*63話 仲間割れ?


 8層に降りてから先のマップ情報は皆無。なので9層へ続く階段の場所はサッパリ分からなかった。ただ、先行する赤竜第1と群狼第1、それに正体不明(多分、統情六局とかいう諜報機関?)の7人も同じ条件で進んだと考えれば、差が詰まる事はあっても広がることは無いだろう。そう考えて先へ進む。


 小規模メイズも8層まで下って来るとそれなりに規模は大きくなり、中身も複雑になる。ただ、通路-空間-分岐-通路―空間、という構成は、結局[小規模メイズ]だろうが[中規模メイズ]だろうが同じ事だ。なので、分岐地点で「どの通路を選ぶか?」という選択の繰り返しになる。


 もっとも、今の場合「どの通路が正解なのか?」という問題に対して明確な指針は無い。これが「チーム岡本」のPT行動であったらな、【直感】という割とチート級なスキルを習得した飯田が、「たたた、多分、ッこっこコッチです」と正解を言い当てるのだが、俺と岡本さんには、そんな真似は出来ない。


 しかし、全くの「当てずっぽう」に道を選ぶのか? と言われると、それはそれでそうでもない・・・・・・。というのも、


「うぬぬ……多分、コッチなのだ!」


 バックパックから顔を出したハム太が、分岐の度にそうやって通路を選ぶからだ。


 ちなみに、ハム太が通路を選ぶ根拠というのは、


「説明するのは難しいのだ……場の乱れでもないし……空気のザワツキ具合とも違うのだ……う~ん、いて言うなら『気配の残り香』的なモノを感じ取っている……のだ?」


 なんで疑問形なんだよ、と思うが、まぁ言いたい事は何となくわかる。俺も【気配察知】スキルを持っているからかもしれないが、大勢の人間が通過した後の雰囲気や、「ここで戦闘があったんだろうな?」という感じは、薄っすらと感じられる気がする。


かけるが居ないから適当に選ぶしかない。なんでも手がかりっぽいものがある分、まだ助かるな」


 とは岡本さん。ちなみに飯田(翔)の持つ【直感】スキルは、こう言った場合の選択をチート級の正解率で言い当てるが、その一方で、目の前に無い、離れた場所の将来の事象についてはそれ程ではない・・・・・・・


 以前、丁度飯田が【直感】スキルを習得した直後くらいの頃に、岡本さんはメイズに競馬新聞を持ち込んで飯田に当てさせようとしていた。ただ、その結果は最初こそ当たったものの回数を重ねると「単勝で2割ちょっと、それ以外は1割強ってところだから、これだったら自分で予想したほうが良い」という結果に収束したらしい。だから、最近は随分と熱が冷めてしまった感じだ。


 俺は、そんな事を思い出しながら、ハム太の選んだ通路へ足を踏み込む。と、そこへ、


「ちょっと待つのだ」


 背後のハム太が制止する声を発した。


「どうした?」

「印を付けておくのだ」


 そう言うとハム太はピョンとバックパックから飛び出して、地面に着地。その時には既に両手で黄色のチョークを抱えている。


「なんでチョーク?」

「後から里奈様達が来るのだ? 分かり易くするのだ」


 なるほど……確かに後から来る里奈達もマップ情報は7層途中までしか持っていないだろうから、これは助かるか。


「分かった、でも、そんなチョークで書いても見難いだろう」


 ということで、俺はハム太の【収納空間(省)】からカラースプレーを出してもらうと、床に矢印を書き込む。ちなみに、ハム太は矢印の脇に縦書きで「by公太」と書いている。なんで俺の名前? と思うが、


「ちがうのだ、これは吾輩の名前なのだ」


 ああ、縦書きで「ハム太」と書いたから「公太」に見えたのか……紛らわしい名前だな。


*********************


 分岐に矢印を付けながら先へ進む。当然ながら、道中にはモンスターも出現するが、思ったよりも数が多くない。先行した連中が斃したモンスターがまだリスポーンしていない、ということだろう。だとすると、思った以上に近くに居るのかもしれない。


 出会った時の事を考えると、慎重に進んだ方が良いかもしれない。これには岡本さんも同意見だったようで、


「コータ、ちょっと前の方を警戒して進もう」


 という事になる。ただ、8層を進む間、俺達はそんな連中に遭遇することは無かった。しかし、


「ん……何か居るのだ」


 雰囲気的には「もうそろそろ階段があるだろう」という頃合いで、ハム太がそんな声を上げた。それと同時に、するすると俺の身体を木登りのように登ってバックパックの中に入り込む。ハム太がこうするという事は、確実に人の気配が近くで感じられたという事か?


(そうなのだ、通路の前方を20mほど進むと広い場所に出るのだ。気配はその場所から更に奥なのだ)


 会話を【念話】に切り替えたハム太の声が脳内に響く。俺も、なんとか自分の【気配察知Lv2】を使ってみるが、流石にその距離の気配を察知することが出来ない。


「行こう」

「はい」


 結局「何か居る」という情報のみで、俺と岡本さんは前進を再開。果たして、ハム太の予告通り、通路を20mほど進むと長方形の広い場所に出た。この場所から伸びる通路は3つ。ただ、ここまで来ると流石に俺の【気配察知】でも人の気配が分かる。広間の正面奥から更に奥へと伸びる通路の、比較的入って直ぐの場所に何かが苦しそうにうずくまっている事が分かった。


「戦いの直後って感じだな」


 とは岡本さん。言う通り、広間の彼方此方に矢や防具の破片なんかが落ちている。ドロップの残りは回収されているようだが、明らかに「戦闘直後」と分かる状況だ。


「真っ直ぐ正面の通路です」

「おう」


 岡本さんが先頭に立ち、その右斜め後ろに俺が付く感じで進む。しばらく進むと、前方で蹲っているのが「人間」だと、はっきり分かった。


「大丈夫か?」


 人間だと分かった時点で俺は声を掛ける。だが返事は無い。代わりに通路の先の気配が苦しそうに藻掻いた。


「怪我してるみたいです」

「なにっ!」


 俺の言葉に岡本さんが小走りで先へ進む。そして、


「おっ、おいっ! 大丈夫か!」


 直ぐに前方で岡本さんの大声が上がった。


「コータ、これ、ヤバいぞ!」


 岡本さんのちょっと焦った声。中々聞く機会の無い声だけど、今はそれを珍しがっている場合じゃない。「ヤバい」と言うからには「ヤバい」のだろう。


「――っ!」


 果たして、気配の主は「ヤバい」状況だった。ハッキリ言って死にかけてる。それが分かるくらい、辺りは血の海になっていた。しかも、そうやって血を流しながら床に倒れているのは1人ではなく3人。でも、気配は1つ。つまり、他の2人は……既に事切れている。


「ハム太、【回復】! あと、ポーションも!」

(ガッテン!)


 ということで、苦しそうに呻く1人にハム太の【回復(省)】を掛けさせる。「【回復】スキルがバレると面倒」とか「赤竜群狼の奴等にポーションを使うなんて」などと言う事は、この時全く思い浮かばなかった。それほど余裕が無い。


 俺は、その男の防具をはぎ取って、傷口に[回復薬:大]を振り掛けると(頭の中に響くハム太の「回復音頭♪」を無視して)、消毒ガーゼを使って傷口を押さえてやる。傷は胸 ――鳩尾の中央部分―― に開いた親指大の丸い穴だった。初めて見たけども、「銃創」というヤツなのだろう。だとしたら、弾が抜けた背中側の方が酷いかもしれない。


「これで良いのか?」

(良いのだ、[回復薬:大]様様なのだ!)


 程なくして、出血が止まる。それで傷口を押さえていた手を離すと、穴になっていた銃創は薄ピンクの皮膚で塞がっていた。呼吸は相変わらず苦しそうだが、今すぐ死ぬことは無い、と言った感じだろう。


 一方、岡本さんの方は、残り2人の遺体の傷を確認して、


「酷いな」


 と眉をしかめている。


 何とか命を取り留めた1人と、間に合わなかった2人は、共に銃撃を受けていた。既に事切れていた2人については、1人が頭部に銃撃を受け(後ろから撃たれたのだろう、人相が分からないほど顔面が崩れている)、もう1人はピッタリと心臓の場所を撃ち抜かれている。助かった1人は心臓を狙った弾がズレていたから即死を免れた、と言ったところだろう。


(手足にもそれなり・・・・の深手があるのだ。こっちは多分ゴブリンファイター辺りとやり合った怪我なのだ)


 とはハム太の【念話】。それで手足を確認すると、確かに3人とも、致命傷とは言わないが、それなりの傷を手足に負っていることが分かる。


「何があったんだ?」

「……さぁ? 分かりません」


 当然の疑問に当然の答え。今の俺と岡本さんでは、何が起こったか分かるはずもない。事情を聴こうにも生き残った1人は苦しそうに浅い呼吸をするばかり。と、ここで、


「うっ、ブホッ、ゲホッ、……うう……」


 生き残った1人が不意に咳き込む。それで、多分肺の中に溜まっていた血を吐き出したのだろう、可成りの量の血を吐いた。


「お、おい、しっかりしろ!」

「大丈夫か!」


 その光景に、俺も岡本さんも焦って声を掛ける。すると、


「うぅ……はぁ、はぁ……」


 結果として、少し息が楽になったのか、その男は深めの呼吸をすると、薄っすらと目を開けた。


「……こ、ここは?」


 掠れるような呟きが、血塗れの口から洩れる。なんとか事情を聴く事が出来そうだ。


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