*81話 操魔素、乱舞!


 敵が苦し紛れに出現させた自動販売機という障害物。それに対して、俺は障害物ごと【切断】スキルを帯びた「飛ぶ斬撃」で斬り払おうとしていた。少なくともその瞬間まで、敵の気配は自動販売機の裏側にあったからだ。


 だが、実際に【能力値変換】を整えて「飛ぶ斬撃」を放つ瞬間、俺は足の踏ん張りを失くして大きく姿勢を崩してしまう。


「え?」


 という自分の声を聞きつつ、その瞬間、中腰だった俺は咄嗟に足元を見る。そして、今まで当然のように足元を支えていた「大型バス」の屋根が消え去っている事を知る。代わりに見えるのは随分遠くに感じるメイズの床だ。早い話、この瞬間、俺は約3m上空に放り出されていた。


 後から考えるに、この瞬間、敵は足場にしていたバスそのものを【収納空間】に「収納した」のだろう。ただ、この時の俺に、そこまでの状況を理解する余裕は無い。突然訪れた浮遊感と落下感に、成す術無く墜落するしかなかった。


 更に間が悪い事に、障害物だった自動販売機も俺と同じく足場を失い、一緒に落下。しかも、自動販売機はなぜか途中でバランスを崩し、俺の上に覆いかぶさるように落下してきた。


 勝ったと思った瞬間に、文字通り足元を掬われるような絶体絶命のピンチが訪れた。視界を覆うように迫る自動販売機の影を見つつ、まさか自分が自販機に潰されて死ぬをは思わなかった――


「だめぇ!」


 という里奈の悲鳴が妙に鮮明に耳朶を打つ。そして、


――ガシャンっ!


 という轟音と、


――ドンッ!


 という硬い衝撃を受けて、俺の意識は暗転した。


*********************


**五十嵐里奈の視点***********


 その一瞬前まで、コータが見せた戦い方は、「凄いな」と思うほど練られたものだった。


 一見すると、敵の激しい連続攻撃によってじりじりと追い詰められているように見える。しかし、その実は攻撃を的確にいなして・・・・受け流しつつ、敵を調子に乗らせ、その上で隙を引き出すものだ。


 その様子は、「打たせ上手な高橋さん」(コータが付けたあだ名だ)を連想するが、真剣を振るっている分、高橋さんよりも迫真の演技だと思う。私もソレに気付くまでは、ハラハラとしながら割って入るタイミングを窺ったものだ。


 ちなみに岡本さんはといえば、銃撃の傷によってこの場を動けないが、それでも追い詰められつつ・・・・・・・・ある・・コータを援護しようと、何度も【挑発】を試みていた。しかし、岡本さんの【挑発】スキルは途中から全て不発に終わっている。私の「魔素視」によれば、そんな岡本さんの周囲には異質な魔素が纏わり付くようにわだかまっているように見える。もしかしたらスキルを一時的に封じられたのかもしれない。


 とにかく、私も岡本さんも、そんなコータの「振り」に気付くまでは相当ハラハラしたものだ。それだけ、コータが演じる「余裕がない振り」は真に迫っていた、と言うべきだろう。ただ、幸いな事に途中から「ん?」という違和感に気付くことが出来た。まぁ、有り体に言うと、コータはそんなピンチにあっても一切スキルを使っていなかった。その事実に気付いたことで、私(と、多分岡本さんも)はコータの意図を汲み取ることが出来た、という訳だ。


 果たして、コータの戦いは私の見立て通りに展開した。


 バスの屋根の後方に石碑のように突き立った軽自動車。その場所まで追いつめられたコータに対して、二刀を振り回す敵はトドメとばかりに必殺の一撃を叩き込む。だが、その瞬間、私の「魔素視」はコータの周囲を渦巻くように取り囲んだ魔素の靄を見る。そして、恐らく【能力値変換】を使ったのだろう、コータは、次の瞬間、通常ではあり得ない跳躍力を見せて敵の頭上を飛び越える。と同時に太刀を真下に刺し入れるように振るった。


 交差した瞬間、敵は一瞬の反応で左手の刀を盾のようにかざした。しかし、コータの太刀はその刀すら切り裂いて敵の頭部を掠める。パッと真っ赤な血飛沫が舞い、敵は短く悲鳴を上げ、そして背後 ――コータとの間―― にもう1台の自動販売機を出現させた。


 そこまで見て、私は勝負が決したと思った。というのも、コータは突然現れた自動販売機に動じることも無く、腰だめに構えた太刀を「大薙ぎ胴」の形で振り抜こうとしたからだ。多分「飛ぶ斬撃」を繰り出すつもりだ。それにアトハ吉祥メイズの14.5層(?)で手に入れた【切断】スキルを組み合わせて、障害物ごと敵を一刀両断にするつもりだ。


 ただ、ここで予想外の異変が起こる。自動販売機の裏に隠れた敵が、その瞬間、自動販売機を踏み倒す勢いで蹴り付けて、それを足場に宙へ逃れたのだ。そして、ほぼ同時に、それまで視界の大半を占めていた大型バスが、まるで幻のようにフッと消えた。


 「アッ」と思った時には、空中に取り残されたコータと、彼に覆いかぶさるように傾いた自動販売機が同時に自由落下する。どう見ても、コータが自動販売機の下敷きになるコースだ。そう思った瞬間、


「だめぇ!」


 口から出たのは随分と女の子っぽい叫び声だった。


 ただ、発声と同時に私がした事は、余り女の子っぽくない力業だ。何をしたかと言うと、手に持っていた六尺棒をその場で振り抜いたのだ。イメージとしては、コータの上に覆いかぶさる自動販売機を横殴りに打つというもの。ただし、当然ながらコータも自動販売機も六尺棒の間合いの外。普通ならば空振りしてお終いになる。ただ、その瞬間の私は、棒の先端に[魔素]が連なるように念じて、そのイメージのまま六尺棒を振り抜いた。その結果、


――ガシャンッ!


 という音と共に、自動販売機の筐体は空中で「く」の字にひしゃげ、重力を無視したように真横に吹き飛ぶ。そして、浅い角度でメイズの床に墜落するとゴロゴロと転がりながら部品や中身の缶飲料などを周囲にぶちまけてつつ、メイズの壁に衝突して止まった。


「……え?」


 余りの威力に自分でも呆然となってしまう。それは、バスの上から飛び退いた敵も同様だったようで、私と敵は、双方ともにほうけた表情で顔を見合わせる事になってしまった。


「コータ! 大丈夫か!」


 とは岡本さんの叫び声。それで慌ててそちらを見ると、地面にグッタリと倒れたままのコータの姿があった。無事なのかどうなのか? それを確かめるためにコータの元に駆け寄りたい衝動が沸き起こるが……残念ながら、それは出来ない。


 バスから飛び降りた敵は顔の左半分を血で染めているが、その瞳にはまだ戦意が残っている。そして、この瞬間、周囲に漂う魔素が敵の元へ凝縮するように動き出した。この兆候は既に何度も見ている【収納空間】からの「取り出し」の兆候。


 仕掛けてくる!


 そう直感する。


 何が来る? でも、受けに回ってはだめだ。


 思いつつも、私は本能的に身を固くした。


 しかし――


「――ウォゥリィー!」


 敵はそう叫ぶと悔しそうな素振りで10層奥へ目を向ける。そして、


「アァァッ!」


 と喚くようにして右手を振る。瞬間、敵と私の中間に当たる場所の上空に現れたのは、建物の骨組みに使うH鋼材だった。それが、自然落下とは思えない勢いを付けて私と岡本さんへ迫る。


「っく!」


 対して私は再び【操魔素】を使いその質量を跳ね飛ばそうとする。ただ、勢いを付けた鋼鉄の塊を跳ね飛ばす事が出来るか? そこまでの威力が【操魔素】にあるのか分からない。その疑問に、ジワっと冷たい汗が噴き出るのを感じる。


 だが、この結末は意外な形で訪れた。次の瞬間、私の目の前を小さな影が横切ったのだ。それは、


「危ないのだぁ!」


 そんな言葉を発しつつもH鋼材にぶつかる。そして、H鋼材そのものを空中から消し去ると、


「間一髪なのだ!」


 と言いつつ着地。そのままハムスターサイズの長剣を「チャキッ」と構えて切っ先を敵へと向けるが……その時には、既に敵の姿は無くなっていた。


「……消えた……のだ」


 不意に消えてしまった敵の姿を探し、ハム太と私は辺りに視線を彷徨わせる。しかし、


「里奈様、お兄様、敵は撤退したニャン!」


 頭上から掛けられたハム美の声で、戦いの終結を知ることになった。


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