らない者にいきなり時間を与えても、何をしたら良いのか困惑するだけだ。しかも、[受託業者]になりたての頃は(千尋の借金の都合で)金がなく、休日はなるべく余計な出費をしないように家で大人しくしていた。
それが少し変わったのは、田有のアパート時代に千尋が転がり込んで来た頃か? もっと明確に変わったのは、千尋の借金を返済して、同じ田有のマンションに引っ越してからだろう。同居するようになった千尋に尻を叩かれるように、休日はなるべく外出するようになった(千尋曰く「リハビリ」とのこと)。
ただ、そうやって俺の尻を叩くように休日を
千尋は今、表参道の「億ション」暮らしというセレブな御身分に収まっている。なんでも、「代々木公園が良く見える」とか、「マンションの中にプールとジムがある」とか、「周りはお洒落なお店が多い」とか、そんな
ただ、良いことばかりではないらしく「ここで暮らしを完結させると物価が高すぎてコワイわ」とのこと。なので、少し離れた所の庶民的なスーパーで買い物しているらしい。そういう所の金銭感覚は凄いと思う。後は「男の一人暮らしって駄目ね」という、愚痴的な発言も早速飛びだしている。なんでも小太り体型の「マー君」をダイエットさせるつもりらしい……もう殆ど「嫁」だな、と思う。
そんな千尋は、
――暇が出来たらお兄ちゃんも遊びに来てよ――
とか言っていた(誰が行くもんか)が、今はマー君の出張に付き合って渡米している。なんでも、受託業者向けの会計税務サービス事業は日本国内だけでなく、米国や東南アジアでも同時に展開するらしい。その下準備だという事だ。ほんの2週間前まで、マンション1Fのコンビニでバイトしていたとは思えない変わりようだ。
――ビジネスクラス、すげー!――
という写真付きのメッセージが送られてきたのが昨日の夜の事。帰国は、オリンピックの開会式に合わせるらしい。俗に言うVIPシートを予約しているとのこと。思わず「セレブかよ!」とツッコミそうになるが、このまま行けば本当にセレブになりそうだ。
「もう、俺、千尋のヒモでいいかな――」
思わず漏れる呟きに、自分で言っていて悲しくなった。
*********************
「――代々木公園の第2選手村の整備は着々と進んでおり、JOCの発表によると第1選手村の開村日から3日後の17日には予定通り開村セレモニーが行われるとの事です。一方、入村するコロナ蔓延国の選手団は昨日共同記者会見を行い、今回のIOCによる選手村分離の決定は何ら人権侵害に当たるものではなく必要な措置だと認識している。JOCと日本国政府には、速やかな施設の設営と快適な滞在空間の確保に努力を頂き心から感謝をしている、と声明を発表しました――」
テレビからは、そんなレポーターの声が流れてくる。流石にオリンピックが近いせいか、最近の話題は
世界的なコロナウィルスの蔓延状況は国や地域によって随分と様相が異なる。アフリカや南米の一部、アジア、中東、東欧の国々は未だにワクチン接種が進んでおらず、感染者数も多い。そのような国の選手団を他の国の選手団と分けるため、急遽浮上したのだ「第2選手村」だという。
「第1選手村」は予定通り晴海の人工島に建設された施設を使用するが、それとは別の蔓延国向けの選手村が代々木公園に作られることになった。ちなみに、代々木公園は嘗ての東京五輪で選手村が置かれた場所だ。そういうレジェンド的な要素もあって、場所が選定されたという話らしい。
「――それにしても、中国の選手団が率先して第2選手村へ入村する事を発表した点は、どの様に受け止められますか?」
テレビの画面はスタジオに戻り、司会役のお笑いタレントが真面目ぶった顔でコメンテーターに話を振っている。
「やはり、中国としてはコロナウィルス蔓延の原因と認める訳にはいかないものの、幾ばくかの責任を感じている。その辺を態度で示したというところでしょう。まぁ、入村する各国が所謂第三世界といいますか……今後発展が見込まれる国々で、そんな国々のリーダーを自任する中国としては、ここで国際社会に立場をアピールしたい、という狙いもあったのでしょう」
対してコメンテーターは分かったような口ぶりで分析を述べている。今のところ中国ではウィルス感染者は少ないが、今回の「第2選手村」が発表された時点で、各国が反発する前に「支持と協力」を表明していた。その最たる態度が「自分達が率先して入村する」というもの。そう言う経緯があり、今現在マスコミ報道は可成り「中国アゲ」になっている。数か月前までは領土問題で批判的だったのに、随分な変わりようだと思う。
「――CMの後は、今回の東京オリンピックでお披露目される次世代発電システムについての特集です。今日は河西レポーターが晴海第1選手村に隣接した発電設備の内部から生中継をします――」
テレビの画面はスタジオから切り替わると、何やら物々しい小型プラント内部のパーン映像を映し出す。そして、カメラは奥の方に立つヘルメット姿の女性レポーターにズームを掛け、その女性レポーターがカメラに向かって笑顔で手を振ったところで、洗濯洗剤のCMに切り替わった。
「次世代発電システムねぇ……電気代がお安くなるのかな?」
ついついそんな独り言が出る。その一方で、電気代が安くなるということは[メイズストーン]の買取り価格が安くなるのと同じ意味だと気付く。痛し痒しだ。ちなみに、[メイズストーン]を加工燃料化して
「こっちの世界の人間は、こういう事をよく思いつくのだ……魔術が発達していない代わりの科学技術だとしても、少し貪欲過ぎるのだ」
とは、元千尋の部屋から出て来たハム太。ちなみに、以前千尋が使っていた10畳間は現在物置部屋になっている(ハム太は自分の部屋だと「領有権」を主張している)。
その部屋から出て来たハム太は、そんな事を言いながら両手に持った円筒形の物体を天井の照明に
「こんな風にメイズストーンを加工する方法など、あちらの世界の地霊族でも考えつかないのだ」
感心する、というよりも何処か呆れた口調のハム太だ。
対して俺は、そんなハム太が持っている物体が気になるので苦言を呈する。
「はぁ……どうでも良いけど、
言いつつ俺は「それ」を指差す。まぁ、「それ」とはアレだ……9mmの拳銃弾だ。
そもそも、どうしてこんなものがウチに有るのかと言うと、以前の双子新地関連の事件の最中にハム太の収納に入れっぱなしにして忘れていたからだ。その結果、ハム太は2丁の拳銃(M9という大型拳銃)と複数の実弾を「ハム太コレクション」として所蔵するに至った。
ちなみに、拳銃と実弾の内1セット分は谷屋さんから預かったものだが、後で気付いて返却しようとしたら何故か拒否された。「何の事だ? 私は知らない」とのこと。意味不明過ぎて困る。
そして、いつの間にか増えていたもう1セット分は、「双子新地高架下メイズ」の9層で「統情六局」の連中を拘束した時にハム太が失敬していたものだという。その時の拳銃に入っていた弾が、今もハム太が感心するような[メイズストーン]を加工した金属でコーティングされているものらしい。コレのお陰で深い層のモンスターにも有効な銃撃が出来るのだという。
「バラシて掃除して眺めてから仕舞うのだ。週に一度のお楽しみなのだ」
まったく、何を気に入ったのか知らないが、現在ハム太は手に入れた2丁の拳銃の手入れを趣味の1つにしている。全く厄介な趣味だと思う。これなら、飲んだくれていてくれた方が随分とマシな気がするほどだ。
ちなみに、俺がこんなハム太の「コレクション」に気が付いたのは、千尋が引っ越した後の部屋の掃除をしようと中に入った時のこと。ローテーブルの上にバラバラに分解された拳銃が乗っておりギョッとしたものだ。
それから随分長い時間をかけて「捨てろ」「捨てないのだ」の言い合いをしたが、今はもう俺の方が根負けしてしまった。なので、「出しっぱなしにしない」「出したら片付ける」「外では収納から出さない」「鑑賞は週に1日だけ」という約束をしている状態だ。
それにしても、我が家には日本刀もあるし、拳銃もある。何処のヤクザの組事務所だよ、と思うが……まぁ仕方ない。少なくとも[魔刀:幻光]とカタナソード[陽炎]は大切な商売道具だ。
「里奈様は拳銃を仕事でも使うのだ」
「ああ、アレは使わないって、持ってるだけだろ」
「羨ましいのだ」
「羨ましがるな、里奈は結構プレッシャーだって言ってたぞ」
そんなやり取りになる。そして、
「そういえば、コータ殿は今日はデートなのだ?」
「あ、ああ……そうだよ」
という話になり、俺は思い出したように時計を見る。時刻は15:30。ちょっと早いが、シャワーを浴びて出掛ける準備をしても良い頃合いかもしれない。そんな風に考える。その時だった。
――ピピピッ
短くスマホの着信がなる。メッセージを受け取ったらしい。それで確認すると里奈からだった。
*********************
里奈:
ごめん、今日の夜は無理っぽい。
終わったら連絡するけど、多分遅いと思う。
夜は直接マンションに行ってもイイ?
*********************
どうやら、デートはキャンセルになるらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます