*57話 「双子新地高架下メイズ」⑥ 追跡潜行、開始


**五十嵐里奈の視点***********


 14:45、高津溝口署を出発。


 警察側の面々は「いかにも」な感じの水色と白のツートンカラーの機動隊車両に乗り込んだ。中型バスサイズの車両が3台と、小型バスサイズの車両が1台、それに神奈川県警のパトカーが4台と、(覆面パトカーなのか)セダンタイプの乗用車が2台ほど、という車列だ。ちなみに、青島管理官は部下と思しきスーツ姿の面々や危機管理局の吉池さんとセダンタイプの乗用車に乗り込んでいた。


 一方、私達が乗る[管理機構]のワンボックスは、そんないかつい車列に前後を挟まれ、まるで連行される犯人のようになってしまった。現に運転席の水原さんは「なんだか、イヤな感じっすね」と言っているから、同じ様な居心地の悪さを感じているのだろう。


 そんな車内で、私は軽く状況を説明する。


「危機管理局の吉池さんが言うには、今回は警察が前面に出るから、私達はなるべく後方に居ましょう」


 というのが、話の主旨。それで、大島さんも水原さんも、


「分かりました」

「了解です」


 となった。ちなみに、もう1台の車両には佐原部長が乗り込んでいるので、そっちの方でも同じような説明をしているだろう。佐原部長が乗ったワンボックスの方には大島班・水原班の班員4人も乗り込んでいる。全員が今年[管理機構]に入ったばかりの新入職員だ。「新人にこんな事をさせて良いのか?」という批判があるかもしれないが、仕方ない。何と言っても、私達3人以外・・・・・・は全員「新人」なんだから……


「これで何人か……」

「辞めるっすね……」


 ボソっと呟き合う大島さんと水原さんの会話は……聞こえなかった事にしよう。[残業代]と[日当]と[危険手当]はしっかり出すから、お願い、行かないで! という気分だ。


*********************


 車列は10分ほどで現地に到着。


 「双子新地高架下メイズ」は、双子新地駅から西へ延びる高架線の下をくぐる道路脇に出現した。そのため[管理機構]の管理敷地は、その高架を潜る道路を塞ぐ格好になっている。結果として高架沿いの北と南の両側に元々存在した2つの4差路(交差点)は、夫々それぞれが高架を潜る道の1つを[管理機構]のコンパネ壁に塞がれることになっている。(当初は地元の道路事情を随分と悪化させたようで、[管理機構]の総務部にも苦情の電話が結構あったそうだ)


 私達が乗り付けたのは、敷地の南側に面する交差点。事前に通行止めにされていたようで、駐車場のように車を停める事が出来る。ただ、この場所に車列の殆どが乗り付けたので、私達のワンボックスは隅っこに押しやられる格好になった。


 車を降りてから周囲を見てみると、中型バスサイズの機動隊車両1台と、パトカー2台がこの場に居ないのが分かる。多分、反対の北側交差点に回ったのだろう。それ以外の車両は全部南側交差点に乗り付けている格好だ。


 車両からは、紺色基調のユニフォームを身に着けた機動隊員が続々と吐き出されている。中型バスサイズの車両からは神奈川県警の機動隊が、小型バスサイズの車両からは警視庁のSATが、と言った具合だ。彼等はコンパネ壁に設置された入口ドアの前で所属ごとに別れて整列している。


 と、ここで例の怒鳴り声(青島管理官のもの)が響く。


「管理機構、何をしている! モタモタするな!」


 とのこと。それに、佐原部長が


「今行きます!」


 と答えると、私達の方へ向き直り、


「くれぐれも気を付けてな」


 と、念を押すように言った。こういう時に、佐原部長は結構しおらしい・・・・・態度を取る。前の「小金井・府中事件」の時もそうだった。なので、何処か憎めない感じになり、文句が言えなくなってしまう。もしも計算でやっているとしたら、それはそれであなどれないオジサンだと思う。


*********************


 ドアをくぐって敷地内に入る。チラと備え付けのデジタル時計を見ると時刻は15:10だった。中はガランとして人気ひとけが無い。ただ、休憩スペースにはゴミが散乱している。その他には、奥の買取りカウンターがある管理棟から、「施設管理課」の若い担当職員が怯えたような様子でこちらを見ているのが分かる。


 その担当職員は(可哀そうな事に)、早速、青島管理官以下のスーツ男達につかまり、高圧的な感じで事情を聴かれることになる。そのため、佐原部長はそちらのヘルプへと向かった(「施設管理課」も佐原部長の「関東資源開発部」の下だから、彼が上司ということになる)。


「何人入った?」


 とか、


「ゴミが散らばっているだろ、他には誰もいないのか?」


 とか、


「はっきり喋れ!」


 とか……ちょっとヒドイんじゃないだろうか? と、ここで、


「監視カメラのデータを見ればいいでしょうが! お宅ら、ウチを犯罪者か何かと勘違いしていないか?」


 おぉ、佐原部長がキレたみたいだ。頑張れ、部長。


「余りに態度が酷いなら、これ以上の協力はできない。一旦全員敷地の外に出て貰う! 入りたければ裁判所の令状でも持って来い!」


 おお、結構頑張るな……見直したよ。


「どうした、出て行かないなら警察を呼ぶぞ!」


 って、警察相手に言うかね。


 そう思ってふと視線を他所よそへ向けると、SAT隊の隊長さんと目が合った。その瞬間、隊長さんはフェイスマスク越しに「すみません」と言う感じで視線を伏せた(気がした)。


「――まぁまぁ、佐原部長も青島管理官も、落ち着いて。ここで揉めても仕方ないでしょう」


 視線の外では吉池さんの声が上がる。あの人もあの人で違う組織同士の現地コーディネートが役割だから、大変だろう。


 ちなみに、佐原部長がキレた理由だが……実は、この時高圧的な態度で事情を聴かれていた若い職員が、総務本部担当理事の縁故採用だったから、だということ。随分後になって知った話なのだけど、その頃には「幻滅した」というよりも「やっぱり佐原部長だね」という感じで、逆に納得したものだ。


 というのはさて置き。


 ここで、[認証ゲート]を前に手持無沙汰な状態で待機していた私達に声が掛かった。


「五十嵐課長ですね? 管理機構側の指揮官ということでよろしいですか?」


 少し低いが理知的な印象の声で呼びかけられ、声の方を向くと、そこには先ほど目が合ったSAT隊の隊長さんの姿。他にもう1人、神奈川県警機動隊の隊長さん(?)っぽい人もいる。


「指揮官というか……責任者です」


 と答える私。すると、隣の機動隊の隊長さん(?)っぽい方が、


「ご苦労様です。私は神奈川県警第2機動隊第2中隊の鈴木です。で、こっちは警視庁のSATの隊長。SATは隊員の氏名を公表してないので『隊長』って呼んでやってください」


 との事。それでSAT隊の隊長の方が、


「よろしくお願いします」


 と言いつつ、スッと頭を下げた。上が上だけに・・・・・・、この人達もそんな感じ・・・・・なんだろう、と勝手に決めつけていたが、どうも随分毛並みが違う感じだ。


「ウチは『銃対』を連れて来たかったんだが、生憎今はそれどころじゃなくて……第2中隊も数は半分だが、メイズ周辺の警備は私達が責任を持って行うよ」


 鈴木さん(でいいのかな?)は、少し言い訳がましくそう言った。まぁ、警察署に居た時点で、神奈川県内で強盗事件が頻発しているのは分かっていたので、県警の機動隊や「銃対(銃器対策部隊)」はそちらに掛かりきりなのだろうと目星がつく話だ。


「それでも、警視庁からの応援部隊と五十嵐さんみたいな若い女性に現場の危ないところを任せるのは心苦しいが……」


 鈴木さんは続けてそう言う。ちょっと反応に困る発言だ。「女性扱い云々」について、元々私はそんなに敏感なタイプじゃない。寧ろ、最近の勤務形態だと「少しは女性扱いしてよ」と言いたくなる事の方が多いくらいだ。コータと交際するようになって、殊更自分が「女」だと意識する事が増えた、というのもあるかもしれない。


 でも、面と向かってそう言われると、なんだか恥ずかしい気がするから困る。


「鈴木警部、自分達の方は大丈夫です。それに五十嵐さん達もあの『小金井・府中事件』を切り抜けた方達ですし――」


 とはSAT隊の「隊長」さんの発言。この人の中で私達の位置付けはどうなっているのだろう? とちょっと疑問を感じるが、


「ただ、現時点では事前の共同訓練が何も出来ていません。なので、我々の部隊が正面に出ます。五十嵐さん達は後方でバックアップをお願いします」


 と言う事だった。


 う~ん……まぁ、上手い言い方だと思う。ただ「邪魔だから後ろに居ろ」じゃなく、適当に持ち上げておいてから、「後方でバックアップを頼みます」と言われれば、素直に受け入れやすいだろう。対処マニュアルでもあるのかな?


 まぁ、今の場合は最初からそのつもりだ。ということで、


「そうします。余り出しゃばらないようにしますので」


 と、私は佐原部長ばり・・しおらしい・・・・・返事をしておいた。


*********************


「目的は被疑者の制圧確保。被疑者は[赤竜・群狼]クランのメンバーに紛れ込んでいるものと思われる。銃器の他、一般的な受託業者の装備を持っている可能性が高い。十分に注意して任務に当たるように」


 というのは、[認証ゲート]を前にした青島管理官の訓示(?)だ。ちなみに、管理棟でのイザコザは吉池さんが上手く治めた模様。


「[管理機構]については、くれぐれもSATの行動を阻害しないように注意して欲しい。では、行動開始」


 最後まで嫌味を忘れない青島が号令を発し、SATと私達[管理機構]巡回課はメイズの中へと足を踏み入れる事になった。



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