*8話 3ユニオン合同「井之頭中規模メイズ」④ 「こちら側世界仕様」の洗礼


 話し合いの結果、「合同ユニオン」は東西と南へ伸びる通路の内、西側の一本道を進むことになった。ただし、先へ進むのは「月下PT」と「CMBユニオン」の面々になる。対して、「DOTユニオン」は15層へ戻る階段地点の安全確保が役目になった。


 先の構造が分からない以上、退路を確保しておきたいというのは[受託業者]の本能的な欲求だ。


 ちなみに、この配置が決まった時、飯田は妙に安心した顔をしていた。もしかしたら【直感】スキルが何か訴えかけて来たのかもしれない。ただ、それを飯田に訊いても「うぅぅ~ん?」と言った感じ。どうも、言葉に出来るほど明確な何かを察知した訳では無い様子だった。


 西へ伸びる通路は見たところ40mは直線で続いている。その先は暗くてどうなっているか分からない。そんな通路の奥へ進む面々の背中は、やがて薄明かりに霞んで見えなくなる。そのタイミングで俺は視線を南の通路の奥へ向ける。そして【気配察知Lv2】に意識を集中。ポンコツ呼ばわり(主にハム太から)されることが多い俺の【気配察知】スキルだが、今はこれが頼りになる。


 ただし、今のところ、なにも感じられなかった。


 少し警戒を緩めつつ、俺は心の中でハム太に呼びかける。まぁ、【念話】スキルを持っているのはハム太なので、俺発信・・・の問いかけは出来ないが、ハム太が此方の意識を聞いている・・・・・状況なら反応してくれる。今も、


(ん? 16層のモンスターは、豚顔オークとゴブリン各種。それに、目新しいところだと蜥蜴人リザードンが出るのだ。まぁ、手強いのは重装ホプリタイ豚顔オークになるのだ)


 という感じで、俺の疑問に答えてくれた。


 そういえば、赤鬣犬レッドメーンとか、亜竜人ドラゴニルは? 流石にもっと下の階層かな?


(吾輩の記憶によれば、両方とも18層から登場するはずなのだ。ちなみに亜竜人ドラゴニルについては、レッサードラゴニルがでるのだ)


 ああ、そう言えば、前に14.5層の罠に掛かった時にそんな事を言っていたな。じゃぁ、俺にとってはトラウマの対象的なレッド・ドラゴニルは――


(あれは、20層の番人モンスターになる筈なのだ。といっても、あんな魔剣持ちの特殊な個体はそうそう出ないから安心するのだ)


 なるほど、じゃぁ安心だ。


 一方、ハム太の説明は続く。


(18層辺りで下位亜竜人レッサードラゴニル蜥蜴人リザードンが一緒に出る場合は気を付けるのだ。奴等の関係はコボルトとメイズハウンドに似ているのだ)


 どうも、コボルトチーフ辺りが持っている【眷属強化】スキルをレッサードラゴニルも持っているらしい。勿論、効果が発揮される対象は同じ「爬虫類っぽさ」を持つ蜥蜴人リザードンだという。まぁ、分かり易い構図だ。


蜥蜴人リザードン単独だといっても、18層辺りからは戦士タイプや斥候タイプ、弓タイプ、魔術師タイプ等が居るのだ。相応のスキルを持っているから、ゴブリンPTなんかの比じゃないのだ。十分に気を付けるのだ)


 というハム太。しかしながら、今のところ「チーム岡本」も「合同ユニオン」も18層まで降りる予定は全くないので、無用な心配なのだろう。


 それよりも、重装ホプリタイ豚顔オークが大挙して押し寄せてくる方が怖い。あの連中は個々がタフな上に、飯田の【生成:障害物】スキルで作り出した壁を壊しにかかるほどの膂力りょりょくを持っている。15層で対峙した経験はあるものの、油断できない相手だろう。


(そうなのだ、既知の敵だとしても油断は禁物なのだ)


 ハム太も同意見だった。


*********************


 16層探索に関して、事前の約束で「月下PT」は20分で前進を止めて戻って来ることになっている。往復で40分だ。まぁ、月成凛つきなりりんの事だから、調子に乗ってタイムオーバーするだろうけど、そこは「月下PTの安全装置」ともいう「クールガイ神宮寺」と「ポニテ美女神谷」が居る。それほど時間超過をやらかす事はないだろう。


 一方、階段を確保する「DOTユニオン」の配置は、


 南側通路


 俺と岡本さん。それと「TM研」の相川(槍)君、上田(二刀)君、井田(盾)君といった近接組。全部で5人


 東側通路


 「脱サラ会」の加賀野(剣)さん、木原(槍)さん、久島(盾)さん、毛塚(盾)さんの近接4人


 となっている。


 一方、後衛組は、


 朱音、飯田、春奈(クロスボウ・魔法)ちゃん、小夏(クロスボウ・魔法)ちゃん、古川(クロスボウ)さんの5人


 階段下の空間に陣取り、南と東の両方に対応できるようにしている。


 そういう配置で待つこと15分。最初の異変は静かに起こった。


「あれ?」


 声を上げたのは俺だ。なんというか、通路の先で何かが動いた気がしたのだ。目で見たというよりも、何かが動いた事によって生じた「風」のような空気の動きを感じたと言うべきか。良く分からないが、この「良く分からない感」こそが【気配察知】スキルが伝える気配の正体。


「どうした、コータ?」

「いえ、何か動いた気が」


 岡本さんの質問に俺はそう答えつつ、再度前方に意識を凝らす。すると、今度は背後から声が上がる。


「います! 何か、分からないけど――」


 声を発したのは「TM研」の小夏ちゃん。彼女は【索敵】という使用型アクティブスキルを持っている。使う時だけ効果を発揮する分、俺の【気配察知】よりも効果が高い。ただ、この場合は効果云々よりも習熟具合の問題だったらしい。というのも、小夏ちゃんの声を追うように、俺と同じ【気配察知】を持つハム太の大声が、


(前方に蜥蜴人リザードン! 数は6、いや8! 近いのだ!)


 と頭の中に響いたから。でも、今の場合はスキルの精度を云々言う余裕はない。何と言ってもハム太の念話の内容、特に「近い」という言葉に「え?」と驚く方が勝っていた。


 しかし、驚きに浸る時間はない。


(リザードン・スカウトとリザードン・アーチャーなのだ!)


 というハム太の念話とほぼ同時に、通路を切り裂くように4本の矢が飛び込んで来た。矢は何もないところ・・・・・・・から突然・・現れたように見えた。


「矢だ!」


 言いつつ、俺は[魔刀:幻光]の鞘を払う。そして、抜きざま・・・・の斬撃で矢を2本叩き落とす。しかし、


「っつぅ!」

「うわっ」


 俺と岡本さんの間をすり抜けた2本の矢が、後衛組の朱音と飯田を襲った。


「朱音っ!」


 思わず叫ぶ俺。視界には太腿に矢が突き刺さった朱音と、胸に矢を受けてひっくり返った飯田の姿がある。


「小夏ちゃん、ポーションを!」と古川さん。

「分かった、朱音さん、飯田さん!」と答えるのは小夏ちゃん。


 小夏ちゃんは既にポーションをバックパックから取り出している。


「きょ、強化魔法行きます」とは、春奈ちゃんだ。


 一方、俺の方は、


「コータ、前だ!」


 と、岡本さんの鋭い声。それに反応して振り返ると、そこにはまんま・・・オオトカゲが直立したようなモンスターの姿があった。手足が直立歩行に対応した長さなので少し気色悪いが、それよりもなによりも、そのモンスター ――リザードン―― が持つ、鋭い刃物が目の前に迫り、


「っつ!」


 状況を認識するよりも早く、身体が反応。構えを取る間もなく、[魔刀:幻光]を振るう。そして、16層の通路に銀色の火花が散った。


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