*54話 「双子新地高架下メイズ」③ 思わず人助け


 大体何処の小規模メイズでも、6層は大黒蟻の巣と呼べるような状況だ。体長60~80cm前後の黒い外殻を持った巨大サイズの蟻が、ワラワラと群れで出現する。一般の[受託業者]にとって「4・5・6の壁」と呼ばれる地帯の最終関門となる。この場所を抜けるきもは、とにかく、群れて出現するモンスター大黒蟻を処理しきる事が出来る殲滅力(攻撃力)ということになる。


 ただ、大黒蟻というモンスターは、単体で見るとそれほど強いモンスターという訳ではない。強靭強固な顎が生み出す切断力は大型のケーブルカッターもかくや・・・という威力があり、生半可な防御力しか持たないスポーツ用品系防具プロテクターなどものともせず・・・・・・に四肢を噛み砕いて(場合によっては切断も)しまうが、何と言っても体高が膝下迄しかないので、攻撃箇所は限定される。


 また、硬い外殻、特に頭部を守る頭殻はそんじょそこら・・・・・・・のマチェットなんかは通用しないが、メイスなどの打撃武器はそこそこ通用する。しかも、攻撃しようと近づいてくれば、自ずと自分の弱点である頭部と胸部の接合部分を無防備に晒す格好になるので、その場合はマチェットや手製槍でも十分に処理が可能になる。


 つまり、くせはあるがコツを掴めば十分対処可能なモンスターということだ。なので、数に圧倒されず冷静に立ち回ることが6層攻略の鍵となる。


 まぁ、5層の番人センチネルモンスターを斃す実力があるPTやユニオンならば、特別問題にならないのが6層だ。現に「チーム岡本」は6層でつまづく事はなかった。寧ろ、数が沢山出る大黒蟻は必然的に多くのドロップを落とすので、「美味しい階層」とさえ思っていた。ただ、それはあくまで「チーム岡本」の場合の話だ。


 特に一度殲滅されてしまうとリスポーンしない性質上、現在公開されているメイズで5層に番人センチネルモンスターが残っているメイズは少ない(又は皆無)だろう。ハム太が言うには「魔物の氾濫」が起こればリセットされるらしいけど、とにかく現状では少ない。ドロップが良いので積極的に狩る連中が居るからだ(まぁ、俺達も含めてだけど)。


 そのため、5層のフィルター無しに、そのまま6層に来てしまう[受託業者]PTは一定数居る。そう言う場合は、結構苦労する事になるかもしれない。場合によっては酷い怪我や死人だって出る可能性がある。現に今も‥……


*********************


 6層に入り、リスポーンしたと思われる大黒蟻の集団を可成り雑に・・・・・「飛ぶ斬撃」で処理しながら、俺と岡本さんは通路を進む。6層にしてはちょっと数が少ない気もするが、たぶんリスポーン前の中途半端な時間帯なのだろう。


 進む道順については、「あてずっぽう」に通路を選んでいる訳ではない。6層降りて直ぐの広間からは3つの通路が伸びていたが、その内1つの入口付近に先行した「赤竜・群狼」クランのPTの物と思われる荷物が置いてあったからだ。その通路を選んで奥へと進んでいる。


 そして、しばらく進んだ時(感覚的には6層中盤の手前と言ったところ)、目の前に妙な痕跡を発見した。それは、


「ドロップだよな、コレ」

「[メイズストーン]ですね……あっちには[大黒蟻の頭殻]も落ちてます」


 というもの、丁度通路の角を折れ曲がったところで、視界に入って来たのは、床にポツポツと散らばっているドロップ品だった。しかも、


「これ……プロテクター?」

「多分、例の中華製の安物プロテクターじゃないか」


 と言うように、床には黄色や黒色のプラスチック片も同じ様に落ちている。そして、


「あっ」

「どうした、コータ?」

「これって……血痕じゃないですか」

「う~ん」


 少し先には、掠れて消えかかっているが、明らかに血の痕だと分かる赤黒い筋が奥へと続いている。全体として不穏な雰囲気だ。


「6層にしては蟻んこ・・・の数が少ないと思ったが……」

「もしかして、この先に?」


 俺と岡本さんは顔を見合わせる。


「とにかく、行ってみよう」

「そうですね」


 という事になった。


 通路には、相変わらず大黒蟻のドロップ品と、[受託業者]のものと思われる赤黒い血痕(大黒蟻の体液って黄緑色だし、床に滲むほど出ないからね)が続いている。そしてしばらく進んだところで、俺の【気配察知】スキルが、前方にたむろする集団の気配を伝えてきた。この感じは……、床をガサガサと動き回る感じからして大黒蟻。そして、一か所に固まって居るのは人間か。数は……沢山だ!


(大黒蟻は40匹前後で、人の方は10人なのだ。ただ、人の方は負傷しているのか死んでいるのか……2人ほど動いていないのだ)


 流石です、ハム太大先生!


(コータ殿は、もっと【気配察知】の精進を積むのだ)


 うるせぇ、一言余計だよ。という事で、


「先に大黒蟻と戦っている人が居るみたいです。数は40匹前後、戦っている連中は10人で、その内2人は怪我人みたいです」

「分かった……戦っているのは赤竜・群狼クランの連中か?」

「多分そうでしょう」

「とにかく、急いで行ってみよう」


 そんな会話を交わしつつ、俺と岡本さんは通路を走り出す。ちなみに、落ちていたドロップ品はハム太が【収納空間(省)】でちゃっかり回収している。ネコババかな?


(吾輩、猫は嫌いなのだ)


 しらんがな。


*********************


 大急ぎで現場に駆け寄る。場所は通路の角を曲がった先に有った。20mほどの直線通路の先が、再び左に折れる角になっていて、その角に10人の[受託業者]が居る。ただ、その手前(俺と岡本さんと、[受託業者]達の間)には20匹程度の大黒蟻。また、曲がった先の通路の奥にも同じくらいの数が居そうだった(流石にここまで接近すれば俺の【気配感知Lv2】でも分かる)。


「大丈夫か?」


 と、岡本さんの大声。対して、あちら側からは


「助けてくれ!」

「早く!」


 という悲鳴じみた声が返って来る。う~ん、ちょっと情けない?


(彼等の[修練値]は350程度なのだ、ただ、スキルが殆ど無いのだ、アレだと6層はちょっと荷が重いのだ)


 なるほど、なんだか出会った当初の[CMB]のおっちゃん達みたいだな。


「赤竜群狼クランか?」

「そうだ、早く!」

「うわっ!」

「アキノリ!」


 うん……もたもたしていると、犠牲者が増えそうな感じだ。特に「赤竜・群狼」クランの連中に想い入れは無いけれども、この場合は恩を売っておけば協力的になるだろう。我ながら実に、


(腹黒いのだ)


 お前に言われたくないよ。ということで、


「やりましょう!」

「おう!」


 となる。


 その後の経緯は結構アッサリだった。


 まず、岡本さんがこちらから見える大黒蟻の集団に【挑発】スキルを掛ける。それで10匹程度が、こちらへ向かって来た。その10匹に対して、俺は【水属性魔法:下級】を発動。イメージは「月下PT」の百合系女子工藤さんの得意な「水滴弾」だ。細かく硬い水の粒を向かってくる大黒蟻の集団にぶつけるイメージ。そのイメージ通りに、俺のてのひらから、無数の水滴が発射される。


 実際、硬い装甲を持つ大黒蟻に、直接的なダメージは少ない。でも、今の攻撃で前進速度が遅くなり、大黒蟻は通路の途中で団子状のひと塊となる。そこへ、


――ズバンッ!


 俺は木太刀のままで「飛ぶ斬撃」を放つ。結果は10匹を一網打尽。はね飛ばされた数匹の死骸が、先の「赤竜・群狼」クランPTの中に飛び込んだりしたが、まぁ問題なし。


「次!」

「はいっ!」


 と、ここで、岡本さんがもう一度【挑発】を発動。それで、残りの10匹が同じ様にこちらへ向かってくる。後は繰り返しになる。


 6層中盤付近の戦闘は、5分も掛からずに終息した。

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