*76話 突入、第10層!


 先行した岡本さんの後を追うように10層に足を踏み入れた俺は、その場の状況に酷く驚く事になった。


 先ず初めに驚いたのは、10層に入った瞬間に襲って来た熱気だ。まるで火事の現場に飛び込んだような空気。ヒリヒリと肌を焼くほど熱い空気が吹き付けて来た。喩えるなら【飯田ファイヤー:火の玉バージョン】の至近着弾時(稀によくあるケース)の熱さを5倍にした感じ。または、つい最近遭遇して死に掛けた「レッドドラゴニル」のファイヤーブレスの熱量を半分にした感じだ。


 そんな熱にたじろいだ・・・・・俺を、次に強烈な異臭が襲ってきた。鉄と硝煙に毛髪が焼けた臭いを混ぜ込み生が臭さを足したような異様な臭気が熱気を伴って鼻腔に飛び込んでくる。その結果、俺はその場でむせこんでしまった。


 その一方、視覚の方は10層の異様な光景を捉えている。目の前には空間の左右に壁を作るように置かれた大型バスの残骸。その奥にはコンテナや建築資材などが乱雑に積み上げられているのが見える。その一方で、俺が立っている場所 ――階段を下りて直ぐの場所―― から真っ直ぐ正面に向けて1本道のように何もない空間が出来ている。無数の人工物が作為と無作為をごちゃまぜにして配置されている様子はメイズの中という空間に全く似つかわしくない光景だった。


 ただ、その事実を認識する頃には、俺の視界は別のもっと重大な存在を見つけていた。それは、床に横たわるSAT隊員の姿だ。パッと見た限り、階段降りて直ぐの目の前に1人、その先の左側のバスの陰に2人の姿がある。ただ、どれも力なく床に横たわっている状態だ。そして、


(死んでいるのだ)


 そんなハム太の【念話】を聞く間でもなく、それらのSAT隊員が既に事切れている事は一目瞭然だった。


 彼等の内、階段手前の1人は銃弾を集中的に浴びたせいか、肉片が周囲に飛び散るほど損壊が激しい。一方、バスの陰の2人の内1人は額を撃ち抜かれ、後頭部が文字通り無くなった状態。そして、もう1人は……体の破片パーツを周囲にぶちまけたような酷い状況だった。1人の人間と認識できたのは、多分彼が装備している防弾チョッキのお陰だろう。


「ひっ」


 と耳元で息をのむ声が上がる。里奈だった。思わず「なんで追いかけて来た?」と言いたくなる。ただ、それと殆ど同時に、


「コータ! 五十嵐さんも、こっちだ!」


 と、岡本さんの声が掛かった。声の方を見ると岡本さんは右側のバスの陰に取り付き、そこで別のSAT隊員に元に屈みこんでいる。


「おいッ! しっかりしろ!」


 駆け寄ると岡本さんの呼び掛ける声が聞こえる。しかし、


「クソッ! オイ、目を開けろ!」


 多分、その寸前までは息があったのだろう。だが今は、


「楽にさせてやるのだ」


 と、ハム太が言うように間に合わなかった。


「なんなんだよ、この状況!」


 岡本さんの声は悲痛だった。


*********************


 少し時間を遡る。


 大島さんや水原さん、それに[赤竜・群狼]のメンバーと別れた俺と岡本さんは8層を逆戻りして9層へ入ると、そのまま進んで里奈の居る場所に辿り着いた。順路上のモンスターは駆逐されていたので、道中は何の障害も無く、すんなり・・・・と里奈の居る場所、つまり10層へ降りる階段の手前までたどり着くことが出来た。


 そうやって戻って来た俺と岡本さんに、里奈は「なんで戻って来たの!」と言いつつも、ちょっとホッとした表情を見せていた。そんな里奈の強がるような、はにかむ・・・・ような表情に、俺は心のシャッターを「パシャリ」……だって、ピンポイントでめっちゃ可愛かったんだもん。


 ……と、そんな事はさて置き、その時点で里奈は1人でその場に居た。周囲にはハム美の気配さえない。その理由を訊くと、まず、


「SAT隊は少し前に10層へ行ったわ、後から迎えに来るって」


 とのこと。流石に追跡対象からの抵抗が予想される場所に里奈を連れて行く気はなかった、ということだ。流石日本警察、その辺の良識はしっかりしている(?)。とにかく少し安心したのは確か。一方、ハム美が居ない件については、


「『見られている』とか言い出して、それで『気に入らないニャン』って言いながらピューって、10層に飛んでったのよ、2,3分前に」


 とのこと。どうも俺と岡本さんはハム美と入れ違いに里奈の所に合流したようだ。それにしても「見られている」とか「気に入らない」というのが良く分からないが、そこら辺はハム美独特の感性なのだろうか?


 一方、そんなハム美の行動の結果、1人ボッチにされていた里奈は……本人には言わないでおくが、結構「怖かった」のだろう。対人度胸はモノ凄く高いくせに、オバケとかホラーものに対する耐性が妙に低いのは昔から変わっていないようだ。勿論、その辺の事を指摘するのは藪蛇でしかないので黙っておく。


 ただし、


「な、なによ……」


 少し口を尖らせながら俺の方へ向けてくる強がりの視線は……有難く頂戴しておいた。


 その後、里奈と俺と岡本さんの3人は次の行動を決め兼ねて10層へ降りる階段の手前で待機するような状況になる。ただ、それも束の間、不意に10層からこちらへ上がって来る人の気配が生じた。それらは


「大丈夫か?」

「しっかりしろ!」


 などと声を掛け合っているSAT隊隊員の方々だった。人数は全部で6人、その殆どが目で見て分かるほどの怪我をしており、その内4人は自力で動くことも困難な怪我を負っている。


「何があったんですか?」

「どうしたんですか?」

「大丈夫か?」


 そんな彼等の様子に俺達3人は思わず大声を上げる。対して彼等は階段を登り切って直ぐの床に身を投げ出すと、比較的軽傷に見える隊員が各自のバックパックをまさぐり、ポーションを取り出す。見た感じは[回復薬:中]に見えるポーションだ。それを重傷者から順に傷口に振り掛けつつ、


「待ち伏せだった」

「クソッ!」


 と、呻くように言う。


 対して俺は、そんな証言よりも、彼等の傷とポーションの等級を見て、内心でハム太に[回復薬:大]を出すようにお願いする。傷の具合から[回復薬:中]ではギリギリな感じがしたからだ。それで、リュックに一度手を突っ込む振りをしてハム太の【収納空間】から取り出した[回復薬:大]を使おうとするのだが、


「待った、それが有るなら下のヤツに使ってくれ!」


 という言葉で制止されてしまう。


「どういう事だ?」


 とは岡本さん。それに答える軽傷のSAT隊員は、


「連れてこられなかった重傷者が10層に居る。まだ生きてるかもしれん、それを使ってくれるなら、そいつらに頼む!」


 覆面状のフェイスガードに顔の半分が隠れているが、その目は真剣そのものだ。


 そんな必死な懇願に晒されて、俺は次の対応を決め兼ねてしまう。一方、里奈は重傷者の横に膝を着いて【回復魔法:下級】を掛ける構えだ。「ああ」と思う。確かに「中ポーション+回復魔法」なら何とかなる・・・・・可能性は高いか?


(吾輩も援護しているのだ! 問題無いのだ!)


 ハム太も里奈の【回復魔法:下級】に便乗・・して自分の【回復魔法(省)】を使用している模様。


「わかった、任せておけ!」


 と、ここで、岡本さんがそんな声を上げる。そして、岡本さんは俺が持ったままにしていた[回復薬:大]を奪い取るように引っ掴んで10層へ向かう。ちょっと強引な感じがするが、たぶん負傷したSAT隊員の必死の要請に「おとこ」岡本の火が着いたのだろう。


「ちょっと待って、岡本さん! 里奈はここで治療を!」


 俺は、そんな岡本さんの後を追いつつ、後方の里奈にそう告げる。そして、階段を駆け下りた。


*********************


 バスの陰から見渡す限り、SAT隊員の遺体は全部で5人分あった。


 彼等の人数は20人だったから、9層に逃れた6人と、この場で斃れた5人を除けば、後9人がこの先に居るのか? そんな簡単な引き算を頭の中でやってみる。ただ、その割には戦闘音(発砲音とか)が全くしない。その代わりに妙な緊迫感が前方を支配しているような気がする。というのも、


「先の方に5人の負傷者、他にも2人の負傷者が奥の方に居るのだ。敵の方は……4人なのだ!」


 と、ハム太が【気配察知】の結果を披露するから。つまり「敵」と表現される存在が4人存在している、ということ。


 と、ここで、


「ぬ、ハム美なのだ?」


 ハム太は何かに気が付いたようにそう言うと、ぴょんぴょんと俺の頭を踏み台にしてバスの上に上る。それとほぼ同時に、今度は俺の頭の中にハム太とハム美の【念話】が響いてきた。


(ハム美、大丈夫なのだ?)

(大丈夫ニャン、でもマズイ時に来たニャン! コータ様【隠形行】で姿を隠すニャン、里奈様達には[擬態]を掛けるニャン!)


 え? 隠形行? 擬態? なんで?


(いいから早くするニャン、相手は【千里眼】持ちニャン、ハム美も危うくバレ――)


 とハム美が言い掛けたその瞬間、不意に前方奥で赤い閃光が瞬いた。赤い閃光はそのまま光の線を曳いて頭上を走ると、10層の天井に衝突。パッと周囲を赤く照らしつつ、


 ドンッ!


 という爆発音を響かせた。


(危ないニャン……リボンが焦げたニャン)

「今のは?」

「何? 爆発?」


 ハム美の【念話】と岡本さんと里奈の疑問が殆ど同時に発せられ、俺は思わず、


「ハム太、状況を手短に説明してくれ!」


 ハム太に助けを求めていた。この時点で、俺達には「何がどうなっているか?」分かるはずが無かったのだから、仕方ない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る