*52話 「双子新地高架下メイズ」① メイズで道を尋ねるならば


 「双子新地高架下メイズ」は、出現した場所が高架下をくぐる道路沿いの歩道とその脇のジメっとした土の地面の境目だったので、内部表面の見た目は歩道のアスファルトと地面の土のマーブル模様になっている。ただ、あくまで表面の見た目だけの話なので、壁や床を触ってみても、アスファルトや土の感触はない。触った感触はコンクリートが一番近いか? そんな感じだ。


 メイズに入るようになった最初の頃は、それが不思議で仕方なかったが、今では「慣れて」しまって特に感想は無い。もう「こういう物なんだ」と思考停止している感じになっている。


 一方、内部の構造は……これはちょっと問題だった。たぶん、アトハ吉祥や霧台のような[小規模メイズ]と似たような構造になるのだろうけど、俺も岡本さんもマップ情報を持ち合わせていない。それが問題な訳だ。


 普段は飯田が持っているマッピングデバイス(PLS)に頼り切りだから、俺も岡本さんも「マッピング」に関しては素人同然の知識と技能しかない。文明の利器に頼り切りだった弊害だ。しかも、俺に至っては「チーム岡本」結成当初に朱音から指摘されたように、かなりの方向音痴である。多分、スマホにダウンロードしたマップ情報があっても迷うと思う。


(地図をそのまま見ようとするからダメなのだ。地図が読めないタイプの人は、分岐点に番号を振って、番号を覚えるのだ)


 とは、ハム太の【念話】。


 曰く、同じルールで分岐がある度に、例えば右から1,2,3、と番号を振れば、メイズの構造を覚える必要はない、とのこと。確かにそれなら「このメイズの6層は1,2,4,3,2,2、1,4、2で下に降りる階段に着く」となる。なるほどね~、という気分。ただ、今に限ってはマップそのものが無いから無駄な知識というか情報だ。


 それで、結局俺と岡本さんはどうしているかと言うと、先に現地に居る人・・・・・・・・に道を尋ねながら進んでいる、と言う状態。勿論、道を尋ねる相手は「赤竜・群狼」クランの皆さん。全員が親切な事に・・・・・、こちらが声を掛けるより前に気を利かせて声を掛けてくれる。ただし、その内容は「何かお困りですか?」といったものではない。


 ――なんだてめぇら!――

 ――何しに入って来たんだ?――

 ――ここは使ってるんだよ、あっちへ行けよ――


 そんな感じの声掛けである。みんな元気が有り余っている様子だ。でも、ものを尋ねているのはこちらの方なので、極力丁寧にお願いする。大抵の場合は、丁寧・・誠意・・を見せると大人しく親切に先の道を教えてくれるというものだ。


 丁度、今もそんな感じになっている。


*********************


――バキッ


――ドカッ


 やたらと痛そうな音が響く。それで、


「ぎゃぁ!」

「ひぃ……」


 と、切ない悲鳴が上がる。


 悲鳴の主は、4層に降りて直ぐの場所で因縁をつけて来たPTのメンバー。全部で4人のPTだが、その内の2人になる。定型文のようなセリフを吐いた後、こちらが「またか」という顔をしたら、掴みかかって来た訳だ。その結果が、今の状況になる。


 2人を撃退したのは岡本さんだ。1人の顔面を方形ポリカ盾で殴り付け、もう1人へは鳩尾みぞおち付近に前蹴りを叩き込んだ。それで2人とも悲鳴を上げて床に崩れ落ちた。流石に岡本さんも[飯田式フランジメイス3号]は使わない。怪我をさせたい訳じゃないからね。


 一方、残った2人の方は、これで大人しくなると思いきや、意外にガッツがあった。


「くそ!」

「何だお前等!」


 などと言いながら、マチェットと手製槍を構えると、それを振り回すようにして突っ込んで来た。なまじ武器を持って向かって来るだけに対処が面倒だ。特に、岡本さんがメイスを振り回したりしたら、それが当たっただけで大抵の人間は重傷を負う事になる。なので、


「ここは俺が」


 と言いつつ、俺は2歩ほど岡本さんの前へ出ると、木太刀を鞘から抜き出すような軌道で振り払う。


 最初の狙いは手製槍を持った方。全く鋭さを感じない動作で突き込まれた穂先を軽く上へ打ち払い、そのまま木太刀の切っ先を鳩尾に突き込む。


「うげぇ」


 という声を上げて、そいつは地面に膝をついた。


 一方、マチェットを持った方は今の光景を見て明らかにひるんだが、何故か、


「チックショー!」


 と勇気を振り絞り、出鱈目でたらめにマチェットを振り回し始め……って、そんなに振り回したら、近くで寝転がっている仲間に当たるぞ!


「危ないだろ!」


 思わず、そんな声が出る。


(危ないのはコータ殿の方なのだ。[修練値]的にただのイジメなのだ)


 とは、脳内に響くハム太の【念話ツッコミ】。う~ん、イジメ呼ばわりされるのは心外だ。それに、マチェットが危ないのは本当の話。なので、


「――ッ!」


 俺は短く気合を発しつつ、振り回されるマチェットの軌道に合わせて、鋭く木太刀を振り下ろした。それで、マチェットは、


――キンッ


 と音を立てて地面に落ちる。一方、一瞬前までマチェットを振り回していたヤツは、空になった手を「え?」という顔で呆然と見ている。俺は、そいつの鼻先に木太刀の切っ先を付けて、


「……5層に降りる階段ってどこですか?」


 と、なるべく丁寧な口調で質問した。


*********************


「あ、ああ、アッチです」


 俺の質問に、マチェットブン回し男君(酷い命名だ)は、少しどもりながら分岐の1つを指差した。


「ありがとう。ところで……君達は第何PT・・・・?」

「えっと……なんで……」


 ただ、続く俺の別の質問には戸惑ったような顔になる。そこに、


――ドンッ


 と響くのは、岡本さんが盾の縁を床に打ち付けた音。その結果、


「ぐ、群狼第6……PTです」

「4層は君達だけ?」

「はい」


 なるほど、素直でよろしい。ということで、俺は木太刀の切っ先を仕舞うと、改めて目の前の連中を見る。


 ちなみに、ここまで来る間、1層と2層には人気ひとけが無かったが、3層には「赤竜第9PT」と「赤竜第8PT」の計8人が居た。見た感じ、その連中と目の前の連中に装備や雰囲気の違いは無い。なので、


「外から入って来た人達を通すな、って言われていた?」

「いえ……はい、そうです。邪魔して追っ払えと……」


 俺の質問に対する答えも、3層の連中と同じだった。


 手島が朝に送って来たメッセージや、その後、谷屋さんが「張」から聞き取った情報によると、現在このメイズの中には手島の「群狼第7PT」を除く9PT46人が入っているらしい。その内、3PT12人分の所在は確認したことになる。だから残りは6PT34人。それだけの人数が更に奥に居るということ。


 ただ、実際にはクラン以外の余計な連中・・・・・が混ざっている可能性が高い。なので、まずはその辺の情報を押さえておく必要があるだろう。ということで、俺は質問を続ける。


「5層以降の配置って分かるかな?」

「す、すみません……俺達、分からないです」

「じゃぁさ、今日だけど、君達のクランのメンバー以外の人達を見かけたりしてない? 一緒に奥に行ったり?」

「そういえば……黒っぽい服装をしたのが7人ほど……見た事ない顔だったけど、たぶん世話役・・・の人達だと思います。第1PTと一緒に先へ行きました」


 なるほど。


 ちなみに、こいつ等が言う「世話役」とは「赤竜・群狼」クランの運営をやっている連中の事だと分かっている(3層に居たPTが教えてくれた)。その連中が「蛟龍会」とか「六龍連合会」とかいうチンピラ組織の構成員である事は田中社長や谷屋さんから聞いている話だ。さきほど、メイズの入口に陣取っていた連中もその一部だったのだろう。


 ただ、そんな「世話役」のメンバーが一緒にメイズに入って行った、というのは新しい情報だ。……どうやって認証ゲートを抜けたのか分からないが、「見た」というなら、そうなのだろう。しかし、この場合はその7人組を素直に「世話役」だと考えて良いものか……とにかく、この先の層には6PT34人+7人が居る、いうことになる。


 と、ここで、マチェットブン回し男君が疑問を発した。それは、


「あ、あの……」

「ん? 何?」

「お、お二人はどちら様で?」


 というもの。どう答えたものか? と思うが、まぁ適当でいいか。


「受託業者だよ」

「そりゃ、見れば分かりますけど」

「それ以外の何者でもないよ……あっ、そうだ。この後しばらくしたら別の集団が来ると思うけど、その集団には大人しく従った方が良い。俺達よりも乱暴な人達だから」

「え……は、はい、分かりました」

「じゃ、そういうことで」


 こうしておけば、後から里奈達が通った時は、もっとスムーズに協力するだろう。そんな事を考えながら、俺と岡本さんは怯えるような視線を背中に感じつつも、5層へ続く階段を目指すのだった。

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