*10話 3ユニオン合同「井之頭中規模メイズ」⑥ 迫りくる豚の壁


 俺達「南側通路」組が蜥蜴人リザードン集団と戦闘に入った時、加賀野さん達「東側通路」組は援護に回ってくれなかった。と言うとなんだか「恨み節」に聞こえるが、勿論サボっていた訳じゃない。そう出来ない・・・・・・理由があった、という事。どういう事かと言うと、加賀野さん達「東側通路」の先にも、別のモンスター集団が姿を現していたという事だ。しかも、


「こっちは重装オークだ!」


 丁度、朱音の矢が最後のリザードン・アーチャーを斃したタイミングで、緊張を帯びた加賀野さんの声が聞こえて来た。それで俺は一旦通路を戻って「東側通路」を覗き込む。


「お……多い、ですね」


 見たまんま・・・の感想しか出てこない。幅6mの通路に5匹の重装備を着込んだ豚顔オークがビッシリと横隊で並んでいる。しかも、その横隊列は見る限り2から3列分は有りそう。それだけでザっと15匹くらいの重装ホプリタイ豚顔オークが居ると分かる。


「飯田さん、しっかりして!」

「飯田先輩、出番ですよ!」


 背後からは春奈ちゃんと朱音の声。どうやら「致命傷を受けた」と勘違いして気絶している飯田を起こそうとしているようだ。まぁ、これだけ密集した敵ならば飯田の魔法スキルも障害物も、両方必要になるだろう。


 そんな後方のやり取りはさて置いて、俺は再び東側の通路を見る。対峙する重装ホプリタイ豚顔オークとの距離は約25m。その場で相手は一旦停止して此方の様子を窺っている。奴等が装備する盾がまるで壁のように見える。それにしても、


「なんで仕掛けてこない?」


 「脱サラ会」の誰かが言うとおり、豚顔達はその場から動かない。まるで何かを待っているような?


(ッ! 南側に新手……重装オークなのだ!)


「え?」と俺。

「どうしました?」と相川君。


 ただ、相川君の問いに答えたのは岡本さんだった。


「ちっ、新手だ。こっち側にも重装の豚……数が多い!」


 流石の岡本さんもちょっと焦った声になる。


 なるほど、南と東から同時に攻撃を仕掛けるつもりか……ということは、タイミング合わせのために【念話】的なスキルを使うことが出来る個体も――


(いるのだ、豚顔SHオークシャーマンなのだ!)


 俺の内心の推測にハム太が念話で答えを出し、そして……重装ホプリタイ豚顔オークの列の背後から、まるで自己紹介でもするように、バレーボールサイズの火の玉が飛んでくる。豚顔SHオークシャーマンが放った【火属性魔法】だ。


 しかもこの瞬間、【火属性魔法】による「火の玉」は南と東の2方面から同時に投げ込まれた。タイミングをピッタリと合わせた連携攻撃だ。


「ヤバッ」

「チッ」

「クソ!」


 誰の声だか分からない悪態が響く。だが、それと同時に、


「かかっか、壁ぇ!」


 詰まりまくった飯田の声。


 気絶から復活した飯田が咄嗟の判断で【生成:障害物】を発動した。ただし、出来た壁は南側の通路に1枚きり。結果、


――ドォォンッ!


 東側通路から飛び込んで来た火の玉が、脱サラ会の久島さんを直撃した。


*********************


 久島さんは着弾の瞬間、火の玉から身体を庇うようにポリカ盾をかかげていた。流石は【戦技(盾)】持ちの本職盾と言うべき反射神経だと思う。結果として、豚顔SHオークシャーマンが放った火の玉は久島さんの盾の上で爆発。その反動で久島さんは後ろに吹き飛ばされた。


「クジっち!」

「ショウちゃん!」


 といった、悲鳴めいた声が上がる。ああ、久島さんは久島正平くじましょうへいって名前だったな、などと悠長な事を考える暇はない。状況は2方向からの同時攻撃。ただ、寸前で飯田が回復したので、これを当てにしない・・・・・・手はない・・・・


「飯田、南側にそのまま壁を展開して!」

「はっはい!」


 俺は飯田にそう指示すると、次いで、


「岡本さん、相川君たちも、脱サラ会の援護を!」


 と叫ぶ。そんな俺の指示に対して、(流石は「雰囲気秀才」の)相川君が当然の反論を口にする。それは、


「でも、こっち側が!」


 というもの。


 まぁ、彼がそう言うのは当然で、飯田が使う【生成:障害物】は複数使うことで幅6mの通路を塞ぐことはできるが、上方向にはどうしても隙間が出来てしまう。そして、これは以前の「井之頭中規模メイズ」15層攻略時に得た戦訓なのだが、豚顔オーク重装ホプリタイ豚顔は、そんな飯田の出した障害物を破壊、もしくは乗り越えようとして来る。


 つまり、15層以深の豚顔オーク種相手では【生成:障害物Lv3】による「飯田式簡易要塞」なんかは完璧な対抗手段にならないのだ。必ず乗り越えるかぶち壊すかしてくる。だから「それに対する備えをしなければならない」というのが相川君の言いたい事だろう。


 でも、それに割ける十分な人数がない。「脱サラ会」の久島さんが負傷した今、盾は毛塚さんの他には岡本さんと井田君しかいない。3人で6メートルの通路をカバーするのは難しい。左右両脇にサポートする近接組が必要だ。となると、加賀野さん、木原さん、上田君、相川君がその役になる。それに、


「こっちは……1人の方がやり易い事もある!」


 俺は相川君にそう答えると、岡本さんと頷き合う。


「任せたぞ、コータ!」

「はい!」


 ということだ。


 俺は「東側通路」へ応援に向かう面々の後ろ姿をチラと見た後は、視線を南へ戻す。そして、


「飯田! なるべく奥に壁を出してくれ、ちょっとでも時間稼ぎだ!」

「はっは、はい!」

「朱音、たまにで良いから援護してくれ」

「なんですかそれ! ちゃんと援護しますよ!」

「たのんだ、じゃぁ、行くぞ!」


 そんな言葉を交わし、俺は南側通路を一気に駆ける。視界の先には床から迫り出したような飯田の「障害物」が通路を塞ぐが、その上には早くもよじ登ろうと上半身を出した重装ホプリタイ豚顔の姿がある。


 2匹だ。


 前後に潰した豚のような顔。意外につぶらな瞳・・・・・だが、赤黄色く濁っているので可愛さはゼロどころかマイナス100点。そんな醜い豚の顔が2つ、仲良く並んでフガフガと鼻を鳴らしながら壁をよじ登ろうとしている。


 待ってやる義理はない。なので俺は【能力値変換】による「4分の1回し」を実行。そして、足りない[技巧]の値を[抵抗]から補って、[魔刀:幻光]を横一文字に振り抜く。勿論、【切断】の効果付きだ。


――ズバンッ!


 切っ先が空気を切り裂き衝撃を放つ。普段のように広範囲を狙った扇状の斬撃ではない。狙った場所、丁度2匹分の広さをカバーするように凝縮された不可視の斬撃が空を斬る。そして、


「フギィ!」

「フゴォ!」


 壁の上に上半身を出していた2匹の重装ホプリタイ豚顔を、頑丈そうな鎧ごと両断した。ドバッと赤い鮮血が吹き上がり、壁の上を濡らす。まぁ、初撃はあいさつ代わりのようなものだ。


 壁の向こうでは同胞の血に興奮したのか、豚の鳴き声が「フゴフゴ、キーキー」と鳴っている。興奮した奴等は、少しは統制を乱すだろう。ここからが、本番だ。



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