*53話 「双子新地高架下メイズ」② 5層通過


 5層はガランとした空間だった。当然だけど、番人センチネルモンスターの姿はない。とうの昔に朴木や金元によって討伐されたのだろう。そのため、今は[受託業者]の休憩スペース、所謂いわゆる「セーフゾーン」になっている。


 その証拠、という訳でもないが、5層の壁沿いには何カ所か荷物を固めて置いてある場所がある。どれにもビニールシートが掛けてあり、中にはトラテープ・・・・・でぐるぐる巻きにされている物もある。多分もなにも、十中八九[受託業者]PTの荷物だろう。5層や10層は番人モンスターを全滅させた後はモンスターリスポーンが発生せず、更に外部からの持ち込み品に対する不自然な速度での劣化風化も発生しない特殊な空間だ。だから、荷物を保管して拠点化するには丁度良い場所、ということになる。


 ただ、見た感じどの荷物も「赤竜・群狼」クランの物ではなさそう。多分、このメイズのローカルルールだろうけど、どの荷物にも持ち主のPT名と連絡先の携帯番号が書かれた紙が貼られている。そんな荷物の持ち主達は、今日はメイズに来ていないようだ。まぁ、入口にあんな連中(チンピラ風の男達)が居たら、だれも寄り付かなくなるというもの。


「盗られたり、心配じゃないのか?」

「そんな貴重品は置いてないんでしょう、たぶん水とか簡易トイレとかじゃないですか?」


 岡本さんと俺は、そんな光景を横目に5層を通過する。


 ちなみに、5層に「赤竜・群狼」クランの姿は無かった。俺の予想ではそれなりの数のPTがこの5層で休憩していると思っていたのだが、そうではなかった。ちょっと肩透かしを食らった気分になる。場合によっては、可成りの人数から妨害を受けて、それを強行突破しなければならないと考えていたので、尚更だ。


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 ちなみについで・・・の話になるが、「赤竜・群狼」クランのトップPT(赤竜第1とか群狼第1)の実力について、俺も岡本さんも「行けても12層止まりだろう」と見込みを付けている。根拠は主に昨年末から今年初めにかけて発生した「小金井・府中事件」の最中、小金井緑地公園メイズ消滅作戦における彼等の戦いぶりからだ。


 事件当時(半年ほど前)の彼等は朴木太一ほうのきたいち金元恵かねもとめぐみを除く他のメンバーの[修練値]が大体6層相当の400程度だった。事件が終結した時点でも11層相当の650に達するかどうか? という程度で止まっていたはずだ(朴木と金元は800近くまで伸びていたけど)。それに習得しているスキルもあの2人・・・・と比較すると他のメンバーは相当見劣りしていた記憶がある。全部、当時のハム太の【鑑定(省)】による見立てだから、たぶん正しいだろう。


 まぁ、当時の彼等はリーダーの朴木が使う本物・・の【収納空間】(こう言うとハム太が文句を言いそうだけど)と、金元が使う中級レベルの【火属性魔法】と【土属性魔法】(飯田よりも手慣れている感じがあった)が強力だった事を除けば、大型クランのトップPTの割には凡庸な能力だった。だから、あの2人以外には余り印象に残った人物が居ない、というのが正直な印象。


 辛うじて覚えているのが、赤竜第1PTの保田ほだとかいう男性メンバー。たしか、小金井メイズの最後半で【風属性魔法:中級】を習得していたはずだ。そのスキル習得を巡って、他のクランメンバーと揉めていたので何となく印象に残っている。


 とまぁ、その程度のメンバーしか居ないPTだったから、主力(朴木と金元)の2人が抜けた後は、「大したことはないだろう」ということになる。現に、これまで通過した場所に居た3つのPTに聞いた話では、赤竜・群狼、何方いずれの第1PTも、最近は余りメイズに潜行していなかった、ということだった。


(油断は禁物なのだ)


 勿論、ハム太に【念話】で指摘されるまでもなく、油断するつもりはない。でも、この場合はどうしても、その他の連中・・・・・・に気が向くというもの。つまり、クランメンバーではないが、第1PTに同行して先に進んだという7人組のことだ。


 その7人については正体不明。先ほど話を聞いた時は、言われるままに「世話役」(「蛟龍会」とか「六龍連合会」とか)だと思ったが、能々よくよく考えると少し納得がいかない。というのも、そんなチンピラ崩れの連中が真面目にメイズに潜ってドロップ集めや[修練値]、【スキル】の習得しているとは考えにくいからだ。


 メイズの外では暴力にモノを言わせることができても、メイズの中は別の世界になっている。豚顔オークやゴブリンナイトを相手に凄んでみても、外の世界と違って全く通用しない。寧ろ、そんな連中は足手纏いでしかない。だから、それなり・・・・、又は、今の赤竜・群狼第1PTよりもよほど・・・腕に覚えのある・・・・・・・連中なのかもしれない。


 そう考えると引っ掛かるのが、先程パチンコ店の事務所で谷屋さんが話していた会話の一部。中断して有耶無耶になってしまったが、あの時の谷屋さんは「統情六局」という言葉を口にしていた。その前には撃たれる直前の「張」という男も同じ様な言葉を発していたはず(そちらは電車の音でよく聞き取れなかったけど)。


 そんな「統情六局」という言葉が何を指すのか分からないが、中国の諜報機関に属するメイズの専門家スペシャリストという可能性は……


(ありそうなのだ)


 ということなのだ。


(まぁ、今は考えても仕方ないのだ。それにコータ殿も今の状況を全部自分で引き受けるつもりはない・・のだ?)


 一方、ハム太はそんな指摘を【念話】で送って来る。それに対して、俺はちょっと考えた後で、内心頷いて肯定。まぁ……そうなるんだよね。


 というのも、俺が今「双子新地高架下メイズ」に潜っている事には、実は大した大義名分が有る訳ではない。朴木や金元の件も気になると言えば気になるが、結局は他人事に過ぎない。


 ならば、何故こんな面倒な場所にいるのか? ということになるが、それはもう、犯罪者なのかチンピラなのか諜報機関なのかよく分からん連中から里奈を守りたい、という強烈な個人的動機が一番の理由だ。


 実際問題として里奈が誰かに「守られる」必要が有るか無いかは別として、そう思う事が今の行動の原動力になっている。だから、こうやって先行してメイズの中に入り、露払いを兼ねつつ状況を整理しようとしている。


(健気なのだ)


 そういう言い方はちょっと違うと思うけど……まぁ、出来る事があるのにやらないでおいて、その結果「もしも」の事態が起きたりしたら……親友だろうが恋人だろうが、とにかく大切な人が身近から消える経験はもう勘弁願いたい。


 だからこそ、


 ――中の赤竜・群狼クランの面々の敵対度合は?――

 ――他の[受託業者]は居るのか?――

 ――[受託業者]以外の奴等は居るのか?――

 ――居たとして、そいつらの敵対度合や脅威度合は?――


 といった事柄についてある程度調べられれば、というのが目下の俺の思惑だ。


 里奈がどういう形・・・・・でメイズ内に入って来るか? それは不明だけれども、たぶん、警察と共に入って来るのだろう。先ほどの里奈からの電話によれば、たぶん手島を撃った件で「殺人未遂」の容疑者を逮捕するために警察を伴ってメイズに入って来ると思う。


 ただ、今の情報から考えれば、状況はそれだけでは済まない。寧ろ、手島に対する「殺人未遂」は全く余計なアクシデントだろう。今、このメイズ内に居る連中は【解読】というスキルを習得してしまった金元恵の確保を目指している。その点が里奈と警察が持っている認識とのズレだ。


 本当なら、後からやって来る里奈と合流したいところだが、それが無理でもこの認識のズレは伝えておきたいと思う。


(田中殿や谷屋殿に迷惑が掛からないように伝えるのは大変なのだ……)


 それはそうだけど、いざとなったら里奈だけでも知っていればいい。だから、その時はハム太の【念話】で頼むよ。


(【念話】関連でアテ・・にされたのは、たぶん初めてなのだ……ガッテン承知の助なのだ!)


 俺とハム太はそんな感じで【念話】を交わしつつ、岡本さんと共に5層の空間を突っ切り、6層へ降りる階段へ足を踏み入れた。


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