*65話 麻痺薬コンボ!
8層にヨシアキを残して、俺と岡本さんは9層へ降りた。
冷静な頭と思考を以て熟慮するならば、恐らく警官隊か自衛隊のメイズ教導隊と一緒に後からやってくるだろう里奈達を待って、事情を説明する事が先決だったかもしれない。でも、流石にいつもいつも正解を選び続ける事は出来ない。それに、俺は、
「コータ、珍しく怒ってるな……珍しい」
と、岡本さんが指摘するように見えているらしい。
自分でも自覚がある。「琴線に触れる」という言い方があるが、多分、今の俺はその状態だ。
さして親密な関係でもない(というよりも、俺からすると、ほぼ今回が初対面な)ヨシアキが、仲間であり親友である2人の遺体を前にして呟いた言葉が、もろに俺の「琴線に触れた」としか言い様がない。
自分自身の体験 ――ずっと大輝を失ったと思っていた―― に照らして見て、ヨシアキが吐き出した呟きは
「そうかもしれないですね」
俺は、岡本さんにそう答える。
勿論、怒りだけが行動理由ではないつもりだ。[魔坑外套]を貫通して危害を加えることが出来る銃器を持っている相手と里奈が対峙する、その可能性一つをとってみても、後続の里奈達を待つことは出来ない。
一旦合流して事情を説明してしまえば、「後はコッチの仕事だから」と言う風になりかねない。これが
そうなってしまうと、危険に臨む里奈を手助けできなくなる。そうなるくらいなら「先へ進んでしまおう」という考えになる。こういった考えも又、俺が前に進む理由だ。
「まぁ、冷静にな……お互い様だけど」
対して岡本さんは、そう言うと俺の斜め前のポジションに陣取り、通路を先へと進む。「ここから先は俺一人で」とか、そんな面倒なやり取りは……必要無いし、意味が無い。岡本さんの揺るぎない背中が、「そうだ」と言っているように感じられた。
*********************
場所は9層を降りて、しばらく進んだ場所。モンスターの気配はない。その代わり、ついさっきまでモンスターとの戦闘があったのだろう、と感じさせる気配の残滓があった。俺の【気配察知:Lv2】でも十分に感じ取れるのだから、それほど時間が経過していないのだろう。
(前方、通路の先の広間に人の気配なのだ!)
「っ! 先の方に人です」
「そうか」
ハム太の【念話】による警告。それを受けて、俺はハム太の言う地点に意識を合わせるように集中しつつ、岡本さんに呼びかける。岡本さんが装備を持ち直す音がガチャリと響く。
(数は……)
「……9人、いや10人か」
「ちょっと数が少ない?」
「でも、それ位に感じられます」
確かに少ない。「赤竜・群狼」クランのPTは3人落伍してもまだ9人。その他には例の「7人組」が居るはずだから、16人の集団のはず。でも、実際に感じられる気配は10人弱だ。それにしても、妙に動き回っているから気配が安定しない。なんであんなにバタバタと動いて――って、
(この感じは、戦闘中なのだ! でも、モンスターの気配はないのだ!)
「……岡本さん、急ぎましょう」
「お、おう!」
人間だけの気配があって、それがバタバタと動き回っている、と言う状況は、とりもなおさず、戦闘中ということなのだろう。ハム太の意見も同じだ。ということで、俺と岡本さんは、通路を駆け出した。
*********************
全部で2回の曲がり角を経て、40m分の通路を走る。すると、通路の先に繋がった広間の入口が見えてくる。まだ継続中の戦闘はこの先の広間で繰り広げられている。ただ、先程まで10人だった気配が、今は9人に減っている。
(準備オッケー牧場、なのだ!)
空気感を無視するようなハム太の【念話】が頭に響く。ここまでの短い時間で、俺と岡本さんはハム太の【念話】を
チラと後ろを見ると、岡本さんは走るペースを落としている。それを確認したところで、俺は逆にダッシュを掛ける。広間に飛び込むのは、俺→岡本さん、の順番だ。
([ポーション]を取り出すのだ、落とさないように気を付けるのだ)
了解。と頭の中で返事をする。それと同時に、俺の右掌に小さな[ポーション]のビンが現れる。握った掌に出てくるから、モコモコモコという感触だ。それで、ハム太の【収納空間(省)】から取り出された[ポーション]を見る。内容は、[爆発薬:小][麻痺耐性:小][麻痺毒]の3つ。丁度、田中興業に売るつもりだったポーションの一部だ。
その内、俺は[麻痺耐性:小]を手早く服用。甘苦いドロッとした液体を無理やり呑み込む。そして【隠形行】を発動。同時に【能力値変換】で[敏捷]の値を上乗せして、更に加速しつつ広間に飛び込んだ。
「――ッ!」
広間に飛び込み、素早く状況を確認する。中で戦闘を繰り広げているのは【気配察知】の情報通り全部で9人。3人対6人の状況になっている。ただ、戦闘は3人側が押しまくっている状況。その証拠に、6人側の足元には床に転がった3人分の……生きているのか死んでいるのか分からない[受託業者]の姿がある。
(生死を気にするのは後回しなのだ!)
そうだな。ただ、分かった事は、3対6の戦いの6人側が「赤竜・群狼」クランのPTであること。そして3人側が元々「7人組」だった男達の片割れなのだろう。丁度、3人の男達は広間の出口側を背にして戦っている。
「くそっ、こんな奴等、魔法が使えれば!」
「危ない、保田!」
「うわぁ!」
人数的に1対2が3組出来上がっている感じだが、その内1組の戦闘で、均衡が崩れた。元々、実力差は歴然としていたが、防御一辺倒の受けに回っていた「赤竜・群狼」側の内、「魔法が云々」と毒づいたヤツが、敵(もう「敵」と表現しても良いだろう)の持つ細い剣に肩口を刺し貫かれて転倒。仲間の1人がカバーしようとするが、そちらも、素早い斬撃を腿や腕に受けて、あっという間に血塗れになる。
(なんと、楽しんでやっているのだ!)
細剣(レイピアというよりも、鞭のように
(敵は全員【戦技】持ち、奥のは【火属性魔法:中級】、真ん中は【強化魔法:下級】と【回復魔法:下級】、そこの細剣持ちは……【
了解! ちなみに【
と、ここで、俺は所定の場所に到着。【隠形行】を維持しつつ[敏捷]を引き上げた俺は、3人の敵の背後、つまり、広間の端を回り込む格好で出口と奴等の間に立っている。この場所でさっきのポーションを炸裂させるのが、まぁ、作戦とも言えないような「作戦」だ。
[麻痺毒]と[爆発薬:小]を同時に敵の直ぐ背後の床に叩きつけるように放り投げる。その結果、
――ボフッ!
籠った破裂音と共に薄黄色の麻痺の
「シェマ?」
「マビャオ、マァ!」
「ギャイシー!」
一方、3人の敵は、聞き慣れない言葉で驚きを表現している。ちなみに、この[麻痺薬]+[爆発薬]のコンボは、海外の[
ということで、俺は再度【隠形行】を使用。そして、右手に持ち替えた
(待つのだコータ殿、武器を――)
一瞬、ハム太の【念話】が俺を非難するように響くが、この時には既に、俺は大八相に構えた木太刀の間合いに敵を捉えていた。
(木太刀とは、実戦を舐めすぎなのだ!)
ハム太の【念話】と俺が木太刀を振り下ろしたのは、ほぼ同時の事だった。そしてこの後、俺はハム太の言葉の意味を思い知ることになってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます