*77話 存在理由


「え? 吾輩?」とハム太。

「そう、吾輩!」と俺。


「え、えぇとぉ……」


 結果、俺の無茶振りにハム太は眉間に皺を寄せる。ハムスターの表情筋の仕組みは良く分からないが、しっかりと劇画調の深刻ぶった表情になっているから面白い……って、面白がっている場合じゃないか。どうやらハム太は【気配察知】を使用しながら考えている様子だ。


 その結果、


(ふむ……よし! ハム美、[擬態]はもう良いのだ! それよりも、此方の援護と前方で魔法スキルを連発している敵の牽制をするのだ!)

(分かったニャン!)


 先ず、ハム太は【念話】でハム美に指示を出した。ちなみに、ハム美が使用する魔術による[擬態カモフラージュ]をハム太が中断させた理由は簡単で、[擬態]という魔術は発動に時間が掛かるからだ。「そんな暇はないのだ」といったところだろう。一方、俺の方は既に【隠形行】を発動している。


 と、ここで漸くハム太は状況を説明し始める。


「敵は2人、右と左から10層の壁際を伝って接近しているのだ。その内近いのは右側、もうバスの裏に居るのだ」

「マジか?」

「エッ!」


 敵の接近を告げる内容に岡本さんと里奈の緊張が高まった。


「今の状態で、コータ殿は【隠形行】吾輩は[擬態]が掛かっているのだ。つまり、敵からは見えないのだ。これを利用して先ず右から来る敵を叩く!」


 お、おう……つまり、左右から回り込んで来る敵に対して戦力を分散させずに集中して各個撃破、ってところか?


「その通りなのだ! 吾輩は状況に応じて左から来る敵を牽制して時間稼ぎをするのだ! 3人はその間に右側の敵を――いざっ!」


 ハム太はそう言うと、いつの間にか装備していたハム剣(ハムスターサイズの長剣)を引き抜き、そのまま振り抜いた。


――バンッ!


 と生じる小さな破裂音。それが「飛ぶ斬撃」だと分かり、俺は斬撃の飛ぶ先へ視線を向ける。そこには――


「ッ!」


 驚いたように身体を仰け反らせて「飛ぶ斬撃」を躱した男の姿があった。場所は俺達が身を隠しているバスの屋根の上。斜め上を見上げる格好でお互いの距離は約10mといったところ。ハム太が言う2人の敵の内、「右側から接近して来る敵」なのだろう。


「チッ!」


 斬撃を躱した状態から、男は短く舌打ちを発する。そして、何も持たない状態の右手を短く振るような動作を見せる。「なんだ? 魔法スキルか?」俺はそう直感した。しかし、次の瞬間、男の右手に現れたのは、黒光りする短機関銃。


「え?」

「なっ?」


 まるで手品のように出現した銃の存在に、里奈と岡本さんの驚く声が重なる。一方、俺はと言うと【隠形行】を維持するために、寸前の所で声を呑み込むことができた。が……この状況はヤバイ!


 メイズの床と大型バスの屋根の上では高低差が約3mもある。有利なのは高所に陣取る男の方だ。しかも直線距離で10mという中途半端な距離感は、如何にも「撃ってください」と言っているようなも。実際、男はバスの屋根から見下ろす格好で此方に銃口を向ける。武装解除や投降を呼びかける、といった様子は一切ない。そのまま撃つ気のようだ。引き金に掛かった男の指に力が――


「こっちだっ!」


 その瞬間、声を発したのは岡本さんだった。【挑発】スキルを使ったのだろう。瞬間的に、男の構える銃口が岡本さんの方へ向いた。そして、


――ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダ、ダンッ


 「あっ」という俺の叫びは至近距離の連射音によってかき消された。耳がキーンと鳴る。そんな耳鳴りに混じって、


「うっ……」


 と呻く岡本さんの声が聞こえる。


 その瞬間、岡本さんは確かに「方形ポリカ盾」を真正面に構えていた。ただ、あくまで対モンスター用の盾だ。9層でもそうだったように、防弾性能なんてある筈がない。その証拠に、盾は連射を受けて一瞬で砕けていた。その結果、遮る物が無い状態で銃撃を受けた岡本さんは短い呻き声を漏らしつつ、ゆっくりと膝を折るように屈みこむ。


 瞬間、俺の脳裏に9層で被弾した時の岡本さんと、10層に降りて直ぐに見たSAT隊員の遺体の姿がフラッシュバックした。その内、隊員の無惨な姿が岡本さんに重なって……良いわけがないだろ!


「ッ!」


 次の瞬間には、俺はその場から飛び出すように前方へ駆け出していた。駆けつつ心の中で、「[力]と[技巧]を全部、[理力]と[敏捷]へ!」と念じる。【能力値変換】の恩恵により、一気に身体が軽くなり、頭の中がサッと靄が晴れたかのように明瞭になった。


 やるべき事は1つ。バスの上の「敵」を斃す事。ただ、このままでは、次の銃撃が岡本さんへのトドメになるか、又は里奈の方へ向くか、分かったものじゃない。銃口それから2人を庇うためには、俺が【隠形行】を解いて囮になるべきだろう。銃弾に対する防御は皆無だが、嵩上げした[敏捷]さを頼みに回避を試みるしかない。回避しつつ弾切れを待つ。そして弾倉を交換するタイミングで勝負を掛ける。それしか方法が思い浮かばない。


 俺はそう心に決めて、その場からバスの屋根に跳躍しようとする。しかし、


(その必要はないニャン!)


 その一瞬前、ハム美の【念話】が俺の行動を遮った。でも、その必要はないって、どういう――


(銃弾の威力を減衰する力場魔術を展開しているニャン。最大出力で減衰率85パーセントニャン! 岡本様は【戦技(前衛職)】と【防御姿勢】を持っているから、きっと無事ニャン。でも無事じゃない振りをしてもらっているニャン。或る意味囮ニャン)


 普段なら「え? え? え?」となりそうなハム美の【念話】だが、流石に[理力]2倍状態の今ならすんなりと理解した。


 つまり、ハム美が言いたいのは銃弾の威力は問題無いレベルまで落ちている、ということ。しかし、その事実を敵に知られるよりも、そのまま銃を使って貰ったほうが有利だ、ということか?


(そうニャン! 気が付いたと思うけど、その敵は【収納空間】持ちニャン)


 なるほど、さっき銃を取り出したのは手品じゃなかったんだな。だったら、以前に朴木が見せたような大質量投射攻撃をされるよりも、威力の無い銃を使って貰ったほうがマシか。


(反対側の敵にはお兄様が向かったニャン。でも……お兄様には大した足止めは出来ないニャン――)


 え? 「大した足止めが出来ない」って、そんな事はないだろう。ハム太はああ見えて・・・・・も結構強いだろ? なんで「足止め出来ない」んだ?


(それは、私もお兄様も本来人間に対して加害行為が出来ないからニャン)


 え? それって初耳な気が……でも、さっきもバスの上の敵に飛ぶ斬撃を――


(あれは、元々当たらないように撃ったニャン)


 そうだったんだ。でも、なんで今になってそんな事を?


(メイズに潜ってモンスターを相手にする分には関係のない話だと思っていたニャン。とにかく、ハム太お兄様も私も「人間に危害を加えてはならない」という大輝様からの制約を受けて造られた存在ニャン、だから、足止めも牽制程度の事しかできないニャン)


 そうだったのか……その割に、ハム太は俺の財布に危害を加えている気がするような‥…


(……そういうのは大輝様も想定外ニャン)


 ですよね。


(いいから、コータ様はさっさとバスの上の【収納空間】持ちを斃すニャン)


 はい、そうします。


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