*71話 追跡者と追跡者②
**朴木太一の視点************
「朴木、朴木太一! 起きろ、朴木!」
そう呼び掛ける声に気が付く。第一印象は「下手くそな日本語だな」というもの。ただ、そんな印象を持ち続けることは出来なかった。気が付くと同時に激しい痛みが全身を貫いたからだ。腹と足に焼けた鉄の塊を押し付けられたような、引き攣るような激痛を感じる。それが目覚めたばかりの意識を襲う。その痛みに、オレは思わず声を上げるが、その声はかすれてしまって、まるでゾンビ映画のゾンビが発する呻き声のように聞こえる。
「うっあぅ……」
「気が付いたか、一度言うからよく聴け。魔抗核、メイズコア出せ!」
何を言ってるんだ? 大体、誰だコイツ? というか、オレは一体何をしている? ここは何処だっけか……
「女が死ぬ。いう事を聞けば2人とも解放する」
ただ、オレの混濁した意識は「女が死ぬ」という一言で急速に鮮明になった。女、ああ、メグの事だ。あ、そうか、オレはメグと一緒に11層に逃げて、そこで……追い詰められ……捕らえられた。
曖昧な像を結ぶ視界の隅には、雑多な物が散乱しているのが見える。紛れもなくオレが【収納空間】から取り出した物ばかりだ。という事は、ここは10層か……
「いう事聞け、女が死ぬぞ」
死ぬ? メグが? 一体どういう事だ? オレは痛む体を無理に動かして視界を左右に向ける。そこで、オレと同じように地面に横たわるメグの姿を見つけた。意識の無いグッタリとした顔。口には血を吐いた痕があり、頬から首にかけてべっとりと血に染まっている。
「め、メグ……」
「いいか、メイズコアだ! そしたら回復をやる!」
声の主はそう言いながら、オレの視界に割り込むと
「ほ……本当か?」
「本当だ、約束だ」
声の主は、下手くそな日本語のトーンを弱めてそう言う。ただ、その背後では、別の男がずんぐりとしたシルエットの短機関銃を片手にメグの
感覚的に、後3、4回は【収納空間】からの「取り出し」が出来そうなほど回復している。ただ、この状況で抵抗しても結果は変わらないだろう。先ほど戦って敗れた相手だ。今の状態よりはだいぶん
「はやくしろ」
という声に合わせて、声の主の背後、メグの傍らに屈んだ男が短機関銃の銃口でメグの頭を小突いた。小突くだけでは飽き足りないのか、銃口をメグのこめかみにグリグリと押し付けるような動きを見せる。
「わ、わかった」
とてもじゃないが、抵抗出来るとは思えない状況に、オレは白旗を上げるように痛む右手を何もない空間へ差し伸ばした。
***「第六局第二工作班長」鄭視点****
腹に5.7mm弾を3発も受けている朴木は苦しそうに喘ぐと、「分かった」と言った様子で何もない宙に手を伸ばした。
これで[魔坑核]が回収出来れば、それで任務完了だ。後は9層に残してきた3人と合流してこのメイズを脱出する。すんなりと歩いて脱出出来ればそれに越したことは無いが、場合によっては[転移石]を用いる準備もしている。
このメイズに来る途中に、「統情四局」の子飼いの連中が
ちなみに、[転移石]は中国国内の何処かのメイズで回収された物品で、2個の親石と10~15個の子石から構成される物の総称だ。石は親子ともに真っ黒な光沢のある立方体。親石は握り拳大で、子石は親指大という大きさになる。
使い方は簡単だ。1組1対の親石の片方を持って「転移」と念じれば、子石を所持する人物がもう片方の親石の場所へ一瞬で「転移」されるというもの。メイズからの緊急脱出の他に、誘拐などの用途にも用いることが出来る。ただし、何時でも何処でも使える訳ではなく、親子全ての石が「魔素の充満する環境」に存在している事が効果発動の条件になる。
「統情六局」はこの[転移石]を全部で3組所有している。それらの[転移石]は、オレ達のような工作班が任務中に所持している。その一方、片割れの親石は纏めて「魔坑開拓委員会」管理課の北京近郊の[大規模メイズ]5層に保管されている。つまり任務中に緊急脱出が必要になった工作班は、この[転移石]を使用することで速やかに本国本拠地のメイズに逃れることが出来る、という仕組みだ。
ただ、今回の任務でオレ達「第二工作班」は片割れの親石ごと日本に持ち込んでいる。その片割れの親石は、別動班の手によって今頃は関西地区の「小規模メイズ」内にあるだろう。緊急避難にリスクが生じているのは余り良い気がしないが、これは仕方がない事だった。
というのも、万が一[転移石]を使用して中国本国へ戻ってしまうと、その後の任務継続が困難になるからだ。実際には、日本へ再度入国する手段など幾らでも存在するが、何れも少し時間が掛かってしまう。その一方で、オレ達の班に課された
現在進行している任務は2つ。1つは【解読】スキルの複写を行い、元の所有者を抹殺すること。ただ、こちらの任務は李中将が無理くりに押し付けて来た感じのある「余計な」任務だ。
ただ、実際は朴木が持っている[魔坑核]1つで済む話ではなく、本国から持ってきた2つを合わせて3つになっても、まだ足りない。後3つ4つ程度を日本で回収しなければならない状況だ。その準備をどうしても
「ぐぅ……うぅ」
と、ここで宙に手を差しやった朴木が呻くような声を発する。見れば、その手は力なく床に垂れ落ちている。気を失ったか? 少し痛めつけ過ぎたか……オレはそう思い【千里眼】スキルを発動し、その朴木自身を鑑定する。結果は生命力を示す[生命点]が8/182という状況。先ほど郭の【回復魔法:上級】によって58/182まで回復したはずだが、あっという間に瀕死に逆戻りした状態だ。
「メグ……」
「うぅ……」
「早くしろ」
再び息を吹き返した朴木に、再度呼び掛けるオレ。朴木は、最早虫の息状態だが、懸命に右手を宙へ差し出す。苦痛と絶望の中で偽りの希望にすがるような表情だ。こんな顔をする人間をもう数えきれないほど見て来たオレは、少し嫌になって顔を逸らすと、遼・曹・郭の3人に目で合図を送る。
オレの合図を受けて、3人は今回任務の主武装である短機関銃[FN-P90]の銃口を床に横たわる2人へ向ける。【収納空間】から[魔坑核]を取り出したら、問答無用で引き金を引く体勢だ。裏切られたと知った人間が発する怨嗟の叫びは、出来れば聞きたくない。オレだって、人間なんだ……。
と、柄にもない独白を心の中に垂れ流した次の瞬間、俺は突然異変を察知した。
「っ? なんだ?」
ズキンと脳髄に痛みが走る。オレの【千里眼】スキルが不意に警鐘を鳴らした証拠だ。不意打ちのような痛みに一瞬たじろぐが、それを跳ね退けて「なんだ?」と意識を集中する。警鐘の理由は直ぐに分かった。1つ上の9層で、相当数の武装集団が10層へ降りようとしている。その事をオレの【千里眼】スキルは見抜いたのだ。
実際のところ【
ちなみに、オレはこのスキルを【看破】スキルに
と、それはさておき、襲撃されるなら迎え撃つだけの話になる。恐らく相手は日本の警察。数は20人。装備の感じからSATだろう。ならば装備している銃器はドイツのMP-5系。恐らく米国企業が開発した9mmMiZを使用している。こちらが使用する「5.7mm魔装特弾」の方が優れている。
「日本の警察だ。3人とも対人戦闘準備、敵は20!」
オレの合図に応じて、3人は床へ向けていたP-90の銃口を10層降り口へ向けると周囲の障害物の影に散開する。朴木と金元の身体は曹と郭が
「――ッ、来るぞ!」
次の瞬間、10層へ降りる階段に黒っぽい装備を身に着けた集団が姿を現す。集団は、素早く10層に降り立ったが、そこで周囲に散乱した障害物に動揺したようで、一瞬動きを止めると、慌てたように左右の大型バスの影に身を隠した。10層の状況に混乱しているのだろう。ならば、仕掛けても良いはずだ。
「郭、【暗黒場】を!」
オレの指示に応じて、郭がスキルを発動。次の瞬間、階段降り口付近が重苦しい暗闇に包まれた。そして、
「曹と遼は左右から前進して奴等を中央へ追い立てろ、オレが狙撃する」
そう指示すると、FN P-90の独特なストックを肩に当てて頬付けし、サイトを覗く。前方には不自然に濃い暗闇が重たい霧のように
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