*66話 乗り越えたくない壁


 大八相から打ち下ろされた俺の木太刀は、細剣持ちの敵の肩口を狙った一撃。しかし、敵は左腕を盾のようにかかげて、その一撃を阻む。


――ガンッ


 手応えが妙に硬い。


 普段ならば受け止めた腕の骨を砕いてしまうような打撃のはずだが、恐らく敵は上着の袖の下に硬質装甲を持つ防具を装備しているのだろう。上手く受け止められてしまった。


「チッ」


 思わず舌打ちが出る。ただ、初撃を受け止められたとしても、まだこちらが有利だと判断できる。敵は[麻痺毒]からの急襲を受けて動揺しているような感じだ。今も、無理やり俺の一撃を受け止めた影響で、仰け反るのような姿勢になっている。結果として胴ががら空き・・・・だ。


「イヤァ!」


 がら空きの胴を見て、俺は咄嗟に「ぎ胴」を繰り出す。丁度、野球のバットを振るような感じになるが、野球のスイングと違い、腰を落として重心を下げつつ、深く一歩踏み込んだ横薙ぎの斬撃だ。


 ただ、その瞬間、仰け反っていたはず・・の敵は、俺の斬撃にタイミングを合わせるように姿勢を取り戻すと、そのままの勢いで打ち込まれる木太刀へ身体を投げ出すようにして突っ込んで来た。


 結果として、「がら空きの胴」はこの攻撃を誘発するためのフェイントだった。しかし、「アッ」と思った時にはもう遅い。俺は薙ぎ胴の一撃を止められず、そのまま横一文字に木太刀を振るう。対して、敵はそれを木太刀の鍔元付近で受けめてしまった。


 完全に打撃力を殺された状態で木太刀を受け止められ、俺と敵は押し相撲の格好になる。ただ、次の瞬間、


「うぉっ!」


 驚いた声を発して、床を転がったのは俺の方だった。


 押し相撲の体勢になった次の瞬間、木太刀を持つ俺の両手の間に何かがスルリと滑り込んだ。それが敵の細剣だと分かった瞬間、


(危ないのだ!)


 脳内に響くハム太の【念話】を待つことなく、俺は木太刀を放り出して床を転がった。あのまま反応が遅れていたら、俺は手首を掻き斬られた挙句、関節を極めれらて投げ飛ばされていただろう。現に「五十嵐心然流」にも組討ち技として、似たような技がある。それを知らなかったら、多分反応できなかった。


 俺は何とか床を転がって間合いを空ける。既に木太刀は放り出しているので両手は空だ。脳内ではハム太がしきりに、


(太刀を取るのだ!)


 と言っているが、俺はそんなハム太の【念話】を拒否するように、左手を前に突き出して【水属性魔法:下級】を発動。無数の水滴を散弾状にして敵に叩きつける。


「――ッ!」


 【水属性魔法:下級】による無数の水滴弾は、間合いを詰めようとしていた敵に対してカウンターのように効いた。敵は何か聞き取れない言葉を叫んで、両手で顔を守るような態勢になる。その敵の身体を水滴弾がバチバチと打ち据える。上着が裂けて、両腕に装備した防具が露出。肌が露出している箇所には、幾つもの小さな裂傷が出来始める。


 このまま【水属性魔法】で押し切れるか?


 俺は、そんな風に考えつつも、次々と魔法スキルを重ねて発動していく。[魔素力]にはまだ余裕がある状況だ。


 出来れば太刀[魔刀:幻光]やカタナソード[陽炎]は使いたくない。真剣を人間に向ける行為は、なまじっか・・・・・「五十嵐心然流」を学んだ身としては忌避感が半端ないんだ。勿論、そんな俺の考えをハム太は、


(甘いのだ、甘すぎるのだ!)


 と非難してくるが、結局、目の前の敵を黙らせれば良いのだろう。だったら【水属性魔法魔法スキル】でこのまま押し切れば――


(だ、か、らっ! そんな考えが甘いのだ! 敵のスキルを忘れたのだ?)


 え? と思った瞬間だった。不意に魔法スキルの手応えが無くなる。


「え? あっ!」


 その感覚とハム太の【念話】によって、俺は目の前の敵が【封止シーリング】というスキル封じ・・・・・スキル・・・を持っている事を思い出した。


(今更なのだ!)


 頭の中には非難するような呆れたようなハム太の【念話】が響くが、もうそれどころではない。


 目の前には、先程まで【水属性魔法】の水滴弾に耐えていた敵。ただ、今は勝ち誇ったような目を此方へ向けている。そんな敵は、おもむろに、ボロボロになった上着の懐に手を入れ……黒光りする拳銃を取り出し、それを俺に向ける。


「くっ」


 俺は、本日2度目となる、自分にピタリと向けられた銃口を前に息を詰める。どうする? 【隠形行】で姿を隠すか?


(こちらを注目している敵に【隠形行】は効かないのだ。それに、下手に見せると封じられるのだ)


 くそ、手詰まりかよ……敵と俺との距離は4m。どう考えても外してくれそうにない距離だ。くそ……。


 俺が内心で苦く舌打ちする間も、拳銃を構えた敵は狙い定めるように銃口を微妙に動かす。そして、引き金に掛かった指に力が籠り――


「お前の相手はコッチだ!」


 その瞬間、【挑発】スキルの効果を伴った岡本さんの声が響いた。


*********************


 岡本さんは、俺の後に続いて広間に飛び込むと、[麻痺毒]の影響を受けた敵2人を引き受けていた。[赤竜・群狼]クランのメンバーを背中に庇いながらの大立ち回りだった(後から赤竜・群狼のメンバーに聞いた)そうだ。


 そんな岡本さんは、俺のように甘々な手加減心は初めから持っていなかったようで、麻痺毒にやられた敵の1人を早々に[飯田式フランジメイス]で殴りつけて昏倒させた。しかし、そのタイミングで残りの1人が[麻痺毒]の効果から復活し、岡本さんとその敵は拮抗する実力で対峙することなった。


 ただ、そうやってピンチに飛び込んで来た岡本さん(赤竜・群狼のメンバーからすると見覚えのある[チーム岡本]のリーダー)の登場に、無事だった赤竜・群狼のメンバーが戦闘に加わる。結果として「岡本さん+4人vs敵1人」という構図が出来上がっていた。


 そのタイミングで、岡本さんは俺のピンチに気が付き【挑発】スキルを発動した訳だ。


 その結果、


――パンッ


 やけに乾いた音が響き、拳銃は白っぽい煙と共に銃弾を吐き出す。[魔坑外套]をものともしない特殊な銃弾だ。それが、岡本さんのポリカ盾に直撃し、


――バシッ


 と表面に振るわせつつ、蜘蛛の巣のようなひび割れを作る。そして、


「うっぅ、くそ!」


 岡本さんは呻き声と共に膝を折った。


 銃弾は岡本さんの[修練値]843の[魔坑外套]とポリカ盾を貫通し、飯田金属製の[試作甲式1型体幹装甲]の胸に親指大の丸い穴を穿っていた。


「岡本さん!」


 堪らず俺は叫ぶように岡本さんを呼ぶ。だが、目の前の敵は、未だ【挑発】の効果が続いているのだろう。叫ぶ俺には目もくれず、蹲る岡本さんに狙いを定め、再び引き金の指に力を籠め――


「うおぉっ!」


 その瞬間、俺は人に真剣を向ける忌避感など完全に忘れ去った状態で[魔刀:幻光]の鞘を払い、そのまま右手一本で太刀を切り上げるように振り抜く。


――カ、カンッ


 と白木を払うような軽い手応えと共に、今まさに発砲しようとしていた敵の両手が拳銃を掴んだまま宙を舞っていた。


(最初からそうすればよかったのだ……まったく、大輝様も最初の頃はアレだったが、コータ殿も気を付けるのだ)


 俺は、頭の中に響くハム太の【念話お小言】を聞き流しつつ、血濡れた切っ先を残り1人の敵へと向け、素早く一歩踏み出した。


 戦闘が終了したのは、その後直ぐの事だった。


 結局、最後に残った1人 ――【強化魔法】と【回復魔法】持ち―― は、自分の武器を投げ捨てて降参の意志を示すことになった。


 一方、撃たれた岡本さんは、


「痛ててて、あー、くっそ、産まれて初めて銃に撃たれた!」


 思った以上に元気だった。


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