*80話 バスの屋根の戦い
「相手のスキル発動の間を潰す」という俺の発想が「対人戦闘」における正解だったのか、真偽のほどは不明だ。ただ、そうやっていち早く行動に移った事により、俺は戦闘という状況下に於いてとても重要な「積極性」を得ていた。実際には、敵に【収納空間】を
ただ、その状況は長く持たなかった。
如何せん【水属性魔法:下級】による「水滴弾」は威力に乏しい。これは、元々が限定的な下級魔法スキルの威力を更に無数の水滴に細分化して放出しているのだから仕方ない事だ。広範囲に効果を及ぼせるし、何より連続して撃ち出すイメージが簡単なので連射しやすい、という利点の反面、どうしても威力が低くなる。
そして、一旦威力の低さを見抜かれてしまうと牽制としての効果を途端に失うことになる。現に今も、
――バババッバッバッ!
威勢のいい音を立てて水滴弾が
俯瞰して見ると、大型バスの屋根の上に大き目サイズの自動販売機がドンと陣取り、その陰に隠れる男(敵)と、その自動販売機に向けて水滴を放つ男(俺)、という構図だろう。そう考えるとなんだか間抜けな気もするが、当然ながらこの時の俺にそんな事を考える余裕はない。
敵は障害物として「取り出した」自動販売機の陰に隠れている状況。その状況で俺の「水滴弾」は障害物を突破できない。結果として、敵の側に行動の余裕が生まれる。
「危ない!」
というのは、里奈の声だった。「何がどうなって」危ないのか分からない。ただ、そんな里奈の悲鳴に似た声に、俺は反射的に身体を前に投げ出した。
――ドシャァッ! ガシャン!
一瞬後、背後で大きな音が起こる。まるで自動車同士が衝突したような音と衝撃だ。その結果、俺はバスの屋根の上で跳ねあがり、背中に粉々になったガラス片を浴びる。多分、敵は乗用車か何かを俺の頭上に「取り出した」のだろう。それが墜落して、バスの屋根に衝突した。そんな感じだと思う。
ただ、そんな状況を自分の目で確認する余裕は無かった。というのも、次の瞬間、これまで自動販売機の陰に隠れていた敵が、一転攻勢を仕掛けるべく飛び出してきたからだ。
この戦闘が始まった直後、俺は何とか敵との間合いを詰めようと考えていた。直感的に中・長距離という中途半端な間合いが【収納空間】というスキルを持つ相手と対峙する上で最も「危険な間合い」だと感じたからだ。多分その直感は正しい。でも、そんな危険な間合いを潜り抜けて接近した先に居る敵が、これ程近接戦闘に
「くっ!」
2合、3合と立て続けに繰り出された斬撃を受け流しつつ、俺は敵の実力を悟る。コイツは強い。そして、どうにも
やり難さの原因は武器の違いと、それに応じた戦い方の違いだろう。敵の持つ柳葉刀は刃渡り60cm弱とやや短く、身幅は広いが厚みがない。恐らく振り回して斬り付ける用途に特化した刀だ。それを左右両手に持って、
ただ、「風車だ独楽だ」と言っても、滅茶苦茶に武器を振るっている訳ではない。左右の刀が
また、戦い方とスキルの兼ね合いも絶妙に厄介だ。
これ程接近して武器を振り回されたら、普通ならば飛び退いて間合い取りたくなる。だが、一旦間合いを空ければ、そこに待っているのは【収納空間】による大質量攻撃だ。また、今の場合は、そもそも間合いを空けようにも「バスの屋根の上」という限定された空間が行動の選択肢を狭めている。
結果として俺はバスの屋根の上で、じりじりと後退を余儀なくされる。そして、
「イヤァ!」
この瞬間、敵は左右の柳葉刀を平行に重ねるようにして右からの斬り下ろしを放ってきた。2重に走る斬撃は、1つを防いでも、もう1つが確実に身体に達するというもの。それを充分に回転運動が乗った重たい斬撃としては放って来た。
「――チッ」
咄嗟に一歩後退して斬撃を躱す。しかし、
ドンッ
後退した俺の背中に、硬い感触が伝わってきた。どうやら、先程派手な衝撃音を発した正体 ――軽自動車―― の車体に背後を塞がれた様子。遂に追い詰められてしまった。
見れば、目の前の敵はこれ迄無表情だった顔に僅かに歪んだ笑みを浮かべている。まるで「これでお終いだ」と言わんばかり。ただ、流石にこれで終わるつもりはない。なんといっても、これまで【能力値変換】を一切見せずに対応してきたのは、
この作戦(とも言えないような土壇場の思い付き)は、五十嵐心然流の高弟「打たせ上手な高橋さん」のやり方を拝借させてもらった。その目的は、敵を程よく調子に乗らせて【収納空間】を使わせないようにしつつ、反撃を見舞う隙を見出すこと。ただ、高橋さんのように良い音を響かせて打撃を受ける訳にはいかない。なので、少し大げさにビビりながら斬撃を躱したり、時折受け流したりして見せた。
ついでに言うと、これまで俺は受け流す以外の目的で、自分の太刀を相手の刀に触れさせていない。まるで自分の太刀が痛むのを嫌がるように振る舞って来た。これは[魔刀:幻光]の異様な強靭さを隠し、敵に不要な警戒を抱かせないようにするため。全て、この次の行動のための布石だ。
そして、今、敵は「追い詰めた」という確信と共に、やや大振りな斬撃を放ってくる。右手から繰り出される横薙ぎの斬撃。喩え受け止められても、その後を追うように、もう1振りの刀が控える。2重の構えによる必殺の連撃だ。
俺はこの瞬間「[技巧]と[理力]と[抵抗]の半分を[敏捷]へ」と念じる。そして、一気に頭上へ跳躍。刃風を足下に感じながら、空中で「[敏捷]の半分を[技巧]へ」と念じつつ、[魔刀:幻光]を右手一本で振り下ろす。
――ガキィッ
と金属同士が噛み合う音が足元から響く。驚いた事に敵はこの状態で身を守るために左手の刀を差し入れて来た。ただし、魔剣と化した[幻光]はそんな敵の柳葉刀をまるで木刀を断ち斬るように切断。そのまま敵の左側頭部を削ぎ切るように斬り払った。
「ウワァ!」
着地と同時に背後で上がる悲鳴。対して俺は、その場でクルリと反転し、手負いの敵にトドメの一撃を加えようとする。だが、
「うっ!」
振り向いた俺の目の前に先ほどとは別の自動販売機が立ちふさがっていた。
「チッ!」
全く【収納空間】とは便利なスキルだと思う。ただ、ここで間合いを取られてしまえば元も子もない。なので、俺は[魔刀:幻光]が持つスキル【切断】を想起しつつ、「飛ぶ斬撃」で自動販売機ごと纏めて敵を斬り払おうと太刀を――
「え?」
振り抜こうとした瞬間、突然、俺は足の踏ん張りを失くしてしまった。
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