*62話 追跡者
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オレが覚えている中で、最も古いメグの記憶は、多分オレが小学校3年生の時のものだ。学校帰りに友達とサッカーをしようと約束していたのに、1年になったばかりのメグはオレの後に付いて来た。その時、ちょっと「鬱陶しいな」と思った事を覚えている。
サッカーをやるといっても、所詮小学生の遊びの範囲だ。近所の潰れたスーパーの裏手にあった空き地で、友達6人がボールを蹴って遊ぶ程度。そんなサッカー遊びにメグが付いてきて、それで当時の友達の1人が面白がって、メグにわざとボールをぶつけ始めた。多分3度目くらいまでは、オレも我慢をしていたと思う。でも、4度目のボールがメグの頭に強く当たって、ポ~ンと跳ね上がった瞬間、オレはその友達を思いっきり殴っていた。
思えば、アレがオレの人生で初めて「キレた」瞬間で、且つ、初めて人を本気で殴った瞬間だ。その時の喧嘩がどうやって収まったのか、実はよく覚えていない。ただ、そいつはその次の学期が始まる前に他へ転校していった。多分、仲直りなんかはしなかったと思う。
次に思い出せるのは、メグが小学校の2年生か3年生の時の事。確かバレンタインデーだったと思う。下手くそなウサギの格好をしたチョコレートと一緒に、「ターチ、読んで!」と言って渡してきた紙切れに ――しょーらい、ケっコンしてください―― と書いてあった。
まぁ、メグの初恋だったんだろう。でも、流石に小学校の高学年と低学年では恋愛が成り立つ訳がない。オレは殆ど相手にしていなかった。だって、そうだろう。当時のオレにとって、メグは妹くらいにしか見えてないって。
その後、オレが中学へ進むと、自然とメグとは疎遠になった。小学生と中学生では時間の過ごし方が全く違う。近所に住んでいても顔を合わせる機会は無かった。それに、オレがちょっとずつ悪い方へ足を踏み入れて行った事も原因かもしれない。
そして少し時が経って、俺は近所の最底辺高校へ進学。一方、メグは中学生になった。そこで再び生活のリズムが似てくると、オレとメグは再び顔を合わせる機会が出来た。ただ、いつだったか、多分夏休み明けくらいのタイミングだったと思う。メグがやたらと制服のスカートを短くしているのを見つけた。
「ガキがイキがるんじゃない!」
それを見つけたオレは、そんな感じの事を言ったと思う。対してメグは、
「なによ、ウザッ!」
と返した。それが切っ掛けとなって、俺は事あるごとにメグの服装や態度を注意した。完全に兄貴気取りでやっていた事だが、メグはメグで注意されるとしばらくの間は直していたから、一応聞く耳は持っていたのだろう。
その後、程なくして俺は高校を中退。地元の不良グループに交じって、随分な生活を送る事になる。ボロアパートの実家にも滅多に帰る事はなかった。不良仲間の
そんなある日、オレの耳にある稼ぎ話が舞い込んで来た。
――高校生の「売りグループ」のケツ持ちをやらないか? 普通にトラブルが起きたら出て行くだけで良いが、やる気があるなら「
と、そんな感じのお誘いだ。勿論、
それで、オレはしばらく「売りグループ」のケツ持ちに収まっていた。そんなある日、新しいメンバーが加わったと聞き、何気なくメッセージアプリのグループチャットを覗いてみた。それで、思わずスマホを地面に落とすほど驚く事になった。というのも、新しいメンバーだという女のサムネ写真が、どう見てメグにしか見えなかったからだ。
ただ、サムネ写真だけでは本当にそうとは分からない。なので、オレはそのメグ似の女を慌てて呼び出した。そして、呼び出し場所にノコノコとやって来た女がメグ本人だと分かると、オレは自分がやっている事を棚に上げて、それはもう随分と怒ったものだ。
その後は
以後、メグはオレが紹介したガソリンスタンドのバイトを高校卒業後もしばらく続ける事になった。一方、オレはバイクの給油を口実に週に2度はそのガソリンスタンドに通い、メグの勤務態度なんかを店長さんに聞いたりしていた。
「ターチ、また来たの?」
「客に向かってなんて言いぐさだ」
「客っていっても、いつも2Lも入らないじゃない」
「うるせ~、さっさと働け」
そんな感じのやり取りが恒例行事になっていたものだ。ただ、その頃からオレは、メグに対して「手の掛かる妹分」以上の感情を持ち始めていた。しかし、その気持ちは結局「気持ち止まり」で先に進むことは無かった。
メグの身内に立て続けにトラブルや不幸が起こり「それどころじゃなかった」というのも理由だが、もっと根本的な話をすれば「オレみたいな奴に好かれてもメグにはマイナスしかないだろう」という気持ちが大きかったからだ。
そんなオレとメグに転機が訪れた。それが[受託業者]の認定試験だ。言い出したのはメグだった。なんでも、刑務所に入っているお父さんの件で金が必要になったらしく、[受託業者]は稼げると何処かで聞いて来たようだった。
「いつまでもガススタのバイトって訳にもいかないし、稼げるなら――」
と言うメグに、俺は止めても無駄だと悟り、ならば一緒に[受託業者]になってやろうと決意を固めた。不良崩れの半グレよりも、曲がりなりにも国家資格である[受託業者]の方が幾分マシだろう、という考えもあった。
そして去年の9月以降、今年の3月初めまで、オレとメグは[受託業者]として仕事をこなした。言い方は微妙だが「成功した」と言っても良いくらい順調だった。勿論、理由なく成功した訳ではない。これは本当に偶然の話だが、俺は[受託業者]になる直前に、多分出来たばかりのメイズに迷い込み、そこで【収納空間】というスキルを習得していた。
そのスキルを活用し、同じクランの同じPTのメンバーすらも出し抜いて、オレはドロップを集め、スキルジェムをメグにも分け与えて、この世界で他よりも抜きん出ようと画策した。
全ては「金」のため。「金」さえあれば、これまで歩んで来た人生が他人よりも見劣りするとしても、胸を張って生きていける。そして、メグにも思いを伝えられる。そう信じてこれまでやって来た。それが、
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オレは傾き始めた思考を無理やり修正して、あの出来事を思い出さないようにする。
今のメグは立ち直ったように見せているだけだ。流石に付き合いが長い分だけ、今のメグの表情や仕草が普通じゃないことは分かってしまう。だから、本当ならばそんな状態のメグを抱くべきではなかったと思う。でも、オレは男だ。想いを向ける女を、自ら危機から救い出した女を、喩え一時の安らぎを得る事が目的だと分かっていても、拒み続けることは出来なかった。
結局、オレは一線を越えた。超えてしまった以上、今の自分を貫くだけだ。今は未だ不完全な「愛情」だとしても、それを本物だと信じて貫く事で、オレが、オレこそがメグを救う事ができる。そう決めたのだ。
「はぁ……」
思い詰めても尚、
場所は9層の奥側。10層にメグを残しているから、それほど遠くに行く訳にはいかない。でも、8層へ上る階段付近までは見回っておきたいと思う。チラと腕時計を見ると時刻は18:00近くになっていた。
オレは今、若干の焦りを感じている。今日の時点で田中社長の元を出て3日が経過している。田中社長は、去り際のオレに
――2,3日の内に迎えを送る――
と言った。それが約束になるのか分からないが、「2、3日」と言った期日が今日なのだ。
だが、実際には迎えが来る気配はない。また、来るにしても、一体誰が迎えに来るのか? という疑問もある。10層まで潜って来られる[受託業者]の数は少ない。[小金井・府中事件]に関わった連中なら問題無いだろうけど、それ以外の、例えば田中社長が後援して作ったという[東京DD]クランの面々には多分無理だろう。
だとすると、田中社長は外部のPTにこの件を頼むことになる。その辺の段取りに手間取っているのだろうか? それとも、不測の事態が起きたのか……
「明日、もう一日だけ待ってからだな」
そんな風な独り言が漏れる。その時だった。不意に周囲の気配に違和感を感じ取った。少し前に習得した【気配察知】スキルの賜物だ。通路の先の方にモンスターとは異なる集団の気配を感じる。
咄嗟に考えたのは「迎えか?」という事。ただ、早合点は出来ない。なので、オレは用心して気配の正体へと距離を詰める。程なくして話し声が聞こえて来た。
「――どうして!」
「なんで―――った!」
「や――、――めろ!」
声は「話している」というよりも「抗議している」といった感じ。ただ、通路の角の先の更に奥から聞こえてくるのでよく聞き取れない。なので、俺は意識を集中して【気配察知】を
このやり方は【収納空間】スキルを習熟する過程で自然に身に着いた方法だ。心に念じて使うタイプのスキルでなくても、機能に意識を集中させるとある程度効果を引き上げる事ができる。今も、ぼやけた感じの気配が急速に輪郭を結び始めた。ちょうどレンズのピントが合う感じに似ている。
その結果、通路の先の方に居るのは全部で16人の男達だと分かった。その内9人は見覚えがある顔ぶれ。赤竜と群狼の第1PTの面々だ。しかし、オレとメグが抜けた後の残りのメンバーにしては、3人ほど数が足りない感じに見える。
一方、そんな[赤竜・群狼]クランのメンバーが食って掛かっている相手は、ちょっと見憶えが無い7人組の男達。誰だ? と思うが、直ぐに考えを改める。今は[赤竜・群狼]クランであっても友好的とは言えない相手なんだ。
気配を感じられる16人、全員がオレやメグにとって友好的な相手ではない。ただ、その16人の集団が9人と7人に分かれて揉めている様子が伝わって来る。
「――、撃つ必要は無かったはずだ!」
「そうだ、だいたい――」
抗議は尚も続いている。その中にある「撃つ」という言葉が引っ掛かる。と、その時【気配察知】が感知している7人組の1人が動いた。そして、
――パンッ!
メイズの壁に反響するようにして乾いた音が響く。この音は、発砲音?
「
「やめろ!」
「撃つな、分かったから!」
マジか? と思う。【気配察知】で感知できる限り、群狼PTの義和が床に倒れてしまって、動かない。撃たれたのか? 銃で?
「こうなりたくなかったら、持ち場に戻れ!」
と、ここで初めて7人組の一人が声を発した。日本語だが、アクセントが微妙に違う。ということは、やっぱり、アイツ等はオレとメグを追ってここに来た?
オレは
(見つけた)
頭の中にだけ響く声を投げ掛けて来た。
その瞬間、オレは得体の知れない恐怖を感じた。本能的に「ヤバイ相手」だと察知していた。考えるよりも早く、身体が勝手に10層を目指して一目散に走り出していた。今更ながら、
――メイズみたいな袋小路の場所に逃げ込んで大丈夫なのか?――
と心配していた谷屋社長の言葉を思い出す。でも、後悔している場合ではなかった。
オレは急いで10層に戻ると、広い空間の隅に設営した潜伏アジトの(大型家具屋から【収納空間】を使ってパクった)ソファーの上で寛いでいたメグに、
「メグ! 取り敢えず11層に行くぞ!」
そう声を掛ける。そして、取り敢えず目につく物を片っ端から【収納空間】に
ただ、これで済むとは思えない。なのでオレは、驚いた顔でコッチを見ているメグに、
「早く!」
と言って急かすと、その手を掴んで11層へ向けて走り出す。しかし、
――ゴヴァァッン!
その一拍後、階段降り口に付近に
「逃げるぞ!」
俺は背後に向けて、もう滅茶苦茶に障害物を積み上げるように取り出しながら、メグの腕を強く引っ張った。
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