*55話 「双子新地高架下メイズ」④ トホホな実力


「じゃぁ、5層で大人しくしているんだぞ」

「はい……ありがとうございました」

「良いって事よ、困った時はお互い様だ」

「本当にありがとうございます――」


 と言うやり取りは、助けたPTと岡本さんとの会話。場所は6層に降りて直ぐの広間。この場所まで負傷者を含む面々を送り届けた事になる。この後、彼等は5層で待機する事になるだろう。


 彼等は「赤竜第5PT」と「群狼第4PT」ということ。夫々それぞれが5人構成のPTで、全部で10人だ。助けに入った時点で2人が動けないほどの重傷を負っており、更に戦闘中にもう2人が軽傷を負っていた。


 まぁ、軽傷者の方は特に大したことは無かったが、その一方で重傷者の傷は結構な深手だった。重傷者の内1人は右の脹脛ふくらはぎと左の足首の辺りにザックリと割れたような裂傷を負っており歩行不能。もう1人に至っては左足の膝下辺りに負った傷が、筋肉を完全に切断するほど深く、一部は骨にまで達していたようだ。


 どちらも、両側から挟み込むような傷の外観をしているので、大黒蟻相手に出来た傷だという事が良く分かる。当然の如く、出血は酷かった。そのため、2人とも呼吸が浅く脈が速い。地上まで運んで、更に救急車を呼んで間に合うようには見えなかった。


 なので、もう「四の五の」言っている間も無く、俺は「チーム岡本」用のポーションストックから[回復薬(大)]1本と[回復薬(中)]2本を取り出すと、この2人に使った。岡本さんも頷いていたから、たぶん大丈夫だろう。ただ、それでも左足の膝下に傷を負った方は、殆ど足を切断するような重傷だったので、[回復薬(大)]でも追い付かず、こっそりとハム太の【回復(省)】も併用することになった。


 ちなみにこの時使ったポーションの公式オークション上の取引相場は、[回復薬(中)]が1本約75万円。[回復薬(大)]に至っては希少価値が付くため200万円を超える代物だったりする(一方で[回復薬(小)]はかなり安い)。なので、両方のPTのメンバーは別の意味で顔色を青くしていたが、そこは、


「お礼は田中興業の田中社長に」

「田中社長が誰かって? ……お前達の仲間に手島っているだろ、あいつに聞けば分かる」

「俺達か?」

「通りすがりの受託業者だ」


 ということにしてしまった。面倒事を田中社長に押し付けた感じだけど、「引き抜きたい」と言っていたから、まぁ良いだろう。


「後から、管理機構の人達が来るから」

「大人しくしてるんだぞ」


 階段を助け合いながら登っていく10人に、俺と岡本さんはそんな声を掛けた。


*********************


「それにしても……」


 と言うのは岡本さん。まぁ、言いたい事は分かる。なので、


「第5と第4って、中級クラスのPTでしょうけど」


 と、応じる俺。それで、岡本さんは


「あの程度なんだな」


 と苦笑いをこぼした。


 現状、日本国内最大クランである[赤竜・群狼]クランの中級PTでも、6層で立ち往生するレベルだった。まぁ、クランの規模や[受託業者]としての稼ぎは、「どこまで深く潜れるか?」には完全に比例していない。なので「規模が大きいクラン」=「深くまで潜れる」ではない。ただ、それにしても、少し情けないと思うのは確か。


 効率的なドロップの回収を目指すなら、たぶん[修練値]を450前後に留めておいて、6層、7層、8層辺りを1日で回るのがもっとも効率が良いだろう。10層相当となる600迄上げると、4層以下でのドロップが覚束なくなるので、移動中のドロップを考慮すると効率は悪くなる。「チーム岡本」を始めとする[DOTユニオン]各PTが歩んだ道だ。


 ただ、他の[受託業者]が手を付けていない深い階層に潜って、手強いモンスターを斃す事も、「ドカン」とドロップを当てるという点では魅力的だ。まぁ、その分行程が2日がかりになったりするので、効率的とは言えないかもしれないが、稼ぎが大きくなるのは確か。なので、現在の[DOTユニオン]各PTの考え方は、そっち寄り・・・・・になっている(上がってしまった[修練値]は下げられないので、そうならざるを得ない)。


「考え方、というか方針の違いでしょう」

「そうかもな」


 俺と岡本さんは、そんな言葉を交わしながら、6層を突き進んで7層を目指す。勿論、途中で大黒蟻の大群を退けながらの事だ。ドロップが出ないのは惜しいが、今は別の目的があるので仕方ない。


 ちなみに、先程助けたPTが言うには、7層には赤竜第3と第2PTが居るとの事。ただ、彼等が言うには、


 ――赤竜の第2も第3も、オレ達と大して違いはないです――


 ――普段は世田谷とかアトハ吉祥とか国立西の4層とかに居ますから――


 ――ちょっと心配っすね――


 という事だった。


 彼等自身も普段は4層をメインに狩りをするというので、先程のように「6層で大黒蟻の大群と戦う」というのは結構無理をしていたことになる。だから、レッサーコボルト+メイズハンドのラッシュやゴブリンPTが出現する7層は、きっと先行した第2、第3PTの手には負えないだろう、という事だった。


 ただ、これについては、彼等も第1PTからは「ここに居て、来る奴を追い払え」とだけ言われていたので、大黒蟻を狩ろうとしたのは完全に蛇足だった模様。そう考えると結構「ガッツ」のある連中なのかもしれない。


 ちなみに、彼等に「ここに居て、来るやつを追い払え」と指示したのは、


 ――赤竜第1の保田さんが「そうしろ」って――


 ということ。ただ、


 ――でも、保田さんもあの連中・・・・に言われて渋々って感じでした――


 という事情があるようだ。「あの連中」とは正体不明の7人組の事で間違いないだろう。


 そんな事を考えつつ進む内に、7層へ降りる階段を発見した。


*********************


 7層に配置されたという赤竜第2と第3PTは直ぐに見つかった。全員が7層へ降りる階段内に引っ込んでいたから、直ぐに見つけられるのは当然だ。それほど広くない階段を12人の男達が占拠していた。


 俺としては(多分岡本さんも)、そこでいつもの押し問答になると思っていた。ただ、この連中は「アッチへ行け」とか「使ってるんだ」とは言わなかった。その代わり、


「止めておいたほうが良いぞ」

「死ぬぞ、オッサン」

「すぐそこに大群が居るんだぞ」


 と、こちらを制止してきた。


 多分、ちょっとは根性を見せようとして7層に足を踏み入れた結果、レッサーコボルトの「遠吠え」から始まるラッシュに面食らって逃げて来たのだろう。【隠形行】を使いつつチラと7層の様子を覗くと、なるほど、階段降りて直ぐの広場には10匹ほどのメイズハウンドとレッサーコボルトが手持無沙汰な様子でブラブラしている。小規模な「ラッシュ」の後、といった雰囲気だ。


「まぁ、7層からメイズハウンドがちょっと強くなるからな」とは、岡本さん。

「レッサーコボルトのラッシュもキツイし、武装ゴブリンも厄介ですもんね」と言うのは俺。


 それで、


「だろ、ヤバイって」

「やめといた方が良い」

「無理しても、助けられないぞ」


 と、階段に陣取る第2、第3PTの面々が口々に言う。まぁ、元々は「誰か来たら追い払え」と言われている面々だけど、引き留める理由の半分には「心配」するような気持ちも含まれている感じがする。マナーが良くない事で有名な彼等赤竜・群狼も、目の前で人がヤラレルのは見たくないのだろう。


 ちょっとチグハグな感じもするが、人間の情なんてそんなものだ。俺達だって、ついさっき、見ず知らずの奴等を助けるために数百万円相当のポーションを使ったばかり。合理的に考えれば「助ける理由」や「心配する理由」は何処にもない。なのに、理由の無い事をやってしまう。それで、内心は「よかった」という気持ちと「ああ、勿体無い」という気持ちが混在するのだから、


(そんなチグハグで不完全なところが人間の面白いところなのだ)


 いや、ハム太も相当なもの・・・・・だと思うけど……って、そんな事を考えている場合じゃないか。


 こちらを心配しているような連中に対して、「そうですね」と引き下がる訳にはいかない。なんだかんだと7層まで来てしまったのだから、こうなったら第1PTと不審者7人の顔を拝んでおきたいという気分もある。ちょっと本来の目的から外れている気がしないでもないが……まぁ良いだろう。ということで、


「ところで、先へ進んだ第1PTの連中とは何時ごろに別れたんだ?」


 と、どストレートに疑問を投げつけてみた。



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