*12話 3ユニオン合同「井之頭中規模メイズ」⑧ 撤退


 南側通路での俺と重装豚顔ホプリタイオーク集団との戦いは、その後、飯田が作り出した「壁」が3度壊されつつも続いた。


 「壁」が1つ壊される度に俺はジリジリと階段側に後退するのだが、実際は、毎度毎度2~3匹程度の重装豚顔を斃している。というのも、壁が出来る度に待ちきれずによじ登るヤツが2~3匹居るからだ。「いい加減に学習しろよ」と敵ながら呆れるが、多分指揮役をやっていた豚顔オークSHシャーマンを早々に討ち取った結果だろう。


 とにかく、そうやって果敢に壁を乗り越えてくる奴等をきっちりと斃し、壁が崩れると後退。あらたな壁が出来て、またよじ登って来る奴等を斃す、という繰り返しになった。


 繰り返す度に重装豚顔側は数が減る。結果として3度目の壁が壊された時点で、奴等の数は7匹にまで減っていた。ただ、数を減らしつつも階段付近へとジリジリと接近されていたので、この時点で朱音や飯田ら後衛組との距離は残り10mになった。


 ということで、この地点から反転攻勢に移る。後衛組は「脱サラ会」を中心に展開している東側通路を指向しているが、この一時だけ、ちょっと火力を借りる感じだ。


「やってくれ!」


 と言う俺の掛け声。それに反応して朱音の風属性矢、飯田の【火属性魔法:中級】(飯田ファイヤー火の玉バージョン)、小夏ちゃんの【土属性魔法:下級】(|

石礫つぶて)が7匹の重装豚顔を襲う。他方、古川さんと春奈ちゃんのクロスボウは連射速度が劣るから、引き続き東側通路に専念してもらう。


 連携の伝達はハム太の【念話】。これを朱音と繋いでの一斉射。ターゲットは朱音の矢が示すことになる。流石に16層の重装豚顔だけあって、朱音の風属性矢も1発で仕留めるとはならない。なので、火力を集中する必要がある。ターゲットを示し、そこへ飯田や小夏ちゃんの魔法スキルが殺到する感じだ。


「フゴッ!」

「フギィ―!」


 時間にして40秒程度の遠距離攻撃。結果として3匹を斃し、1匹に重傷を負わせる。


 一方、俺はと言うと、遠距離攻撃の瞬間、壁際に身を寄せつつ【隠形行】を発動していた。重装豚顔の意識は目の前10m先に居る朱音や飯田といった遠距離組に向いている。なので、この状況でなら【隠形行】を使っても効果があるだろうと思ったのだが……思った通りに効果を発揮していた。


 ということで、残り4匹の重装豚顔の背後に回った俺は、遠距離攻撃がひと段落したと同時に攻撃に移る。先ず[魔刀:幻光]が持つ【切断】スキルを解放して、1匹を後ろから袈裟懸けに斬り斃す。


「フギィ!」

「フギィィ!」


 豚顔側は、何もいない筈の背後からの攻撃で混乱に陥る。前後を挟まれた状況で、一気に浮足立ったように見える。そんな敵に対して、更に俺は距離を詰めると、もう1匹を斬り斃した。【切断】スキルを解放しても、流石に「無抵抗で斬れる」とはならないが、それでも金属の分厚い見た目の胸当てや兜がまるで重ねた厚目の段ボールを斬るような手応えで斬れる。


 しかも、この時、俺に背後を取られた重装豚顔達は密集していたため、方向転換が直ぐに出来なかった。6mという幅の通路に2mを少し超える短槍という装備は、正面に向けて構えるならば問題無いが、左右に振り回すならば窮屈だ。しかも同じ装備の仲間が複数いる場合ならば、尚更。


 結局、残り2匹になった重装豚顔は満足な反撃体勢を取ることが出来ない。お互いにお互いの槍をぶつけ合ってモタモタ・・・・している間に、俺は一気に懐に飛び込むと、1匹を同薙ぎで、もう1匹を雲竜剣で斃す。これで南側通路は一旦静かになった。


*********************


 一方、東側通路はというと、こちらはどうも苦戦した様子だ。重装豚顔が押し並べた盾の列と、岡本さん達4人の「盾持ち」が肉迫して押し合う状況になった。こうなると、6m幅の通路では左右にスペースがない。そのため近接組は、槍を装備する数人が盾の隙間から防御の厚い敵の正面を攻撃するしかない。結果として、まともに正面vs正面になってしまい、防御力が攻撃力を上回る膠着状況が続いた。


 この状況で、フリーになった後方の豚顔SHが好きなタイミングで魔法スキルを放ってきた。これに対して、こちら側は飯田や朱音が何とか豚顔SHソレを仕留めようとするが、体格に優れる重装豚顔の列が視界を邪魔して満足な攻撃を行えない。しかも、飯田は時折俺の居る南側通路の「壁」の状態に意識を割いていたため、有効な魔法スキルを発動できなかったようだ。


 そうこうする間に、前列を飛び越えて着弾する豚顔SHの「火の玉」によって、中間位置で攻撃機会を見出せずにいた近接組が被弾する。ダメージ自体は[回復薬:中]で回復できるものの、頻度が増えると自ずと豚顔側が勢いを増す形となる。


 結果として、岡本さん達「盾持ち」の面々はジリジリと後退する状況になった。ただ、この状況を打開したのは……やっぱり岡本さんだった。


「くそ、奥の手だ!」


 岡本さんはそう叫ぶと「飯田式フランジメイス3号」の石突側をメイズの壁に叩きつける。


 実はこの「飯田式フランジメイス3号」は、内部に「火属性石」を封入してある特殊な構造をしている。通常は掌サイズの属性位置を頭部に封入してあるだけで、性能的には何の変哲もない鈍器に見える。しかし、石突側を叩く事で、頭部の内側に封入されている「属性石」が頭部に強く密着し、これによってメイスの頭部が「火属性」を帯びる。


 使用に際しては、物理的に属性石を密着させる「石突のギミック」を操作する他に、使用者自身が「火属性を使う」というイメージが必要になるらしい(ハム美談)。ただ、火属性のイメージ自体は「燃える漢」こと岡本忠司が使うのだから問題無い(実際、難無くマスターしていた)。


 そう言う経緯で手に入れた奥の手的な「火属性打撃」。これが、膠着状態を打開した。


「うらぁ、死に晒せぇ!」


 ちょっと野蛮過ぎる怒鳴り声と共に、赤熱化したメイスを振るう岡本さん。対する重装豚顔は、その一撃を盾で受けるが、明らかにダメージを受けた。しかも、同じ打撃が2度、3度と続く内に、重装豚顔の持つ盾がメイスの頭部同様に赤熱化。結果として熱くて持てなくなった。


 赤熱化した盾を取り落とした豚顔の頭部に岡本さんのメイスが埋まる。


――ジュゥ!


 という音ともに、何とも言えない異臭が広がるが、この一撃で膠着状況が動いた。


 そして、俺が南側通路を片付けると、朱音や飯田といった後衛は東側通路に攻撃を集中させる。前列が崩れたところに一段ギアが上がった後衛の遠距離攻撃が加わり、重装豚顔達は堪らずに後退を開始した。


 そして、後退した空間に飯田が「壁」を生成する。


 このタイミングで「月下PT」と「CMBユニオン」が戻って来た。


「退却、退却! 逃げよう!」とCMBユニオンのおっちゃん。

「せ、戦略的後退ですわ!」とは月成凛だ。


 全員、息が上がるほど慌てて逃げて来たように見える。その様子に、加賀野さんが


「なんだ、どうした?」


 と、疑問を発するが、今度は、


「15層へ退きましょう。ここは数が多過ぎです!」

「ギリギリで逃げて来たんです、早く」


 というように「月下PT」の「クールガイ神宮寺」君と「ポニテ美女神谷」さんが、珍しく急き立てるように言い募った。


*********************


 結局、この日の16層「様子見」は延べ40分程度で逃げるように退却することになった。


 ちなみに「月下PT」と「CMBユニオン」をして「退却」と言わしめたのは、重装豚顔や蜥蜴人といった強いモンスターの「数」が理由だった。


 西側通路を進んだ先に丁度10層のような広い空間があり、その先から、それら2種のモンスターが大集団を形成して迫って来た、ということだ。


 月成凛辺りは「ちょっと戦ってみよう」としたらしいが、此方の戦闘準備中を、姿を消すスキルを使うリザードン・スカウトやアーチャーに襲われ、そのまま翻弄された状態で大集団と接敵したらしい。


 それで、ズルズルと包囲されそうになったところで、漸く考えを改め、渾身の力で包囲網を抜けだし、走って逃げて来たということだった。


 結果として、あの月成凛をして、


「16層は……しばらくは遠慮いたしますわ」


 という事になった。


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