*64話 ヒドイ奴等


「――それで、ケイとヒデトとオレの3人がゴブリンファイターの攻撃を受けてしまって――」


 そう話すのは、瀕死の重傷から回復した男(日村喜明ひむらよしあきと名乗ったので、ヨシアキと呼ぶことにする)の説明。想像した通り、9層へ降りる階段手前の広間でゴブリン集団との戦闘になり、その戦闘で重傷を負ったのだという。


 ちなみにヨシアキを含む3人は、[小金井緑地公園メイズ]の時にメイズ消滅作戦に参加していたが、俺達[DOTユニオン]と[赤竜・群狼]の彼等の間のコミュニケーションは希薄だったので、顔も名前も記憶に無かった。他方、ヨシアキは俺達を記憶していたみたいで、意識を取り戻して直ぐに、


「チーム岡本? ですよね」


 と口にしていた。


 それで、俺達の素性を理解したヨシアキが事情を説明してくれた、という事だ。


「太一さんとメグさんが居た頃は、緊急時に使える分のポーションなんかを持っていたんですが、今は全部『世話役』の奴等に取り上げられてて――」


 怪我を負った時の治療手段は[ポーション]類を使用するか【手当】や【回復魔法】といったスキルを使用することになる。それが出来ない場合は、止血などの応急処置を施して、速やかにメイズの外を目指すべきだ。ヨシアキの説明によると、今の[赤竜・群狼]クランの状況は第1PT所属の彼等であっても自由に[ポーション]類を使用できないというもの。なので当然の如く、「一旦メイズの外へ出よう」という事になったらしい。


 俺としては「そもそも回復手段が無い状況で、よくメイズに潜るな」という呆れた感想になるのだが、流石に今は言わずに留めておく。ヨシアキ側の(と言うより「赤竜・群狼」クラン側の)事情を完全に理解している訳ではないし、所詮他人事だから口を突っ込むべきではない。しかも今の場合はヨシアキの話がまだ続いている。


「それで、皆でオレ達3人を担いで戻ろうとしたところで――」


 ヨシアキはそう言うと、隣に横たわる仲間の遺体に目を遣る。2体の遺体(ケイとヒデト)の上半身部分には、惨い傷を隠すための白いバスタオルが掛けてある。ただ、乾ききっていない血が白いタオル地の表にまで染み上がって、逆に陰惨な印象になってしまっている。


「アイツら、突然『負傷者は放って置け』って。それで保田が抗議すると……パンパンパンて感じで……アイツら、軽い感じでオレ達を撃ったんだ」


 そう言うヨシアキは、悔しそうに声を籠らせて言う。


「アイツらってのは……7人組の?」

「そうです」

「前からの知り合いなのか?」

「いや、今日の午前、このメイズの入口に世話役達が連れて来て、初対面だった」

 

 ヨシアキの説明によると、7人組は本来7人ではなく11人のはずだったという。それが、何かの事情で4人が合流できなくなり、結局7人に数が減ったのだという事だ。その辺の詳しい事情は当然ヨシアキの知るところではないらしいが、その4人の合流を待つため、メイズへの潜行開始を「少し待たされた」とヨシアキは説明している。


 まぁ、そこら辺の経緯は良く分からないが、とにかく、ヨシアキ本人を含む手負いのメンバー3人を、その7人組は躊躇なく射殺しようとした、ということ。「躊躇なく射殺」と聞くと、どうしても谷屋さんがやった事とダブってしまうが、実際のところ、受ける印象は全く違う。


 谷屋さんの場合は、襲われた上での事。事後の安全を確保するためのやむを得ない対処だった(と思う)。一方、ヨシアキ達を撃った7人組は、まるで味方を背後から撃つような感じに思える。


 恐らく、7人組は目的である金元恵かねもとめぐみの確保を達成するため、障害となる朴木太一ほうのきたいちの排除を考えている。そのための手駒として、彼等と面識のある[赤竜・群狼]クランの第1PTの面々を使おうとしているのだろう。そう考えると随分と嫌らしい発想をするものだと思う。


「どうする? 7層に居る仲間の所に送って行くか?」


 一方、粗方の説明が終わってグッタリとしているヨシアキに岡本さんはそう問いかける。これに対してヨシアキは、


「いえ、先に行った仲間も気になるし、ケイとヒデトをこのままにもしておけないから、ここに居ます」


 とのこと。まぁ、この場所は階段がすぐそこ・・・・に見えているから、恐らくヨシアキは9層へ降りる階段に退避するつもりなのだろう。


「分かった、コータも……」

「良いですよ、取り敢えずこの2人を階段まで運びましょう」


 その後、俺と岡本さんの2人で2人分の遺体を階段へと運び込む事になった。随分と嫌な作業だ。ヨシアキが声を詰まらせて感謝の言葉を述べるのも、どうにも胸を締め付けられる気がして切ない。


 ちなみに、メイズ内に放置された死体は12~24時間程度で風化してメイズに吸収されるように消えるらしい。それが階段という「疑似セーフゾーン」でどのように変化するか分からないが、まぁ、後追いでやって来る里奈達が適切な処置をするだろう。


「こいつらとオレって、小学校からの付き合いなんですよ」


 そう言うヨシアキは、冷たくなった遺体の肩の辺りをポンポンと叩いて言う。


「あーあ、リンちゃんとマキちゃんに何て言おうか……それに、お前等のお袋さんも親父さんも……おい、どうすんだよ? ケイ、ヒデ……」


 俺や岡本さんに話し掛けているのか、それとも独り言なのか、ヨシアキは答える相手の居ない言葉を発している。その様子に、どうにもいたたまれない・・・・・・・気持ちになる。これが、モンスターとの戦いの結果なら「実力を見誤った」とか「不運だった」となるかもしれないが、同じ人間から撃たれた結果というのが……なんとも、言い様がない。


「後から管理機構の人達が来ると思うから、彼等に保護してもらって――」


 俺はヨシアキにそう告げると、階段の下へ視線を向ける。先の状況がどうなっているか分からないが、どうせまともな状態ではないだろう。


「行くんだな?」

「はい……そうなりますね」


 岡本さんの念を押すような声に答えて、一歩踏み出す。


(それにしても、[修練値]650越えの身体は、モンスターに喩えるならば11層相当なのだ。自衛隊が使っていたメ弾でも一発で仕留めるのは無理なのだ……)


 頭の中には、そんな疑問を発しているハム太の【念話】が響く。対して俺は、「どうだっていいだろ、現実はアレだ」と思う。


(……コータ殿、ご機嫌ナナメなのだ?)


 そうだな、確かにご機嫌ナナメだ。


 ただ、自分では何に対して腹を立てているのか、いまいちよく分からない。[赤竜・群狼]クランの奴等なんて、これまでは「鬱陶しくて邪魔な連中」位の認識しかなかった。言ってしまえば、どうなろうが「どうでも良い連中」だ。だけど、ついさっきのヨシアキの言葉が妙に胸に突き刺さった。


 古くからの友人を失くすことはツライだろう。


(コータ殿……冷静に、なのだ)


 分かっている。



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