*導入話② 技術披露


 内閣特命担当大臣(先々進科学技術・クリーンエネルギー担当)が主幹となって2か月に1度程度の頻度で開催される[地下空間構造研究会]は、実質的に飯沼内閣総理大臣の私的諮問機関となっている。オブザーバー参加する飯沼総理への状況報告と言う意味合いが強く、事実上日本政府のメイズ政策に関する意思決定の根幹を担っている会議だ。


 以前は、先々進科学技術・クリーンエネルギー開発推進局(通称:先エネ局)が主体的に参加者を人選していたが、今回の報告会からは官邸側が主導して参加者の人選をしている。建前としては「広い視野に立って意見を聴けるよう、参加者を政治主導で選ぶ」ということになっているが、実際は特命担当大臣である岡崎大臣の影響力を排除することが目的だろう。


 先の法改正と組織改編により現在の「先エネ局」は、より一層研究機関としての色彩を強くしている。そのため、「人選」に構うような余裕(又は興味)が薄れているともいえる。その分だけ岡崎担当大臣周辺の所謂いわゆる「大臣官房」が喧しく口を出しそうだが、それを事前に官邸側がシャットアウトした格好ともいえる。ちなみに、この日の「研究会」に岡崎大臣の姿は無い。体調不良を理由に欠席したようだった。


 そんな背景があるため、今日開かれた「地下空間構造研究会」には、本来お門違い・・・・である筈のメンバーも末席に加えられている。例えば「安全保障局」などがその良い例だ。尤も、末席といっても大きな会議室の片隅という意味ではない。会議はウェブミーティングの形式で行われるため、「安全保障局」側は自分達の会議室から接続する事になる。だから「末席」というのは、発言する機会が無い、という意味になる。


 民自党本部ビルから慌てて内閣府の新庁舎に戻った瀬川は、ギリギリのタイミングでこのウェブミーティングに間に合った。会議室には既に「防衛省」出身の局次長が居る。参加を要請されたのはこの2人だ。


 防衛省出身の局次長は急いで会議室に入って来た瀬川をチラと見ると、彼が座るべき場所の机にA4用紙3枚分程度のレジュメを差し出す。特に文句を言うような様子もないので、瀬川は軽く会釈して自分の席に着くと、先程手渡されたペットボトルのお茶を一口含む。


 そのタイミングで、会の開催を告げる平川官房副長官の挨拶が始まる。


――それでは、第7回「地下空間構造研究会」を開催いたします。まず、会に先立ち、一昨日に九州地方で発生した水害の被害者、特に不幸にも命を落とされた方々に対して、1分間の黙とうを行いたいと思います――


*********************


 この日の会で発表された内容は大きく3つの分野に関する研究成果だった。「MEO環境下の通信技術確立」「メイズ産素材の活用」「メイズストーンを用いた新発電システム」という内容。


 これらの内、最初に発表があったのは「MEO環境下での通信技術確立」という題目だった。ただし、この方面の研究は未だに可成り初期的な段階のようで、発表内容は理論的な説明に終始するものだった。


 そのため、元々文系寄りの瀬川は全く話に付いて行けず、殆ど機械的にレジュメにメモを書き付ける事になった。「MEOの共鳴作用」とか、「電波干渉時の発熱現象」といった言葉が、レジュメに殴り書きされる。それらの用語が将来、電波通信が阻害されるMEO環境下での通信技術のキーワードになるらしい。その程度の理解に終始した。


 ただ、余りにも難解で理論に終始する説明だったので、早々に理解する事を諦めた瀬川は、チラと隣の席を見る。そこで、同僚(といっても席次は上だが)の「防衛省」出身の局次長も、持て余したようにペンを回している事に気付く。それで不意にお互いの目が合って、何とも言えない苦笑いになった。


 マイクがオフになっているので、


「難しい話ですね」

「誰も理解していないさ」


 というやり取りになる。尤も、彼等だけに限らず、モニター越に参加している面々は殆どがそうであっただろう。


 ただ、議題が次へ移ると、それらの参加者の注目も少し高まる事になった。次の議題は「メイズ産素材の活用」。その内「重要素材」の指定を受けている[メイズストーン]や[スライム粘液][スキルジェム][ポーション類]以外の素材の活用についてであった。


 現在[メイズハウンドの皮]や[大黒蟻の頭殻]に代表されるようなメイズ内モンスター由来の素材については、買取りが継続されているものの、在庫はだぶついている。有用な活用方法が見つからないのだから仕方のない状況だ。ただ、そんな状況を打破するような画期的な事実が発見されたらしい。


――まず、[メイズハウンドの皮]ですが、一般環境下に於いては牛革や豚革よりも若干強度が上回り、後は柔軟性や通気性に優れる程度の利点しかありません。寧ろ、繊維質が太く荒いため皮革製品としての質は劣る部分があります。ですが、メイズ内に持ち込んだ場合、その物性が大きく変化することが分かりました――


 そういう前置きで始まった発表によると、[メイズハウンドの皮]は利用可能な加工済み状態であっても、メイズ内に持ち込むと「耐切創性」「耐擦性」「難燃性」がいちじるしく向上するという事だ。しかも、


――同程度の厚みのパラ系アラミド繊維と比較し同程度の防弾性を示しつつ、酸、アルカリ、紫外線への暴露に対して高い堅牢性を示す事も確認されています――


 ということ。「メイズ内に限る」という制約は付くが、着用性に優れメンテナンスも簡単な装備の下地になる可能性があるという。


――また、未確認ですが、装備者のMMW・・・に応じて強度が変化するという報告もあり、現在確認試験中です――


 発表はそのような言葉で締めくくられた。


 一方、瀬川は聞き慣れない「MMW」という言葉に首を捻るが、これは、


「それは、メイズ・メンブレン・ウォールの略語だ。まだ仮定の存在だが、メイズに入って活動する人間が通常環境よりも優れた運動能力を発揮したり、耐久力を示すという事実について、米国の学者が提唱したものだ」


 という説明が隣の「防衛省」出身の局次長からあった。


「そうなんですか、どうも……不勉強で」


 対して瀬川はそう言うが、


「米軍も『存在する』という前提に立っているようだが、私としては、そんな物があるとは思いたくないよ……まるで超人じゃないか、SFじみて信じる気になれない」


 という反応が返って来た。


 一方、モニターの先の仮想空間上に展開した会議の場では、今の発表に対して幾つかの質問があったようだ。「自衛隊や警察の装備に活用するとして値段は幾らか?」とか「十分に配備できる量が確保できるのか?」といった現実的な質問が中心だったが、中には「MMWは正式に認められた概念ではない」と主張する声もあった。


 それで、一旦会議は騒がしくなるが、そこで平川官房副長官が一旦場を鎮めて最後の発表を促す。おそらく、この発表が今日の報告会の「真打」となる。そんな内容だった。


――加工燃料化に成功した[メイズストーン]を用いた次世代発電システムについて、実証炉での1,200時間連続運転が完了しました。検証結果は、出力の安定性、炉へのダメージ等、重要な項目において申し分の無い結果となっております。そのため現在は晴海と代々木のオリンピック選手村への電源供給のための小規模発電設備の設置に取り掛かっております――


 少し会議の場がどよめいた。ウェブを介した会議でもどよめきが伝わるのだから、本来ならば相当な反響なのだろう。


 発表者はその反響が落ち着くのを待って、準備したスライドと動画を元に説明を再開する。


 その発表によれば、次世代発電システムは、元々「次世代原子炉システム」として開発中であった「超高温小型原子炉」の仕組みを応用したものであるという。所謂いわゆる「黒鉛減速ガス冷却炉」に分類されるそのシステムは、炉心の暴走を起こしにくく、メンテナンス性に優れるという利点があった。


 ただ、先の東日本大震災における原子炉災害や、一部原発の運転再開に関するデータ改ざん事件を受け、「原子力発電」に対する世論の反発が大きくなり、その煽りを受ける格好で開発は頓挫に近い状況になっていた。そこに、一昨年中国が発表した「チャイナモデル」に代表される[メイズストーン]の燃料化という発想が加わり、細分化した核燃料ペレットを黒鉛でコーティング加工するという、元々持っていた高度な技術を[メイズストーン]に応用した結果、今の成果に辿りつたという訳だ。


 ちなみに、黒鉛でコーティングされる中身の[メイズストーン]はメイズで収拾された天然状態の物ではなく、そこから数工程の処理を経ているものだという。発表では詳細な加工工程が明らかにされることは無かったが、どうやら[スライム粘液]を用いて[粗製燃料メイズストーン]を抽出し、以後は複数の強酸、アルカリ等による化学処理を行うものだという。それで、[メイズストーン]に含有されている「燃える成分」を天然状態から30%前後まで濃縮する事で、高効率且つ安全な燃料にすることが出来る、という発表だった。


――チャイナモデルが水を使用するのと異なり、このシステムは冷却熱循環にガスを使用します。ですので、水蒸気爆発といった事故の心配は限りなく低くなります。もっとも、炉周辺の「MEO濃度」が若干高くなるという現象が発生しますが、それでも通信機器に異常を及ぼす程度ではありません。また、小型炉ですから出力は低くなりますが、反面、放射線の遮蔽や緊急時の安全システムに対する設備が軽くなるので、費用対効果は非常に高いものになると思われます。当然ですが放射性廃棄物や二酸化炭素等の温室効果ガスを出すこともありません。現状、世界中を見渡しても、最も安全でクリーンな発電システムと言えるでしょう――


 自信満々といった発表者の声に、自然と拍手が起きる。気が付けば、瀬川も軽く手を叩いていた。


 その後、発表はしばらく続いた。その内容は主にこの「次世代発電システム」がもたらす恩恵についてだ。


――小型洋上プラットフォームに発電システムを設置することで、回収されたメタンハイドレート由来の天然ガスをその場で液化したり、または廃熱を利用し水蒸気改質することで、水素を取り出す事も可能。全体的な設備の小型化・小規模化により初期投資コストを引き下げ、民間の参画を促すことが出来る――


――小規模発電システムの分散配置により、既存の高圧送電網による送電ロスの削減、および既存の送電網に対する設備維持コストの軽減を図る。さらに、小規模分散発電システムとして所謂「スマートグリッド」送電網の実現に寄与する――


――国内のメイズから産出する資源で加工が完結するため、対外的なエネルギー政策、ひいては我が国の安全保障政策に於いて大きなアドバンテージとなる――


 それらの発表がある度に、拍手や感嘆の声が上がった。


 ただ、中には


――そうなると燃料資源の確保が問題になる。既存のメイズから採れる量で賄うことが出来るのか?――


 という質問もあったが、それに対しては


――現時点で「予測モデル」を上回る数のメイズが新たに出現しております。ですので、新発電システムの普及に伴い増える燃料需要は十分に賄うことが可能でしょう。寧ろ採取を担う[受託業者]を増やす事が求められる状況です――


 という説明がなされた。


 この説明で瀬川を含む幾人かは、先の「小金井・府中事件」を連想し強張った表情になったが、その他大勢の「報告会」参加者にとっては、この内容が日本の将来を照らす光明のように感じられただろう。


 少なくとも、この時点においては、そう・・であったはずだ。


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