*4話 3ユニオン合同のチャレンジ② 遠藤コータ、待機中


――バラバラバラバラバラ……


 トタン屋根を叩く音は、雨足がにわかに強くなったことを示している。雨は先ほどから、強くなったり弱くなったりを繰り返しているようだ。


 場所は井之頭公園管理事務所の隣に併設された資材倉庫。元からちょっとした体育館程度の広さを持つ倉庫だったが、[井之頭公園中規模メイズ]が発見(というか報告)されてからは、[管理機構]運営を管轄する建屋になっている。


 建屋内の施設構成は他のメイズと同じ。中に入って直ぐの場所に認証ゲートが設置され、それを抜けると、中は休憩スペース、更衣スペース、コインロッカー、自動販売機コーナーとなっている。休憩スペースの左奥側には[管理機構]の職員が常駐する「買取りカウンター」を備えた管理スペースがあり、更にその奥に「最終認証ゲート」。その先が[井之頭公園中規模メイズ]への入口になる。


 俺はといえば、サッサと装備を整えている。今は休憩スペースで他の面々を待っている状態だ。ちなみに、吉祥駅から走って来ようとした試みは雨に降られてアッサリと断念。大人しく東口からタクシーを拾い、運転手さんに1メーター分の嫌な顔をされながら現場に到着した。少し着くのが早くなったから、先に着替えを済ませている感じだ。


 と、まぁそれは良いとして、


(蒸すのだ……)


 ハム太が言う通り、この場所は相当に蒸し暑い。元が倉庫だったため、冷暖房といった空調設備がないから仕方ない話だ。[管理機構]の職員が常駐している管理スペースや[受託業者]向けの更衣スペースは、プレハブ造りになっていてエアコンも設置されているのだが、出来るなら休憩スペースこちら側にも設置して欲しいものだと思う。


(早くメイズに入るのだ……リュックの中は蒸し暑くて息が詰まるのだ)


 確かにハム太の言う通り、今の季節はメイズの中の方が快適そうだ。「四季を通じてメイズの中の気温は20~25度を保つ」というのは割りと知られた情報だったりする。


 ただ、他の面々を置いて自分だけ先にメイズの中で待つ、というのもなんだか気が引ける。ということで、俺はハム太にリュックの中から出る事を提案。今は他に誰もいないから、少しくらいは良いだろう。


(それもそうなのだ……)


 対してハム太は俺の提案に同意しかけるが、寸前の所で踏みとどまると、


(っと、誰か来るのだ)


 と、悔しそうな【念話】。それに俺は「それは残念だったな」と少し意地悪い感想を述べつつ、視線を更衣スペースの方へ向ける。メンバーの誰かが準備を整えて出て来たのかと思った訳だ。


 しかし、ハム太が言う「誰か来る」気配は、俺の予想とは真逆の入口側認証ゲートから伝わって来た。どうにも、俺の【気配察知】はいつまでたってもポンコツレベルな気がする。


(精進が足りないのだ)


 ハム太の指摘に「うっせぇ」と思いつつも、視線を認証ゲートに付近に立つ[受託業者]の方へ向ける。


 彼等の人数は全部で30人弱。自動車で直接乗り付けたのだろう。全員が既に装備を整えている。中には荷物を満載した手押し台車を押している人が居るので、数日滞在するつもりの準備、といったところだろう。


(全員[修練値]450前後なのだ。ちゃんとスキルを習得している者もチラホラいるのだ)


 とは、ハム太の【念話】。リュックを勝手に改造して作った覗き窓から外を見て【鑑定(省)】を発動した、といったところか……とにかく、そんなハム太の見立てに「なるほど」と思う俺。


 実は、先月中頃から「井之頭公園中規模メイズ」の5層に物資が集積されているのを確認している。ドームテント類や野営道具類といった物資だ。中には水や非常食っぽいものも見られたので、何処かのPTが拠点化しているのだろうと思っていたものだ。もしかしたら、彼等なのかもしれない。


 そう思って見てみると、彼等の装備類にはある種の「手堅さ」が見て取れる。


 彼等の装備類の内、まず武器に関してはホームセンターで買える鉈やマチェット類、又は粗製な手製槍ではない・・・・事が一目瞭然で分かる。多分、米国のBSA(ブラックスミスアーマメント)かHSW(ホットスチールワークス)製の剣や槍、カタナ風の武器だ。後は数人がクロスボウやアーチェリーを装備している。


 また、防具類の方は、所謂いわゆる「中級者」以上が好む本格的な軽装防具を身に着けている者がチラホラ居る。海外のアウトドアメーカーが売り出している物でソコソコのお値段がする物だ。確か、上下セットで1着15~30万円くらいだったはず。価格帯的に飯田金属(株)の軽装防具「MP-LL」シリーズとバッティングするものになる。


 そういう装備を見ても、ハム太が言う「[修練値]450前後」というのは納得の数字だと言える。寧ろ、修練値の割に装備が良過ぎる風に見えるから、5層に拠点を据えて6~7層辺りで手堅く稼ぎながら自己投資(装備の増強)を繰り返すスタイルなのだろう。そうだとすれば賢いやり方だと思う。


「――? おはようございます!」


 と、ここで、その集団のリーダーと思しき30代前半風の男が俺の視線に気付いて声を掛けて来た。声の感じからは「無駄な剣呑さ」や「粗暴さ」は感じられない。むしろ、ちょっと爽やかな印象すら覚える。かつての[赤竜・群狼]クランのような半グレ[受託業者]集団とは随分異なる感じだ。


「おはようございます……もしかして、5層の?」と俺。

「え? あ、はい。5層でベースキャンプしています。そちらは?」とはリーダー風の男。


 リーダー風の男は「5層の?」と言われて少し驚いたようだが、俺の装備へ視線を移すと、少し納得した風になってから、


「もしかして、[DOTユニオン]の方ですか?」


 と訊いて来た。


(有名になったのだ、うんうん)


 その声を受けて、ハム太の【念話】は無駄に感慨深そうな調子を添えて、そんな事を言う。一方の俺はというと、なんだか妙にこそばゆい・・・・・気がして、


「そうです」


 と返事が妙に小さい声になってしまった。


 その後、リーダー風の男と短い会話を経て、彼等は


「じゃぁ、お先に失礼します」


 といってメイズの中へ入って行った。


 そして、5分と経たない内に、今度は


「わりぃ、待たせた」

「コータ先輩、お待たせですぅ!」

「かぁ~、蒸し暑いなぁ」

「さっさと中に入りましょうね」


 という岡本さん達の声が更衣スペースから聞こえて来た。


*********************


 先ほど、先にメイズの中へ入って行った30人ちょっとの集団は ――[GL(グレイトフル・ライフ)クラン]―― と名乗った。後から里奈に訊いたところAランクとBランクが半々で混じった[受託業者]集団だということ。[管理機構]の「要請」にも積極的に応じるし、実際に幾つかのメイズの初期調査で協力的に活動した実績があるそうだ。


 そんな[GLクラン]の装備は中々立派だった。一方、自分達の装備はというと……


(まぁまぁ? なのだ)


 というハム太の寸評通りだろう。


 金持ちPTこと[月下PT]の装備は別格(普通にオーダーメイド・・・・・・・とかが有る)として、[CMBユニオン]や[DOTユニオン]の面々は防具類を中心に飯田金属製で纏められている。まぁ、飯田金属の「お坊ちゃん」こと飯田翔いいだかける(常務取締役開発本部長!)がメンバーに居るのだから、どうしてもそうなる感じだ。


 ちなみに、ちまた(主にネット掲示板)に於ける「飯田金属製防具」の評判はと言うと、


 ――中・上級者向け、玄人志向の防具――


 という事になっている。


 中には「高いだけで防御箇所が少ない。全身セットが基本の海外製の方が良い」という意見もあるようだが、批判的な意見は極一部だったりする。寧ろ「実地テストを重ねて洗練された装備」という肯定的な評価が多い。


 こういう評価を聞くと、俺としても少しうれしい気持ちなるのは確か。なんといっても、「実地テスト」の部分を担っているのは俺を含めた「チーム岡本」だから。現に今も、岡本さんや俺と朱音の装備は次世代の「試作品」になっている。


 岡本さんは「試作甲式3型四肢防護具」と「試作甲式3型体幹装甲」。一方、俺と朱音、そして飯田は共通して「試作乙式5型四肢防護具」を装備しており、その他にも俺は「試作丙式3型体幹追加防護具」というプロテクター状の追加装甲で胸部を守っている。


 型番は少し飛んでいるものもあるが、以前から変わらずに甲式は重装備、乙式は軽装備を示すものだ。また丙式は、追加装甲的に防御を付け足すタイプになっている。


 どれも最新の試作装備だが、従来品との大きな変更点は、どれも[メイズハウンドの皮]を加工した皮革をベース素材として使用しているという点。それに、金属板やCFRP製の装甲に加えて、重要部分には「大黒蟻の頭殻」から削り出した装甲を用いている。


 こう考えると、なんだかモンスターの残骸を身体に張り付けているような気がするけど、見た目はコスプレ美女こと片桐祥子さん監修の仕上がりだからバタ臭さは感じられない。岡本さんの見た目はやっぱり「パンク風」だし、俺や朱音、飯田の外見はいつの間にか飯田好みの「ややミリタリー系」で纏まっている。



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