*68話 合流、そして……


 大声と共に姿を現したのは、自分で「警察だ!」と名乗らなければ何者か分からないような厳つい装備をした集団。濃紺と黒を基調としたタクティカルな見た目は飯田が好きそうな装備に見える。所謂いわゆるSATとかいう警察の特殊部隊なのだろう。


 そんなSATの方々は全員で20人くらい。装備もさることながら、いきなり機関銃(?)の銃口を向けてくる感じも中々に威圧的。ただ、今日1日で何度も銃口を向けられる状況を味わっている俺としては、思わず文句を言いたくなる。「こっちは善良な市民なんだぞ。税金だって納めているんだ!」と言いたい。特に今年分の納税額は凄い事になりそうだから尚更だ。


 しかし、俺がそんな文句を言おうとする寸前、それを押しとどめるような【念話】と生の声が両方同時に響いた。


(コータ様、お久しぶりニャン!)


 【念話】の方は、さして久しぶりでもないハム美のもの。一方、生の声の方は、


「コータ!」


 という、里奈の声だ。


 里奈の声と同じタイミングでSAT隊の隊長格と思しき人物がサッと左手を挙げる。するとこちらを向いていた銃口が一斉に下を向く。(結果として文句を言い損なったが、まぁいいか)


「事情をお聴きしたい」


 そう言う隊長さんは、こちらの全員を見渡した後、地面に転がっているガムテ芋虫3人を見て、


「それは?」


 という疑問を、何故か俺に向けて来た。


*********************


 「事情を聴きたい」という隊長さんとの会話は、実はそれほど時間が掛からなかった。


 この時点で、俺は10層に潜伏しているという朴木や金元の事も気になっていたが、それをどうやって伝えようか? と思案する状態だった。ハム太経由で里奈には伝わったが、その一方で、全体を仕切っている感じの「隊長さん」に上手く状況を説明する手段がなかった。


 いきなり「10層に朴木と金元っていうヤツがいて、その内、金元が持っている【解読】というスキルが狙われているみたいです」などと言っても、「なんでそんな事を知っているんだ?」となる。そうなると、田中社長や谷屋さん絡みの話をしなければならない。その結果として、特に田中社長に迷惑を掛けてしまう気がして憚られるのだ。


 ただ、その一方で、先程の戦闘を経た結果、朴木と金元を追っている奴等(そこに転がっているガムテ芋虫3人を含めて)は剣呑な手段を辞さない構えだとも分かった。ならば田中社長云々はとりあえず脇に置いても、朴木と金元の安全を考えれば素直に言った方が良いか? 


 と、そんな感じの葛藤をしていた訳だ。ただ、俺の葛藤は結果として取り越し苦労・・・・・・だった模様。というのも、思わぬところから事情を説明してしまうような声が上がったからだ。それは「赤竜・群狼」クランの第1PTのメンバーの発言だった。


「たぶんアイツ等、朴木さんと金元さんを探しているんです」


 とのこと。思わず「え?」と声が出た(見ると、里奈や岡本さんも同じ感じだった)。というのも、今の「赤竜・群狼」クランの面々は殆どスキルらしいスキルを持っていない。多分だが、ドロップした[スキルジェム]を売る事に注力しているからだろう。そんな彼等が【読心】や【直感】的なレアなスキルを持っているのか? と意外に思った訳だ。


 ただ、この発言は【スキル】による恩恵ではなかった。では、それがなぜ分かったかと言うと、


「アイツ等、永州話っていう可成りマイナーな中国語の方言で話していたんですけど、オレの婆ちゃん、そこの出身なんですよね」


 とのこと。実に単純な話だった。


 なんでも中国語の方言というのは日本語のそれよりも可成り個性が強烈で、マイナーな方言になると同じ中国人でもサッパリ意味が分からないことがあるそうだ。そんなマイナー方言の1つを7人組の男達は使用していた。


 まぁ「赤竜・群狼」クランのメンバーは在日3世やその親族が多いと聞くので、中国の諜報機関(たぶん統情六局)から来た彼等は、仲間内の会話の内容を知られないようにするため、ド・マイナーな方言をつかったのだろう。もしかしたら、元々そう言う風に取り決められていたのかもしれない。


「オレも完璧に分かる訳じゃないし、奴等は小声だったからしっかりと聞き取れた訳でもないんですが、『2人は10層だろう』とか、『収納には十分に注意しなければならない』とか『女が持つ解読が重要だ、複写してしまえば後は殺しても構わない』とか、『男が持つ核も回収しなければ』とか、そんな感じの事を話していました」


 とのことだ。「聞き取れない」とか言いつつも、結構ガッツリ聞いていた感じだ。


 とにかく、収納とか解読というスキルの名称が出ていて、それに男女の2人が目標だと分かれば、他の事情を知らない「赤竜・群狼」クランのメンバーも、それが自分達の元リーダーである朴木や金元を指していると分かるのだろう。


 ただ、彼の証言の中には「ん?」と思う内容も含まれていた。それは「複写」とか「核」という言葉だ。その内「核」というのは、多分朴木が持つ[魔坑核メイズコア]のことだろう。それを持っているから、朴木はメイズの外でも【収納空間】というスキルが使える。ただ、メイズの外でも[魔素力]を発散する[魔坑核]に、それ以上の利用価値があるとは思えない。そして、もう一つ気になるのが「複写」という言葉。明らかにスキルを複写しそうな感じがする。そんなスキルが存在するのか?


(【封止】の上級バージョンとして【封印】というのは知っているのだ。でも、吾輩「複写」というものは知らないのだ)

(【スキル創造】で大輝様が【強奪】という仮スキルを造った事はあるニャン)

(え? 吾輩は知らないのだ?)

(あの頃のお兄様はレーナ様の護衛として聖騎士隊に居たニャン。だから知らないニャン)

(なるほど、北方遠征の頃の話なのだ)


 一部付いて行けない内容がある2人(匹)の【念話】だ。たしかレーナという女性は大輝の奥さんでアメリアの母親なはず。ハム太はそんなレーナさん(?)の護衛に回っていた時期があったのか。ハムに歴史ありだな……って、そんなことよりも、大輝ってスキルを造る事が出来るのかよ。どんだけチート能力なんだ!


(コータ様が考えるほど便利な物じゃないニャン。色々制約があるニャン。【強奪】のつもりで作った仮スキルも結局、相手のスキルを奪う事は出来なかったにゃん。写し取って同じスキルが2つに増えるだけニャン。お陰で廃都コルネリアの大規模魔坑40層では、番人モンスターの「腐魔鬼」と大輝様の間で即死スキル【言霊:即死】の撃ち合いになったニャン)


 即死スキルの撃ち合いって……しかも言霊ことだまか……もしかして「シね!」「そっちこそシね!」っていう口喧嘩だったり……しないよな?


(……)


 なに、今の間は?


(と、とにかく仮スキルの【強奪】は相手のスキルを写し取るものだったニャン。だから【複写】と言えないことも無いニャン。……そういえば、大輝様は同じ【スキル創造】で【魔素干渉】という仮スキルも造っていたニャン。アレってよく考えると、今の里奈様の【操魔素】に似てるニャン……)


 う~ん。まさか、アッチの世界・・・・・・で大輝が創造した仮スキルがコッチの世界・・・・・・でスキル化しているって事は……どうだろう? あるのかな?


(分からないニャン)

(吾輩には、訊いてもくれないのだ……)


 なんだか悔しそうなハム太は置いておくとして、そうか、まぁ分からないけど否定は出来ないって感じだな。そうだとしたら、今度大輝と交信する時に、向こうで便利そうなスキルを創造してもらおうかな? ……って、そういえば、今月の新月っていつだっけか?


(12日ニャン。もう終わったニャン)


 あちゃ~、丁度「荒川運動公園メイズ」に行っていた時か……


(大丈夫ニャン、私が対応したニャン)


 え? いつの間に?


(田有のアパートは勝手知ったる懐かしの我が家ニャン、中に入るのなんて造作もないニャン)


 そ、そうか……で、大輝は?


(交信は相変わらず不通だったニャン)


 そうだったんだな。ありがとうハム美。


 ちなみに、俺が大輝との交信を忘れていた事や、それが不通だったことをハム美が特に言ってくれなかったのは、浮かれた感じの俺や里奈に水を差すのが嫌だった、とのこと。「盛り上がり始めた2人に、大輝様の心配は無用ニャン、野暮ニャン」との事だが、まぁ、生暖かい目でずっと見ていたんだろう。


 と、この時の俺はそんな【念話】を2人(匹)と交わしていた。そのため、意識が随分と内側に向きっ放しだった。だから、不意に自分の名前を呼ばれた時は、「ハッ」となって現実に引き戻された感じになった。


 俺の名を呼んだのはSAT隊の隊長さん。彼の言葉は、


「岡本さん、遠藤さん、これまでのご協力ありがとうございます。以後は我々が引き受けますので――」


 というものだった。いつの間にか、SAT隊の隊長さんの話はそんな結論めいた所に達していたようだ。


「怪我人とこちらの方々と、後は拘束した者達も一緒に、地上まで護衛しつつ退避願います」


 隊長さんは、そう言いつつ「赤竜・群狼」クランの面々や床に転がったガムテ芋虫の3人へ視線を向ける。うん……まぁそうなるかな?


「そっちは? この後どうするんだ?」


 対してそう言うのは岡本さん。この岡本さんの質問に対して隊長さんは、


「我々は残り4名の被疑者確保を優先しますので、先へ進みます」


 と答える。そして、


「五十嵐さん、行きましょう」


 と、里奈達を促して先へ進もうとする。その様子に俺は思わず、


「いやいやいやいや、ちょっと待ってよ」


 と、彼等の行く手を遮るように前に立つことになった。


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