*69話 聞き分けが悪いメイズ・ウォーカーズ

 

 あの後3分ほど頑張ったが、結局、俺と岡本さんは地上へ戻る事を承諾させられていた・・・・・・・。全然、全く、毛の先ほども、納得した訳ではないが、


「俺も行きますよ!」


 という自分の主張が、結果的に里奈を困らせてしまっていることに気が付いたからだ。それに加えて、赤竜・群狼の面々からは「早くカズを運ばないと――」というプレッシャーもあった。何と言うか、自分の主張が「理の無い」駄々をこねているだけのように感じられてしまったわけだ。そうなってしまうと、強く主張しようにも何処かで弱くなってしまう。


「遠藤さん、貴方が彼女を心配する気持ちは分かるが、我々だってプロだ。この先は任せて貰いたい」


 と言う隊長さん(何となく俺と里奈の関係性を見抜かれていた)と、


「コータ、大丈夫よ。上で待ってて」


 と言う里奈に対して、「それでも――」とは言えなくなってしまった。こういう所が我ながら情けない。


 結局は、


「大島さんと水原さんの班も同行してください。8層に残してきた人の事も考えると、多分彼等だけだと手が足りないから」


 という里奈の指示になり、それに大島さんと水原さんが従う事になった。


 その結果、俺と岡本さん、大島班、水島班、赤竜・群狼第1PTの健在な面々の合計16人が、重傷者1名(カズ)とガムテ芋虫3人を運んで、先ずは8層を目指す事になる。


「課長、大丈夫かな?」

「……大丈夫だろ、強い人だし」


 とは、道中の大島さんと水原さんの会話。彼等からすると、里奈は直属の上司ということになる。上司命令だから従っている、という風だが、実際は不承不承ふしょうぶしょうに命令を承諾した感じだった。結果として彼等も彼等なりに先へ進んだ里奈を心配している様子。


 階段を上り、8層に到着した時には、またひと悶着があった。ヨシアキと合流した赤竜・群狼第1PTの面々は、同時に変わり果てた姿になったケイとヒデトにも対面する事になったからだ。


 勢い、彼等の感情はまたたかぶるが、今度は大島さんと水原さんの班がガムテ芋虫3人をガッチリガードしているので手を出せない。だから、行き場の無い怒りをメイズの床や壁にぶつける事になる。見ていてちょっと辛い光景だった。


*********************


 その後、俺達一行は8層を粛々と進む。ヨシアキが言うには「モンスターのリスポーンまで40分ほど時間がある」ということだ。なので、再湧き・・・までは少し余裕を残して7層へ上る階段口へ到着することが出来た。


 ただ、この後7層の道中では途中からモンスターがリスポーンすることになるだろう。この日の最初に7層を通過した保田達の情報から、そういう事になると分かった。しかし、


「7層のモンスターくらいなら、自分と水原で何とかできますよ」


 と言う大島さん。それに、


「オレ達も7層くらいなら全然平気だ」


 と言う保田以下赤竜・群狼第1PTの意見もある。


 一方、ガムテ芋虫3人と2人分の遺体、そして負傷者のカズを運ぶという件については、思ったほどの重労働にはならなかった。元々が[魔坑外套]による能力補正を受けている状態だし、それに丁寧に運ばれているのは2人分の遺体と負傷者のカズだけだ。他のガムテ芋虫は纏めてブルーシートの上に乗せられ、シートに括りつけたロープを引っ張ることで地面を引き摺るようにして運ばれている。ちなみに、ブルーシートとロープを貸してあげたのは俺だけど「そのリュック、妙にいっぱい物が入るんですね」というツッコミは無かった。


 とにかく、負傷者と遺体、それに拘束者を運ぶという労力はそれ程でもない状況。しかも、7層以降のモンスターには彼等だけで十分に対処できるという状態。なので俺は、


「岡本さん……」

「ああ……そうだな」


 と、岡本さんと目配せし合うと、


「じゃ、後はよろしく」

「また後でな!」


 ということで、彼等から離脱した。勿論、きびすを返して9層、そして10層へ向かうためだ。


 実は最初からこうすると決めていた。「大丈夫だから」と言われて「はいそうですか」で済むわけないだろ。本当の俺はそこまで聞き分けが良い男じゃない。なんせ苦節8年、いや中学からだからもっとか……とにかく、本当の俺はシツコイ男なんだ。


 そんな俺と岡本さんの背中には、


「頼みます!」

「頑張ってな!」

「お世話になりました!」

「あ、あの、ポーションのお礼――」


 などと言う、大島さん、水原さん、他赤竜・群狼第1PTの面々の声が掛かった。誰も引き留めないんだね。ちょっと、安心したよ。


(さぁ、レッツ、ゴーなのだ!)


 というのは、ハム太の【念話】。そんなハム太は背中のリュックの中でなにやら「ガチャガチャ、ガチャガチャ」と物を弄るような音を立てているけど……まぁ、いいか。急がないとな!


*********************


***9層 五十嵐里奈視点********


 大体の事情はハム太の【念話】経由で知ることが出来た。この場に至るまでに、「えっ、そんな事が?」という出来事もあったようだし、そもそも、このメイズの10層に元「赤竜・群狼」の朴木太一ほうのきたいち金元恵かねもとめぐみが潜伏している、というのにも驚いた。


 しかし、何と言うか、一番心が動いたのは、やっぱりコータは私の事を心配して「露払い」のように先にメイズに入った、と分かった事だ。まぁ、岡本さんも同じような理由で手助けをしてくれたみたいだから、そちらにも感謝はしているけど、やっぱりコータの方に意識が向く。正直な感想を言うと「余計な事をして」という思いが3割。残り7割は「うれしい」という感情だったりする。我ながら、随分と恋愛脳・・・になったものだと呆れるけど、うれしいんだから仕方ない。


 ただ、状況的にこれ以上コータや岡本さんの協力を仰ぐことが出来ないのも確か。思いつく限りの法令・規則を頭の中に引っ張り出してきても、今の状況でこれ以後の行動・・・・・・・に対する協力を[受託業者]に要請することは出来ない。一旦「犯罪」が絡むと、「高濃度MEO事象」や「乙状況」のように[受託業者]に協力を要請することが出来ない、というのが現行の規則だ。まぁ正確に言うと、「出来ない」のではなく「そんな規則が無い」という事になるのだけど……結果は同じ事になる。


 コータの方は随分と主張を強くして私達に同行することを申し出てくれたが、私としては、その気持ちだけでもう十分。寧ろ、私が知っている(と思っている)普段のコータからは想像できないくらい食い下がっていた印象さえある。


 コータってこんなに我を張るタイプだったっけ? という不思議な感じを覚えたほどだ。


 それでも結局、コータ達は負傷者や拘束者を地上に送り届けるという名目で別行動を承諾した。ただ、別れる間際もコータは「納得していないぞ」と分かる視線を私の方へ向けて来た。


 変な話だけど、そんなコータの視線に、私は2重の意味でゾクッとする感覚を得た。1つは「あ、これって納得していないパターンだな」というもの。流石にその辺は付き合いが長いので分かる。ただ、もう1つの感覚は、何と言うか……慣れない感覚だった。身体の芯がブルッと震えるようで、妙に後を引く意味不明な感覚。慣れないけれども嫌じゃない。そんな感じだった。


 ただし、いつまでもそんな感覚の余韻に浸っては居られない。結局私はコータが「何か企んでいるかもしれない」と思い、大島さんと水原さんの班に彼等のサポートを頼んだ。万が一途中で引き返そうとしても、大島さんと水原さんなら止めてくれるだろう。そう考えての事だ。


*********************


 彼等の後ろ姿を見送ると、気持ちを入れ替えて今後の行動へ意識を移す。改めて考えるまでもなく、状況は意外な展開を見せていると分かる。


 特に朴木さんと金元さんの件に関しては、金元恵が例の「壁面文字列」を読み解くことのできる【解読】スキルを習得して、日本政府に協力したという話は噂程度に聞いていたけど、それが遠因となってこんな大事・・・・・に発展するとは思いもしなかった。今でもちょっと現実感が乏しいくらいだ。大体「中国の諜報機関」とか、一体どこのB級……いや、C級映画のシナリオなのよ、と思う。


 しかし、その一方で「ただの殺人未遂事件」が「甲状況」に指定されたという不自然さに納得がいったような気がするのも確か。今の情勢を考えれば、「壁面文字列」の解読が出来るスキル保持者は、それだけで重要人物に該当するだろう。その金元恵人物が関連する事件だからこそ、「甲状況」という訳だ。


 それに、10層へ降りる階段近くまで到達した時点で


「10層への進入は音響閃光弾を使用する。以後は1,2班が前進、3班と4班は左右に散開し速やかに制圧する、いいな。発煙弾の使用は状況次第、むやみに使うなよ」


 と、隊員に指示を出している隊長さんとその部下達の妙に動揺の少ない態度も、今となっては納得が出来る話だ。


 現在の状況は、「殺人未遂事件の被疑者確保」として始まった一連の作戦が、既に[受託業者]2名の殺害を確認して「殺人事件」となり、今では「10層に居る2名に対する拉致の阻止、救出」にまで発展している。時間が経つにつれて刻々と状況が変化している訳だ。なのに、この隊長さんは、


「金元恵については、確実に安全を確保するように」


 そんな指示まで出している。まるで最初からそこに彼女が居る事を知っていたような感じだ。恐らく、全員が事前に顔写真などで人相風体を確認しているのだろう。


 正直に言って「気にいらない」。最初から全てを話してくれたとしても、[管理機構私の側]の対応は変わらなかっただろう。だったら初めから言ってくれればよかったのに、と思う。警察の連中が権威的で高圧的なのは今に始まった話じゃないが、それに加えて秘密主義的な要素が揃うと、もう一緒に行動する相手としてはふさわしく感じられない。


 本当に……


(気に入らないニャン――)


 ん? やっぱり、ハム美もそう思う?


(いや、そっちの話じゃないニャン……う~ん、でも気に入らないニャン)


 唸るハム美。一体何が「気に入らない」のだろう?


(なんだか……見られている気がするニャン……)


 ……ここに来てホラー要素追加とか……勘弁してほしい。特にホラーだけは、どうにか勘弁して欲しい。


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