*73話 窮地の10層
**五十嵐里奈視点************
「う~ん、やっぱり気になるニャン……」
呟くのはハム美。SAT隊の皆さんを10層へ送り出した後なので「生声」で喋り始めている。
ちなみにハム美はこの「双子新地高架下メイズ」に入ってからずっと、私の周囲をフワフワと飛び回っている(ちょっと鬱陶しい)。例の星型ステッキにフリフリドレスと大きなリボンの魔法少女スタイルだ。これだけ派手な格好をしているけど、今までSAT隊のメンバーは誰もハム美の存在に気が付いていない。ハム美が使用する[
そのハム美が宙の一点に留まって首を
「ど、どうしたのよ……さっきから?」
先ほど、不意に「見られている気がするニャン」とホラーじみた事を言い出したハム美に対して、私の声はちょっとした動揺が隠せないものになっている。だって、仕方ない。コワイものはコワイんだ。分かり易いメイズハウンドやコボルト、ゴブリンやオークといった脅威には対処できるけど、理解不能で正体不明な心霊現象とかコワイ話系に対する苦手意識は克服できそうもない。
「……視線が外れたニャン」
「また、そんな……」
ハム美の言葉に「いい加減にしてよ」と言い掛ける私。しかし、そんな私の二の句に被せるように、ハム美は、
「ちょっと見て来るニャン」
と言い出した。
「え?」
「里奈様、ここでお留守番してるニャン」
「ちょっと……ここで? 一人で?」
「直ぐにコータ様と岡本様が戻って来るニャン」
「え? そうなの?」
「あの二人が、特にコータ様がアレで『はいサヨウナラ』とはならないニャン、里奈様も分かるニャン?」
「そう……なのかな?」
「とにかく、ちょっと10層が気になるニャン。行ってくるニャン!」
「え、ちょっと――」
そんなやり取りで、ハム美はピューッと下りの階段へ飛んで行ってしまった。
「ちょっとぉ……」
話し相手が居なくなり急に心細くなる私。ハム美がホラーな話を始めるからこんなに心細い気持ちになるのだ、と思いつつ、内心でコータに、戻って来るなら早く来て! と念じていた。
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**SAT隊 隊長視点**********
破裂音と共に、何かが頬にぶつかる。ベタッと頬と首に何か熱いものが張り付く感触。咄嗟にそれを振り払い、破裂音がした方へ声を掛ける。
「どうした? 大丈夫か?」
返事は無い。代わりに、頬に張り付いた熱い液体がフェイスマスクの口元に滲み、鉄臭い臭気が鼻を突いた。不意に込み上げる吐き気に、次の言葉を呑み込む。
ほぼ同時に、今度は反対の右側のバスのある方向から悲鳴のような声が上がる。その隊員は、ハッキリと
「手りゅう弾だ! ふせ――」
と言った。しかし、次の言葉「伏せろ!」を言い終わる前に、
――バンッ!
今度はハッキリ
ここで漸く状況を理解できた。正体不明の暗闇に閉ざされた私達に対し、被疑者……いや、もう被疑者呼びは無しでいい。敵、即ち中国共産党の解放軍傘下、特殊部隊「第六局」は、バスの物陰に隠れる私達へ向けて手榴弾を投げ込んでいる。種類は衝撃波を主な殺傷力とする攻撃型手りゅう弾だろう。メイズの中で使用される手りゅう弾は、殺傷範囲が限定的な衝撃波タイプの攻撃型手りゅう弾となるのが、どの国の軍隊でも共通したある種の約束事だ。
「伏せろ!」
遅きに失した私の命令。その間も手りゅう弾が投げ込まれているが、どうも、手前のバスの天井で爆発したり、跳ねてバスの反対側に落ちて爆発したりしている。「何も見通せない暗闇」という状況は敵も同じということだ。
「隊長、一旦――」
地面に伏せた私に、近くの隊員から声が掛かる。「撤退しよう」と言いたいのだろう。しかし、この場所(バスの裏)から9層へ戻る階段に掛けては一切の闇に閉ざされている。しかも、手探りで階段の場所を探し出したとしても、そこは全く障害物の無い野ざらしの場所だ。先ほどバスの陰から頭を出した2班の班長から、銃声の後に返事が無い事を考えると、敵の内少なくとも狙撃手は暗視装置を持っているのかもしれない。その状況で障害物の無い場所に出る事は「狙撃してください」と言っているようなものだ。
「待て!」
そんな判断から、私は制止の声を発するが、「撤退しよう」と呼びかけた隊員は既にバスの陰から身を乗り出していた。その結果、
――パンッ、パンッ!
再び前方から銃声が響く。そして、ドサリと地面に倒れ込む音が響く。
「撃たれた! チクショー!」
悲鳴の方へ向けて伸ばした私の手は空を切るばかり。
「おい、大丈夫か!」
と、ここで別の隊員 ――2班のポイントマン―― の声が上がり、ザザッと動く気配が起こる。私は咄嗟に、
「まて、やめろ!」
と言うが、遅かった。
――パンッ、パンッ!
再び発砲音が響き、又も地面に倒れ込む音と、怒号のような声が混じる。
「クソッ!」
もう誰の悲鳴なのか分からない。ただ、敵は負傷者にわざとトドメを差さず、救助者を狙い撃つつもりだ。単純で残虐な戦法だが、隊員の誰もその事に気が付かない。
「誰か!」
――パンッ、パンッ! バンッ!
暗闇の中で悲鳴が上がり、銃声が響く。そして、混乱を助長するように至近距離で手りゅう弾が爆発する。爆風で吹き飛ばされた何かが再び私の身体に衝突した。反射的に抱え込むように受け止めたそれが隊員の千切れた腕だと分かり、不意に肚の底から怒りが込み上げるのを感じる。
行動開始前には隊員達に「平常心」などと呼びかけていた当の私が、怒りに駆られている。ただ、この場合はそんな怒りであっても現状を打破するための切っ掛けになる。そう信じて行動を起こす。何れにしても、この場から動かなければジリ貧だ。
「各班各人、現状報せ!」
私の命令に
暗闇に閉ざされた視界は、目視での状況確認を阻む。そのため状況報告は輻輳してしまい、何度か再確認をさせる必要があったが、結局、今の状況は元の20人中11人が何等かの怪我を負い、その内5人が生死不明(返答無し)、4人が重傷(自力行動困難)であることを申告している。
視界を奪われ、一方的に攻撃を受けた結果、散々な
「3班と4班は合図と同時に前方へ射撃開始、1班のポイントマンを援護! 残りの負傷者は9層へ! 順次後退する」
と指示を出す。
「1の合図で行動開始だ! 5、――」
私は声を張り上げるとカウントダウンを始める。頭の片隅では「敵に聴かれる」と危惧する思いもあるが、今はそれよりも声を出すほうが大切だ。そう思って数を数える。
「4、――」
頭の中で次の行動を反芻する。「1」と同時にバスの物陰から前方へ射撃を向ける。敵の場所は分からないが、何等かの方法でこちらを狙撃するとしても、数人が纏まって射撃をすれば、狙撃の手は緩むはずだ。その間に1班のポイントマンが負傷者を庇って後退を支援する。その後は3班を退かせて、次は4班。最後は私が受け持とう。
そんな決心と共に、口は数字を読み上げる。
「3、――」
しかし、口が「2」と言い掛けた瞬間、不意に頭の中に幼い子供のような声が響いた。それは、
(待ったぁ! 待つニャン、ストップストップ!)
確実に意味を持つ言葉として脳味噌に直接響いてくる不思議な声だった。
「?」
その不思議な声が求めるまま、私は口を「2」の形にしたまま息を止めるように固まる。すると、
(鬱陶しい暗闇ニャン! 全部まとめて[
頭の中に響く声は、今度はそんな言葉を捲し立てる。そして、
「にゃんだ?」
私は突然訪れた変化に思わず変な声を発していた。周囲の隊員も同じように
「うわっ!」
「ん!!」
「戻った?」
と、驚いた声を上げる。それもそのはず、私達を包み込んでいた暗闇は、その一瞬で何も無かったかのように掻き消えていたからだ。
不意に戻った視界で周囲を確認する。近くには悲惨な死体となった隊員が複数。1人は額を撃ち抜かれた2班の班長。残り2人は手りゅう弾にやられたと思しき隊員。足元には濃い血だまりが出来上がっている。更に、通路状になっている階段手前の場所には、倒れ込んだ負傷者と、額を撃ち抜かれた救助者の死体。その反対、右側のバスの方でも1人が死亡して、2人が手りゅう弾の爆発によって重症という状況だ。
(これで大丈夫ニャン! 負傷者を9層へ戻すニャン!)
「……な……なんだ?」
(そう言うのは後回しニャン、援護するから早くするニャン!)
「……こ、行動開始だ! 急げ!」
結局、私は不思議な声に釣られるように、隊員達へ行動開始の合図を送っていた。
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ちなみに、この時頭の中に響いた一連の「声」について、後日の私は全てを
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