*67話 応急手当て


「いててて! 痛いってぇ!」

「耳元で叫ばないでください、手元が狂います」

「わかっ―― いてぇ!」


 というのは、俺と岡本さんのやり取り。場所は相変わらず9層中盤手前の広間。3人の男達との戦闘は終了しており、今は銃弾を受けた岡本さんへの応急処置中だ。


*********************


 岡本さんの胸部を守っていた[試作甲型1式体幹装甲]は、ブラックレザーの市販品ライダースベストの上にアメフト用のショルダープロテクターを被せて縫合とリベット止めで結合したような構造をしている。強化プラ製のプロテクターが肩から胸を守り、レザーベースのベストにステンレス製の薄板を張る事で腹部と背部を防御するという構造だ。肩の部分にあしらわれた必要性の無いトゲトゲスパイクがワンポイントとして「岡本さんらしさ」を主張している。かなりパンクテイストな外観だが、デザイン監修は飯田の彼女(でいいんだよな?)で美人コスプレイヤーの片桐さんだったはずだ。


 ちなみに、現在[受託業者]向けとして大手スポーツ用品メーカーや海外メーカーのプロテクターが日本国内に出回りつつある。飯田の飯田金属(株)のように国内の中小企業が参入するパターンもある。そんな状況だが、アメフト用のショルダープロテクターやヘルメット、後はバレーボール用のエルボー・ニーパットは依然として一定の人気を集めている。


 例えばアメフト用のショルダープロテクター等は、元々人間同士が全力で衝突する事を想定しているため、ハードシェルの内側には「これでもか」とウレタンスポンジが盛ってある。その上、ハードな全身運動を前提に作られているため、動きやすさの阻害も最低限に留まっており、下手な海外メーカーの安物プロテクターよりも「安くて有能」という評価なようだ。


 そんなアメフト用ショルダープロテクターをベースに作られた岡本さんの[甲型1式体幹装甲]だが、残念なことに防弾性は皆無。まぁ当然といえば当然の話だけど、この装備が登場した去年の11月頃 ――丁度[DOTユニオン]で行動を始めた頃―― は、まさか自分達に銃口が向けれらる事態が訪れるとは思っていなかった。いかに【直感】スキル持ちの飯田といっても、そこまで見通すことは出来なかった訳だ。


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 俺は痛がる岡本さんを半ば無視して上半身のプロテクターを外す。プロテクターの右胸の部分に親指大の穴が開いているので、銃弾はここを貫通したのだろうと分かる。プロテクターを外すのは胸の前を通っているジッパーを下ろすだけなので簡単だ。それで、ガバッと開いたプロテクターの下には白いカッターシャツの胸元に広がる掌大の血痕。血痕の中央には小指大の小さな穴が2つ開いていた。


 ん? なんで2つ?


(弾丸が砕けたのだ。岡本殿の[魔坑外套]、【戦技(前衛職)】による防御補正、【防御姿勢】スキルによる上乗せ、ポリカ盾、鎧の全部で5層の守りを突破したのだ、砕けて当然なのだ)


 なるほど、と思いつつ、俺は岡本さんのカッターシャツの前を開く。その下のシャツは面倒なので襟首を引っ張って無理やり広げた。ビリッという音と、岡本さんの「いててて」という声が響く。なんだか変な趣味に目覚めそうで、俺は努めて事務的に手を動かす。流石に「ウホッ!」とはならないが……世の中、何処に新世界へ通じる扉が有るか分からない。用心に越したことは無い。コワイコワイ……


 と、そんな感じのふざけた思考が出来るというのも、この時点で俺は岡本さんの傷が「それほど重傷じゃないだろうな」と分かっていたからだ。安心した、という気持ちになる。といのも、弾が当たった場所は右胸の中央上より、ドンピシャで肺の上部に当たっているハズの場所だった。でも、当の岡本さんは普通に「痛い」と文句は言うものの、特に息苦しい感じは無い。


 果たして、傷は予想通り大したことは無かった。


「ど、どうなってる?」

「2つに割れた弾が刺さってます」

「マジ……オレ、死ぬの?」


 それで岡本さんの顔色が一気に蒼褪めるが、「刺さっている」というのは文字通り「刺さっている」だけだ。この場所に達するまでに色々な物(ハム太の言う5層の防御)を貫通した結果、弾丸は威力を殺され2つに砕けた上で、頭の先10mm弱ほどが岡本さんの強靭な大胸筋に突き刺さっている感じに見える。出血もドクドクと血が溢れる、なんてものじゃなくて、傷口からジワッと染み出てくる感じだ。


「取っちゃいますね」

「い、痛くしないで……」

「……」


 それにしても、今の岡本さんの様子はリアクションに困るものがある。まぁ角度的に岡本さんは自分で傷の具合が良く見ないから仕方ないか。多分視界の端に真っ赤に染まったシャツが見えるだけだ。出血の具合も良く分からないだろう。それに、生まれて初めて銃に撃たれれば、まぁ誰だってパニックになる。ここで、「大丈夫です、軽傷です」と言うやり取りをするよりも、サッサと手を動かして処置を終えよう。


 ということで、俺はハム太にピンセットを出してもらうと、それで2つに割れて突き刺さった弾丸の後部をつまんで無造作に引き抜く。

 

「お、終わった?」

「終わりましたよ。ポーションも要らないくらいですよ」


 その後、俺は摘出した(というのも大袈裟な)2つ割れの弾を岡本さんに見せ、念のためハム太に【回復(省)】を頼み、傷口を塞ぐ。それでようやく岡本さんは、


「……助かった」


 と、普段の調子を取り戻していた。


 一方俺は、そそくさとプロテクターを身に着ける岡本さんの様子を見つつ、今の事は忘れようと思った。「リーダーの威厳」的にも……


(それが良いのだ)


 だよな。


 ただ、岡本さんが負傷した件について、俺は十分に反省しなければならない。殺す気で向かってくる相手に妙な手加減をした結果が招いた事態だ。今は軽傷で済んだけど、これがもしも重傷だったら……そう考えると、自分の甘い考えに今更ながらゾッとする。


(次に生かすのだ)


 仰る通りです。


*********************


 岡本さんの怪我の手当てはそんな感じで無事終了した。


 ちなみに、俺の手加減から端を発した負傷について、岡本さんは文句を重ねて言う事は無かった。ただ、


「気を付けろよ」


 と言ったのみ。一方、俺の方は、その時点で既にハム太から散々に「お小言」の【念話】を貰っていたので、


「そうします」


 としおらしく答えた。


 これで俺と岡本さんの方は済んだが、その一方「赤竜・群狼」側の負傷者はそれほど軽い状態ではなかった。


 現に、俺と岡本さんが広間に飛び込んだ時点で、既に3人が負傷しており、追加で2人も怪我を負った状態だった。そんな彼等の内、先に負傷して床に倒れ込んでいた3人がやはり重傷だった。3人の内2人は刃物や鈍器の攻撃で昏倒しており、残り1人は銃撃を受けていた。そんな中、銃撃を受けた1人の状態が一番悪い。丁度8層で出会ったヨシアキと状況が似ている。


「カズ、しっかりしろ!」


 カズと呼ばれる銃撃を受けた重傷者(「群狼第1PT」の今のリーダーらしい)以外は、俺が渡したポーション類([回復薬]の[中]とか[大]とか)で回復している。しかし、カズだけが目を覚まさない状況だった。


(腹に1発、弾は貫通しているのだ。でも、出血がひどいのだ……)


 そう【念話】で伝えてくるハム太は、同時に「助からないかもしれないのだ」という弱気な見込みを伝えて来た。


「クソッ! なんでこんな事に!」


 とは、「赤竜第1PT」のリーダーを務める保田という男の声。保田自身も肩口に剣による刺突を受けていたが、今は回復している。


「お前等、一体なんなんだよ!」

「くっそ……」


 一方、健在な他のメンバーは、先程まで対峙していた3人の男達へ怒りの矛先を向ける。


 ちなみに3人とも、俺が(ハム太の【収納空間(省)】から)取り出したガムテープや結束バンドによってグルグル巻きに拘束された状態で床に転がっている。その内、俺が両手首を斬り落とした【封止シーリング】持ちについては、傷口をこっそりハム太の【回復(省)】で塞いでいるので死ぬことは無いと思う。でも【封止】スキルを含めて、全員が厄介なスキルを持っているので、3人とも目も口もガムテープでぐるぐる巻きにされた状態だ。ウンともスンとも・・・・・・・・言わないのは気絶しているのか、喋れないのか……


 とにかく、怒りが収まらないメンバー達は、そのはけ口として床に転がったガムテープ芋虫状態の3人へ向かう。対して、俺にも岡本さんにも、その行為を止める義理は無いが……流石に止めないとやり過ぎてしまう・・・・・・・・感じだ。


「やめろって、そんな事をしても仕方ないだろ」

「それよりも、カズだっけか? 早く上に運んだ方が良い」


 俺と岡本さんはそう言って、彼等を押しとどめる。それでも頭に血が上った彼等は止まる様子が無い。


「お前等やめろよ! 上にヨシアキが居るから、一緒に外へ行けって!」

「そうだ、アイツと合流して早く外へ向かえ!」


 と、ここで俺と岡本さんはヨシアキの名前を出したのだが、それで漸く彼等は暴力を中断してこちらの言葉を聞く体勢になった。


「ヨシアキ、無事なのか?」

「ああ、アイツは大丈夫だ」

「ケイと、ヒデトは?」

「とにかく、早く、そのカズを連れていけ」


 そう言う会話になる。そして、


「分かった……こいつ等も階段までは連れて行ってやろう」


 保田が全体を纏めるように言うと、後は健在な連中に俺と岡本さんも加わって、カズと他3体のガムテ芋虫を運び9層降り口へ戻る。


 その途中だった。不意に前方に大勢の人間が動く気配が生じる。丁度、8層へ上がる階段までもう少しというところだ。そして、


「全員動くな! 警察だ!」


 通路の先からそんな大声が上がった。


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