*3話 3ユニオン合同のチャレンジ① 現在のメイズ事情について


2021年7月4日 [井之頭公園中規模メイズ]


 ジメジメ、ムシムシ、ジトジトが売りの東京の梅雨。数日前から断続的に降り続く雨によって、吉祥駅ビルの東口は駅ビルエントランスの中の床まで水濡れ状態になっている。そんな状態の足元を、俺は、そこら中に置かれた「足元注意」のサインボードの間を縫うように進む。


 湿気や天気が悪い割に足取りは軽い。無意識に鼻歌まで混じりそうだ。


(随分と浮かれているのだ。気を付けないと、足元注意なのだ)


 というハム太の【念話】にいちいち突っかかる事も無く、ハイハイと受け流す。それ位ご機嫌だ。


 まぁ「浮かれている」という自覚はある。でも良いじゃないか。他のメンバーと合流するまでの短い間くらい浮かれたって。人間だもの。


(切り替えが出来るなら、好きにすればいいのだ)


 頭の中に響くハム太の声は、呆れた調子を伝えた後にフッと消える。構うつもりが無くなったのだろう。


 まぁ、俺が浮かれたようにご機嫌な状態で過ごしているのは、言わずもがな・・・・・・な話だ。1人暮らし状態になった俺は、早速金曜の夜に里奈を自宅に連れ込んで……ムフフ。昨日土曜は里奈が休みだったから、ゆっくりとした時間を過ごす事が出来た。


 その延長として、ついさっきまで一緒に居た俺と里奈は、早朝にタクシーで自宅マンションを出ると、吉祥寺駅のファストフード店で朝食をすませた。その後、里奈はそのまま虎ノ門の[管理機構]オフィスに出勤となり、一方の俺は、そんな里奈を改札で見送った。そして今、こうやって[井之頭公園中規模メイズ]を目指している。


 日曜の午前7:30。


 駅ビルエントランスを行き交う人の数はまばらだ。ふと目に入った10人前後の集団は恐らく同業[受託業者]といったところ。多分[アトハ吉祥メイズ]へ行くのだろう。そんな事を考えて先へ進む。


 先を歩く人々は、駅ビルから外へ出ると一旦頭上を気にする振りをして、その後は手に持った傘をさすことなく、そのまま歩いて行く。どうやら雨は小休止しているらしい。


 走って行こうか?


 普段なら思いついても実行しないような行動だけど、何となく走りたい気分になった俺は、その場から1歩2歩と駆け出し――


――ガシャッ!


 足元にあったサインボードに思い切り|蹴躓(けつまづ)いた。


「わぁっ」


 という声と共に転倒。コンクリの地面に顔面を強打する寸前で両手をついて受け身を取る。


「いてて……」


 と言いつつ起き上がる俺。


 実際は痛さよりも恥ずかしさが勝る。取り繕うように倒れたサインボードを立て直しつつ周囲を窺うと、部活の朝練へ向かうのだろうか? ジャージ姿の女子高生3人が笑いながら此方を見ていた。その向こうには、先程見えた同業者PTが「何だアイツ?」といった視線を送ってきている。しかも、リュックの中からは「ヒィヒィ」と笑いを堪えて身もだえるハム太のまで感じられる。


「ったく、誰だよ、こんな所に置いたの――」


 俺は何とも恥ずかしい心境を隠すように、少し大きな声で悪態を吐く。そして、背中のリュックをガサガサと乱暴にゆすった後、何事も無かったように先へ進む。


 駅ビルから出ると、丁度タイミングを見計らったように大粒の雨が降り始めた。


*********************


 今日の活動メンバーは、さっそく定番化したきらい・・・さえ覚える、[DOTユニオン]+[月下PT]+[CMBユニオン]という構成。スケジュールは、これから日曜・月曜の2日間を掛けて10層をベースに12~14層で活動する、というもの。このメンバーとスケジュールで、[井之頭公園中規模このメイズ]に挑むのが、今回でかれこれ8回目だったりする。


 ちなみに[井之頭公園中規模メイズ]の15層番人センチネルモンスターは5月17日の潜行時に撃破している。そのため15層はモンスターのリスポーンが無いセーフゾーン(?)として利用可能になっている。しかし、メイズ内の活動拠点は相変わらず10層のままだ。その理由は単純明快で、どういう事かと言うと「色々持ち込んだ物資を15層まで運ぶのがダルい」というもの。何とも積極性に欠ける理由だが、主に[CMBユニオン]のおっちゃん達が声を大にして主張している状況だ。


 これに対して俺の所属する[チーム岡本]を含む[DOTユニオン]はというと……特に反対を表明する事無く、無言の同意を示している。[CMBユニオン]のおっちゃん達が主張する「ダルいから」という主張にはなかなか同意しにくいが、正直に言うと「ダルい」のは確か。それに、10層以降、特に13~14層のモンスターは決して「楽勝な相手」という訳ではない。そんな場所を、重い荷物を運びながら通過するのは少し危険だと感じる、というのが(建前的な)理由だ。


 とにかく、そんな理由で活動拠点は10層のまま。


 ただ、この状況に不満を示しているのが月成凛つきなりりん率いる「月下PT」になる。俺達のようなオッサン集団と異なり、[月下PT]は向上心に溢れる若者で構成されている(そう言えば[TM研]の面々も留年大学生だから[月下PT]とほぼ同年だけど……随分とオッサンこちら寄りだ)。しかも、メンバーの殆どが「国際メイズ学会」(通称IMS)の正会員だというだけあって、探求心も旺盛だ。


 そのため、6月の半ばを過ぎて14層での活動がかなり安定するようになった頃から、


「皆さん、16層以降に参りましょう!」


 という主張を、とにかくやかましく行うようになっている。


 ちなみに、彼女達が先へ進む事に執着する理由については、或る時「クールガイ神宮寺」君と「ポニテ美女神谷」さんが説明してくれた。この「月下PTの良心」とも「月成凛の安全装置」とも言うべき2人の説明によると、現在、[月下PT]は国際メイズ学会(IMS)から可成り期待を寄せられる存在になっており、それが月成凛を始めとするメンバーを無駄に炊き付けているのだという。


 背景はこうだ。


 世界規模で見ても、現在15層近辺で活動している民間の[メイズウォーカー]は可成り数が少ないらしい。これが各国軍や警察、特殊部隊になると話は変わるようだが、とにかく民間という枠組みでは、学会(IMS)の正会員・特別調査会員・準会員を俯瞰しても、数えるほどらしい。


 特に、学会の正規メンバーである「正会員」だけを見ると、日本の「月下PT」だけ、という状況とのこと(ちなみに[TM研]は準会員らしいが、準会員や特別調査会員まで含めると大体10グループくらいが15層前後を活動フィールドにしているとのこと)。


 そう言う背景があるから、学会全体としては


――未踏の16層以降を是非「正会員」の手で――


 という雰囲気になっているらしく、定例発表会の際は毎度毎度、閉会直前にプレッシャーがあるらしい。


 それで、学会の期待とプレッシャーを一身に受ける事になった(と少なくとも本人は認識している)[月下PT]の月成凛は、生来の自尊心が高い性格と相まって、「私がやらねば、誰がやる」という心境になっているそうだ。


 そんな説明を聞かされた結果、俺の個人的な感想といえば「だからどうした?」というもの。ただ、ここからが少し厄介なのだが、「好きにしろ」と突き放した挙句に本当に「好きにした」結果、此方としても「寝覚めの悪い事」になりかねない、という心配がある。なんとも面倒な連中を身内に巻き込んだものだと思うけど、結局は、


――じゃぁ、一度だけ16層を覗いて見るか――


 となってしまった。[DOT]も[CMB]もシツコイ月成に押し切られた格好だ。まぁ、「15層よりも先を見てみたい」という気持ちが、全員の胸にほんの少しくらいは有った、ということだろう。


 そういう経緯から、今日から始まる1泊2日の[井之頭公園中規模メイズ]潜行は、2日目の正午頃に「16層へ入る」という事になっている。



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