*79話 対【収納空間】戦闘


**岡本忠司の視点************


 正直に言えばやせ我慢・・・・だった。ハム美が言うように威力が落ちているとしても、痛いものは痛い。9層で拳銃に撃たれた時よりも幾分マシに感じられるが、あの時は1発だけだった。それが今はもう何発撃ち込まれたのか分からない。


 痛みはちょっと喩えるものが見当たらない。小学生の頃、近所に住む陰気な高校生にエアガンで撃たれた事があるが、強いて言うならあの時の痛みを100倍にした感じが近い。ちなみにその時の高校生は、数年後、バイトからの帰り道で不良グループに襲われて病院送りになった。


 と、思わずそんな遠い過去のヤンチャな思い出が頭に浮かんでしまう程度に、撃たれた傷は痛んだ。五十嵐さんの【回復魔法:下級】で少しは和らぎつつあるが、床に滴り落ちた自分の血を見ると、ゾッとする気持ちだ。ただ、そうだからこそ・・・・・・・、これはオレが引き受けなければ、と思う。


 流石に隣の五十嵐さんが俺のように銃弾を受けて傷付くのは忍びない。何と言ってもオレや子供たちは、小金井緑地公園の公衆トイレ籠城戦という絶体絶命のピンチで五十嵐さんに助けられている。それだけ取っても彼女は命の恩人だ。それに、最近気が付いた事だが、どうやらコータと彼女は「良い感じ」になったようでもある。まぁ、これについては「え? 朱音は?」と思わないでもないが……若い男女のする事だから、首を突っ込むべきではない。


 それにそもそも、今はそんな事を考える場合じゃない。


 ということで、オレは相変わらず銃口を此方に向けるバスの上の敵へ再度【挑発】を使用。敵は余り此方を警戒していないのか(それとも端から舐めて掛かっているのか)すんなりと【挑発】に掛かる。その結果、敵が構え直した銃口はピタリとオレを捉え、そして、パッと閃光が走り、


 ――ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダンッ!


 と銃声が響く。ポリカの盾は壊れてしまって使い物にならないので、その瞬間、オレは咄嗟に両手で自分を庇っていた。


 しかし、


「――?」


 予想した痛みが訪れない。その事をいぶかしく思い、反射的に瞑ってしまった目を開ける。そんなオレの視界に飛び込んで来たのは、


「なっ!」


 思わず驚きの声が漏れるような光景だった。


 それはオレの目の前、1mほどの空間に展開された不思議な光景。全部で20発前後の「弾丸」がまるでビデオのストップモーションのように空中に静止している。


 その異様な光景に、オレは咄嗟に20年ほど前に一時期人気になったハリウッドのSFアクション映画を思い浮かべていた。その映画の中で、力に覚醒した主人公が敵の放った銃弾を空中で受けとめた描写があった。当時は、それよりも主人公たちのファッションがオレのような不良中坊の間で流行ったのだけど、流石にあのシーンは良く覚えている。


 いま、そんな映画の1シーンと同じ光景が目の前に展開されていた。そして、


「よし!」


 次いで聞こえて来たのは凛とした五十嵐さんの声。その声と同時に宙で止まっていた銃弾がバラバラと床へ落ちる。


 まるで、いや、確実に、今の銃弾は彼女によって受け止められたのだろう。確か彼女は【操魔素】というスキルなのか特技なのかよく分からない(とハム太が言っていた)能力を習得している。それを使ったということか。


 ただ、この時のオレに、その事実を彼女に確認する暇はなかった。銃弾を受け止めた直後、バスの屋根の上では【隠形行】を解いたコータと敵の戦闘が始まっていたからだ。


 その戦闘は、手放しで観戦できるものではなかった。


*********************


 射撃音が響いた瞬間、里奈が「何かした」事は気配で感じられた。だけど、既に動き出した俺は、何が起こったのか見極める事をせずに、敵との距離を詰めることに専念する。


 短い助走を生かしてバスの後輪を蹴り、三角飛びの要領で頭くらいの高さにある窓枠に足を掛ける。そして、上へと跳躍。パツと視界が開ける。敵は射撃直後の体勢のまま、驚いた表情を里奈と岡本さんの方へ向けている。俺はそんな敵の左側に着地。バスの屋根の薄い鋼板が、


――バコンッ!


 と鳴るが、もうこの時点で構うものじゃない。敵との距離は2mと少し。一歩飛び込んで[魔刀:幻光]を鞘から払えば、そのまま横薙ぎの斬撃で捉える事の出来る間合いだ。


「ッ!」


 その瞬間、完全に躊躇ためらいが無いかと言えば、やはり嘘になる。ただ、ここで手心を加えるという判断はあり得ない。現に敵は殺傷性の高い武器を里奈や岡本さんへ躊躇う事無く使用した。もう、その事実だけで俺の心は決まっている。少なくとも、俺自身はそう思っていた。だが、


「アッ?」


 一拍遅れて敵の驚く声が上がり、ほぼ同時に[魔刀:幻光]が鞘から飛び出す。斬り付ける狙いは首筋……ではなく、腕になってしまう。


 この瞬間、心に決めた決意とは別の次元で、無意識が手元の邪魔をしていた。余りにも無防備だった敵の首筋に斬撃を叩き込むというイメージが、無意識の忌避感によって遮られ、結果として切っ先は俺の決意とは別に、敵の左腕へ向かう。そこに僅かな隙があった。その結果、


――カンッ!


 肩口を斬り払う軌道に変じた切っ先は、割り込んできた黒い物体 ――弾切れになった短機関銃―― だけを両断し、その後は空を斬る。しかも、両断された機関銃の片割れが頭部に当たりそうになり、俺は反射的に上体を反らせてそれを躱す。結果として追撃する機会を失ってしまった。


「しまった――」


 気が付けば、敵は素早いサイドステップで間合いを取っている。しかも、その左右の手にはギラリと鋼色に光る中華風の刀 ――柳葉刀りゅうようとう―― が1振りずつ握られている。


 距離は開いて6mほど。そこで一瞬だけ睨み合う格好になる。だが、そこから先に動いたのは敵の方。如何にも「場慣れ」している切り替えの良さだ。その切り替えの良さを以て行動に移った敵は、その瞬間、俺の頭上へ一度だけ視線を送る。


 瞬間、周囲がフッと暗くなる。「え?」と思うよりも早く、その場を逃れるように、俺は後方へ飛び退いていた。


*********************


――ドサァッ! バラバラバラバラッ!


 一瞬前まで俺が立っていたバスの屋根を大小様々なサイズの石くれ・・・が雨のように叩く。俺はその轟音を聞きながら、今のを躱せたことが奇跡だと思えた。


 一瞬前、敵は【収納空間】を使い、俺の頭上に纏まった量の土砂を出現させていた。それに対して、俺が感じ取れたことと言えば、少しだけ不自然な敵の視線の動きと、ちょっとだけ周囲が暗くなったと感じた異変だけだ。事前に【収納空間そんなスキル】を持っている敵と知らなければ、それだけの変化であの土砂を躱す事は出来なかっただろう。


 だが、躱せた事は事実。そして、敵が戦闘で【収納空間】を使ってくることも事実。正直なところ、【収納空間】というスキルの弱点らしいものについて、俺は何も知らない。そんなスキルを使ってくるモンスターが居ないので「対戦する」という場面を想定した事すらない。


 ただ、他のスキル、特に使用型アクティブスキルと同じだと考えれば、効果を発動するまでに一瞬の「間」が必要になる。だから、その間を潰してスキルの発動を邪魔しつつ、再度接近戦に持ち込むしかない。


 俺は、そう決めると、右手一本で【魔刀:幻光】を構え、左手を突き出す。そして、【水属性魔法:下級】による「水滴弾」を前方へ繰り出した。狙いは、敵のスキル発動までの「間」を潰す事。その後の事は……なるに任せるしかないだろう。



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