*78話 狂騒の第10層


***「第六局第二工作班」曹の視点****


 「どういう事だ?」という疑問。それが頭の中を支配する。


 眼下の日式[受託業者メイズウォーカー]の装備は、ポリカーボネートの盾の他には金属板と皮革を加工した程度の物。対モンスターと言う点ではそれで良いかもしれないが、防弾性などは皆無なように見える。しかし、実際には「5.7mm魔装特弾」の一連射に耐えきった。


 今は床に膝を着いているので、多少のダメージは与えたと分かる。だが、決して「致命傷を与えた」と言える手応えではなかった。


 この状況に、真っ先に頭に浮かんだのは「今撃った弾が不良品なのでは?」という疑念。「5.7mm魔装特弾」はその素材と製造方法の兼ね合いから、不良品率が高いという話を聞いた覚えがある。


 なんでも弾体を覆う合金に[魔素粗結晶メイズストーン]を混ぜ込んだ結果、合金の展延性が弱まり、製造工程で微細なひび割れが入る場合がある、とのこと。そのひび割れが多過ぎる場合は、撃った瞬間の衝撃で合金が弾体から剥離、又は粉々に砕けてしまい、本来の「魔装特弾」の効果を発揮しないという。


 「そんな不良品が紛れ込んでいたのか?」と思うが、残念な事に「あり得る」と思えてしまう。それが母国の状況だから仕方ない。解放軍に居た頃から、この手の問題は常に兵士を悩ませている。結果として、今の状況も身に沁み込んだ「仕方ない話」だと思えてしまう。


 ただ、銃自体が撃てなくなったわけではない。そう考えてチラと弾倉を確認すると、弾は3分の2ほど残っている。撃ち続ければその内死ぬ。圧倒的に有利な状況は変わらない。そう心に決めて持ち難いP-90を再度構える。サイトに捉えた男は床に膝を着いた状態のまま、此方へ刺すような視線を向けている。


 男の隣には、より軽装な装備に身を包んだ女の姿がある。だが、女の方はどうでも良い・・・・・・。何やら男の肩に手を掛けてスキル(【回復魔法】か?)を使っているように見えるが、それでもどうでも良い・・・・・・んだ。狙うべきは男の方だ。それしか考えられなかった。


 意図するのは連射。そのためには引き金を奥まで引き切る必要がある。独特の操作性に、「慣れないな」と思いつつ、そうなるように指に力を込めた。


*********************


**五十嵐里奈の視点***********


「岡本さん、大丈夫ですか?」

「ああ、不思議と大丈夫だ……五十嵐さん、ハム美の【念話】は?」

「聞きました。エンタングルだかエンタメだか良く分からないけど、このまま撃たせれば良いって……それより回復します」

「助かる」


 私と岡本さんの声を落とした会話。


 状況は先ほどから変わっていない。見上げる視線の先、大型バスの屋根の上に陣取る男から銃口を向けられているというもの。男との距離は10mもあり、しかも3mほどの高低差まである。普通に考えれば如何ともし難い絶望的な状況だ。


 一気に駆け寄り、六尺棒で地面に突いて、その勢いでバスの窓枠に足を掛ければ屋根に飛び上がる事は出来るだろう。でも、それをやった結果として、男の攻撃手段が銃から別の手段へ移る事は避けなければならない。


(相手は【収納空間】持ちニャン、だからこのまま銃を使って貰ったほうがよっぽど楽ニャン)


 というのがハム美の送って来た【念話】の内容だった。


 【収納空間】……ハム美に指摘されるまでも無く、私はそれが単なる「便利スキル」じゃない事を知っている。小金井公園救出作戦における体育館前の戦闘。その時、私は朴木太一がこの【収納空間】を使ってモンスターを斃す光景をこの目で見ている。あの時の朴木太一は、何もない空間に突如としてH鋼材を出現させ、そのままゴブリンを圧し潰していた。アレと同様の方法で、例えばバスや重機のような大質量の物体を頭上に出されれば、今の私や岡本さんは抵抗する事も出来ずに圧し潰されてしまうだろう。


 それに比べれば、ハム美の魔術によって威力を大きく減衰された銃弾に撃たれるほうが幾分マシ……という事になるのだけど、それでもやっぱり良い気分ではない。現に銃弾を受けた岡本さんは、致命傷ではないようだけど、しっかりと負傷している。床に滴る血痕を見れば、単なる打撲では済まない程度の怪我だという事は分かる。


「大丈夫だ五十嵐さん、【挑発】が効いているから」


 と、ここで岡本さんの声。この状況でも尚【挑発】を使って銃弾を請け負うつもりらしい。


 ――岡本さんは男前なんだよ――


 というコータの声が蘇る。


「あんたに怪我をさせると、コータに叱られるからな――」


 いやいや、そういう問題じゃないでしょ。と、思わず反論が口から出かかるが、


「! 来るぞ!」


 私の反論は岡本さんの緊張した声に阻まれた。


 見ると、バスの上の男は機関銃を構え直して銃口をピタリと此方へ向けている。全く持って嫌な光景だ。ただ、この時、私はそんな嫌な光景の端、丁度、屋根の上に立つ男の足元で不意にユラリと背景が揺れるのを見た。


「っ!」


 それで私は、その揺らぎの正体が【隠形行】を使っているコータであると分かった。正確には、コータそのもの・・・・の姿が見えている訳ではない。コータが使う【隠形行】というスキルがもたらす「魔素の揺らぎ」が見えているのだ。


 これは【操魔素】という能力を身に着けた結果の副産物。私は仮に「魔素視」と呼んでいる。その「魔素視」の能力が【隠形行】の発動を感じ取った。場所は、男の直ぐ足元。多分飛び込む契機を見計らっている感じだ。


 「ならば」と私は思う。


 コータがそこにいるならば・・・、もはや撃たれるままに銃弾を受ける必要はない。私はそう考えて【操魔素】の力を発動する。


 周囲には溢れんばかりの[魔素]が満ちている。メイズの中なのだから当然だ。私はそれを操り、一か所に集め、銃弾に対する盾にする。先ほど岡本さんに向けて発射された弾が濃い[魔素]を纏っていた事にヒントを得た発想だ。銃弾の[魔素]は岡本さんが纏っている[魔素]と衝突し、打ち消し合うように作用して途中で消えた。その結果として、威力の落ちた弾丸が岡本さんの身体を傷付けていた。


 ならば、打ち消されるよりも遥かに濃い[魔素]を前方に展開すれば、それがそのまま銃弾に対するバリアになるだろう。直感的な発想だが、多分上手く行く。


 ――ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダンッ!


 次の瞬間、私達に向けられた銃口が閃光を発する。そして、無数の[魔素]を帯びた弾丸が、私と岡本さん目掛けて降り注ぐ。私の【操魔素】は、僅かな時間差で……


*********************


**コータの視点*************


 その瞬間、俺は敵の真下にいた。その場所で【気配察知】を頼りにバスの屋根の様子を探る。隙を見出したら、一気にバスの屋根まで跳躍するつもりだ。【能力値変換】によって[敏捷]を2倍に引き上げているから、多分垂直に3m近く跳び上がることも出来るだろう。まぁ実際はバスの後ろタイヤに足を掛けて三角飛びの要領で跳び上がり、最後にバスの窓枠を足掛かりに屋根へ上がるつもりだけど。


 そういう考えで屋根上の敵の気配を窺う。その間、どうしても気になって里奈と岡本さんの方を見てしまう。


 確かにハム美が言うように岡本さんは無事(と言って良いか分からないけど)のようだ。その隣に立つ里奈が、どうやら【回復魔法】を掛けている様子。それで、2人がボソボソと口だけを動かして会話をしているのが分かる。


 と、ここで不意に岡本さんが正面上を睨むように見る。ついで、里奈もそちらへ目を向け、その視線を引き戻すように一瞬だけ俺を真正面から捉えた。そんな里奈の視線で「【隠形行】が解けたのか?」と一瞬疑問に思うが、そうではなさそう。里奈は[魔素]の動きを見ることが出来るから、それで俺の存在に気が付いたのだろう。その証拠に、里奈の視線の焦点は微妙に俺からずれている。


 一方、頭上の敵はその瞬間、機関銃を構え直したようだった。そして、息を詰めるような緊張感を発する。この場合は「殺気」と呼んでも良いかもしれない。射撃体勢に入った事は間違いない。


 射撃はまず間違いなく岡本さんが全部引き受けるだろう。つい一瞬前に視線を正面に据えたのは、間違いなく【挑発】を発動した証拠だ。里奈と岡本さんの間にどういったやり取りがあったか迄は分からいけど、あの人なら絶対に自分で全部引き受ける。そう言う人なんだ。だからこそ、有難いと思う。


 俺は感謝の念を岡本さんに送りつつ、[魔刀:幻光]の握りを確かめる。その時はもうすぐやって来る――


 ――ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダンッ!


 頭上に雷が落ちたような銃声が轟き、俺は弾かれたようにその場から2歩ほど助走をつる。そして、バスの屋根目掛けて跳躍していた。


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