*72話 追跡者と追跡者③
**SAT隊 隊長視点**********
「10層への進入は音響閃光弾を使用する。以後は1、2班が前進、3班と4班は左右に散開し速やかに制圧する、いいな。発煙弾の使用は状況次第、むやみに使うなよ」
10層へ降りる階段の手前で私が発した指示。隊員達は無言で頷き返して来る。誰の目にもアリアリと緊張感が浮き出ている。当然だ。今の状況は、これまで誰も実戦として経験したことの無いものだ。不安もあるし、緊張もする。
「大丈夫だ、訓練通りにやれば良い。大切なのは平常心と臨機応変、後はやり抜く根性だ」
私はそんな隊員達を叱咤するように声を上げる。ただ、自分で言っておいて、最後の「やり抜く根性」は余計だったかな? と思う。この期に及んで根性を持ち出した精神論とは、少し情けない気がするのは確かだ。
なので私は精神論とは真逆の現実を呼び起こすように思い出す。現実とは「訓練」で培った自分達の実力だ。
米国フロリダの[中規模メイズ]における2か月間に渡る訓練。2020年末から世界的に巻き起こった「
各国から訓練に参加した機関は様々だったが、大別すると軍の特殊作戦部隊系、法執行機関系、民間軍事会社といったところだった。そんな中、日本が送り込んだのは我々警視庁の
そんな国際的な訓練の場に送り込まれた私達は、しかし、いきなり失望めいた落胆で迎えられることになった。というのも、参加各国やホスト国の米国でさえ、本心で臨んでいたのは自衛隊「メイズ教導隊」の参加だったからだ。
あの時点で、「
そのような状況だったから、各国は自衛隊の「メイズ教導隊」の手法に期待をしていた、という訳だ。これは、少し時間が経過した訓練期間半ば頃に、米国側の訓練効果評価部隊が教えてくれた事だが、どうも米国政府は間際まで日本政府へ「メイズ教導隊」の派遣を要請したいたとのこと。ただ、日本政府は態度を保留し続け、返答期日間際になって「警視庁特殊急襲部隊」の派遣を伝えて来たという事だった。
私としては上の考えることなどどうでも良い。派遣に際して「自衛隊」か「警察」か、で政府内に駆け引きが生じたのだろうと想像できるが、一介の警部に過ぎない私には関係の無い話だ。寧ろ、訓練の中盤に差し掛かった頃には、部隊の指揮官としてそんな我が国政府の態度に皮肉を伴った感謝すら感じていたほどだ。
というのも、落胆を以て迎えらた事が、結果として隊員各自がモチベーションを高めるように作用したからだ。「なにくそ」と奮起する気持ちを部隊内で共有した我々は果敢に課題に挑み、各課題で非常に優秀な成績を収めた。最終的には国際関係に配慮したホスト国の米国が訓練成績の順位を発表しなかったが、どの項目でも我々「SAT」は常に上位に位置していた事は間違いない。
勿論、「なにくそ」根性
訓練開始当初は、9mm拳銃弾を発射するSMGを持ち込んだ我々に対して他の参加国は冷笑するような雰囲気すらあった。大体の組織が(フィリピンや韓国のLEでさえ)5.56mm弾を使うAR-15系のカービンモデルを装備していた、という理由からだろう。ただ、一旦訓練が始まってしまうと、カービンモデルといっても大振りな銃器とフルサイズの5.56mmMiZ弾の組み合わせは「威力過多」な状況だった。
閉所、狭所の連続であるメイズ内では、それらの銃は取り回しが難しく、また跳弾の恐れから撃てないパターンが頻発した。更には、MiZ弾の特性(バレルを摩耗させる)も、本来「小口径高速弾」として設計された5.56mmの場合は悪い方向に作用した。MP-5でも300発撃てば銃身がバカになるが、これが5.56mmの場合は半分の150発で同様の状況に陥る。そのため、訓練終盤では多くの部隊が9mm弾を撃ち出すSMGに装備変更していたほどだ。
とにかく、私達は十分な訓練を積み、更にその訓練で優秀な成績を収めた。現状、間違いなくトップクラスの実力を持っている。その自信が、事に臨んで何よりも重要な要素になる。
「金元恵については、確実に安全を確保するように。いいな」
「ハイッ!」
隊員からの返事は精悍そのもの。よし、行ける。
「五十嵐さん、合図をしますので、それまではここで――」
「わかりました」
私の短く同行者にそう告げると、
「行動開始!」
ついで、隊員に合図を送る。
私の合図を受けて、隊員達は1班から順に10層へ降りる階段へ足を踏み入れて行く。粛々として揺るがない足取りだ。
ただ、そんな私達の自信は10層降りて直ぐの状況によって打ち砕かれることになった。
*********************
4班と共に階段に足を踏み入れた瞬間、周囲の雰囲気が変わる。まるでいきなり狭い場所に放り込まれたかのような閉塞感だ。まぁ、メイズの各階層を行き来する階段は、どこもこんな感じなので今更驚くことは無い。
階段を挟んだ上下の層の近い場所で生じる音や気配 ――通常なら十分に感じ取れるはずの現象―― が、何故か遠くから発せられたように感じられる。それが「階段」という場所の特徴だった。ただ、今の場合は、先行する3つの班に「音響閃光弾」の使用を指示している。流石に
しかし、閃光はおろか、強烈な爆発音も聞こえてこない。その状況に私は妙な気がして、足を速めて階段を駆け下る。
階段を降りると視界が開けた。そして、思わず、
「な?」
と声を漏らしてしまう。
10層の光景は私達の予想とは大きく異なっていた。通常、5層や10層、15層といった、
階段を下りて直ぐの左右両脇にはボロボロの大型バスが無造作に置いてあり、その先も空間の左右両方の壁沿いに雑多な物 ――コンテナや小型車、建設資材や土砂や砂利―― が積み上がっている。その一方で、目の前には何もない空間が一本道のように真っ直ぐに先へ伸びている。
「隊長……」
見ると、先行した各班が正面の道のような空間を挟んで左右の大型バスの影に張り付いている。なるほど、先行した班が「音響閃光弾」を使用しなかったのは、被疑者や金元の姿を確認できなかったから、というところか。そう納得した私は、続く4班の面々にハンドサインを送り、左側のバスの物陰に入る。
「被疑者は?」
「前方30mの物陰に、一度だけ何かがチラと見えました」
「よし、障害物伝いに――」
部下の報告に対して、私は「障害物伝いに前進、1班2班進め」と指示を出そうとした。しかし、その瞬間、不意に視界が闇に閉ざされた。
「なんだ?」
「うわ!」
「んん?」
自分の手足も見えないほどの濃い闇に突然覆われてしまい、周囲の部下が動揺した声を上げる。
「何も見えません――」
2班の班長の声がそう告げる。装備が擦れる音がするので、姿勢を変えてバスの陰から顔を出して前方を確認したのか?
――パンッ
と、この時、前方から乾いた破裂音。そして、2班の班長が居た場所から、ドサッと地面に崩れ落ちるような音。反射的に
「おい、大丈夫か?」
と声を掛けるが返事は無い。
「どうなっている?」
思わず声に出して言う私。と、その時、
「物音! 何か近づいてきます!」
――ガンッ
別の部下が発した声を追うように、頭上 ――バスの天井―― に何かが当たった音が響く。そして、
――コンッ
「痛て!」
バスの天井で跳ねた何かは、その陰に隠れる部下のヘルメットに落下。思わずその部下が声を上げるが、次いで、
「や、やば、しゅりゅう――」
――ボンッ
籠った破裂音が轟いた。
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