*幕間話 捜査会議?


**五十嵐里奈の視点***********


「え~と、現時点で双子新地のメイズは……7層の中ほどまでマップ情報が――」


 という声は佐原部長のもの。その声に応じて、高津溝口署の職員がプリントされたマップ情報を警察側のメンバーに配っていく。


 現在、高津溝口署の4階道場はちょっとした「捜査本部」的なおもむきになっている。警視庁から応援のSAT部隊と共に、現場指揮を執るという青島(もう呼び捨てで良いだろう)とその部下達が到着した直後から、(それまでほったらかし・・・・・・だったのに)急に体裁が整えられた格好だ。今は、多数の折り畳み机とパイプ椅子が準備され、3枚のホワイトボードとネット回線、プロジェクターにコピー機まで持ち込まれている。


「一方、現在、メイズ内に居る受託業者に付いての詳細は――」


 状況としては、私達[管理機構]側が「双子新地高架下メイズ」の概略を説明している、というもの。佐原部長は慣れない環境の中でも、普段通りに喋っている。流石は(出世街道からは外れていたけど)元キャリア官僚といったところだ。厳ついプロテクターと顔の半分隠すようなマスクを身に着け、マシンガン(?)を抱えた状態のSAT隊員や、さっきからずっと不機嫌そうにしている青島以下のスーツ姿の面々を前にしても、淡々としている。


 ちなみに、仮設捜査本部(?)状態となった道場では、私達[管理機構]と青島の警察側が、プロジェクター用のスクリーンを挟んで対峙するようにパイプ椅子に座っている状況。私達が8人なのに対して、警察側はプロテクター姿の隊員が20人とスーツ姿の男が7人、他に高津溝口署の制服警官が10人ほど後ろに控えている。結構な威圧感だが、その状況で淡々と発表出来るのだから、私はちょっと佐原部長を見直したものだ。


 そんな佐原部長が発表している内容は、先ほど本部オフィスの富岡さんからメールでタブレットPCに送られてきたもの。準備時間は短かったけど、発表用として綺麗にまとめられている。富岡さんグッジョブだ。それを佐原部長はプロジェクターに接続してスクリーンに映し出しつつの説明している。


「五十嵐さん、五十嵐さん」


 と、ここで、いつの間にか私の隣に移動してきた安全保障局の吉池係長が小声で話し掛けて来た。なんだろう? と思う。


 ちなみに、この吉池さんとは前の小金井・府中事件の後にも(蛇足的に)2度ほど会った事がある。1度目は国家安全保障会議への報告会(当時の江口部長、佐原課長、富岡課長代理に同行していた)の後。富岡さんと一緒に新庁舎1階の喫茶店で遅い昼食をとっていた時に偶然同席することになった。そして、2度目はその後直ぐに吉池さんが設定した「合コン」の場だ。


 まぁ「合コン」については先に富岡さんがノリノリになってしまったので、私はそれに付き合わされることになった、という経緯。男女8人づつという合コンだった。私としては、その当時も(勿論今も!)コータ以外の男性には興味が無いので、単に食事をしてお酒を呑んで帰って来ただけだ。何人かからしつこく連絡先の交換を求められたが、全部お断りした。意識的に愛想悪く対応したので、それ以降のお誘いは無い。


 そんな吉池さんが話し掛けて来たのだが、まさかこの状況でまた「合コン」という訳ではない(当然か)。話の内容は結構シリアス、でも幾らか私達を安心させようという気遣いのあるものだった。それは、


「心配しないでください、青島さんに全部やらせておけばいいですから」


 というもの。後は、


「上の方……岡崎担当大臣の辺りは、平川副長官が押さえているので、面倒な横やりも入らないはずです」


 とも言った。ちなみに平川副長官とは、たぶん平川内閣官房副長官のことだろう。メイズにテコ入れする現政権において、飯沼総理大臣の右腕、または懐刀と呼ばれる人物だ。事務方トップとして巨大な日本の官僚組織に君臨している人物、という事になる。勿論、相当偉い人だ。ただ、私からすると偉過ぎて実感がない。そのため、


「はぁ……そうですか」


 という反応になってしまう。


「とにかく、警察側の機動隊の後ろに付いて現場にいるだけで済むはずだから」


 対して、吉池さんはそんな感じで言う。口調的にも内容的にも私の事を心配している風に受け取る事が出来て、正直ちょっと新鮮だ。


 というのも[管理機構ウチ]の面々は(出掛けに富岡さんが心配してくれたけど)基本的に私を女性扱いしない。まぁ、自分で「か弱い女性」ではない・・・・事を行動で示しているのだからしょうがないのだけど、それでも、身の回りで親身に心配してくれるのはコータくらい・・・だから、新鮮な感動を覚えるのは確か。


(……里奈様、浮気ニャン?)


 と、ここで不意にハム美の【念話】が脳内に響く。いや、どうしてそうなるのよ?


(だって、女性は優しい男性に弱いニャン……それに、顔もコッチの方がコータ様より上ニャン。ハム美、秘密は守るニャン)


 ……いや、そうかもしれないけど……って、そんな事ないわよ。コータの方がずっと――


 と、この一瞬、私の思考はワチャワチャとした感じになった。そんな間隙をついて、発表が終わりに近づいた佐原部長の言葉が耳に飛び込んで来る。それは、


「――後は、14:03に2名入場しています。岡本忠司と遠藤公太……共にAランクPTに所属する[受託業者]です」


 というもの。予想外の所で恋人コータの名前が読み上げられた結果、私は思わず、


「は?」


 と、素っ頓狂な声を発してしまう。それが、静かな仮設捜査本部(?)にクリアに響いて、かなり気マズイ沈黙を作る。私は心の中で「佐原部長、サラッと流して!」と内心願うのだが、


「……どうした、五十嵐君?」

「あ、いえ……」


 いや、こんな時だけ気遣う感じに成らないでよ、と佐原部長に文句を言いたい。ただ、発表自体はここでひと段落となったのは確か。その証拠に、対面の警察側から「[管理機構そっち]の番はお終いだ」と言わんばかりの声が上がった。それは、


「そちらの説明が終わったのなら、こちらから質問がある!」


 という青島の声。


 その後、青島が発する立て続けの質問に、佐原部長は結構苦労して回答する事になった。


「メイズの中に居る者はそれだけか?」

「認証ゲートを経ずにメイズ内に入ることは可能か?」

「赤竜群狼クランの実力では何層まで到達できるか?」


 質問の内容は概ねこんな感じだ。どれも、答えにくい。


 まずメイズの中の人数だが、これは、サーバーのデータが信頼できるなら、「そうです」と言う回答になる。ただし、外部からハッキングを受けているのは半ば明白な状況なので心許ない。


 次に「認証ゲートを通らない」メイズへの侵入だが、これは現実的には不可能に近い。「双子新地高架下メイズ」の構造上、メイズの入口はコンパネに囲われている。コンパネ自体は仮設だが、取り除くには小型の重機が必要になる。万が一外壁が破壊されれば、当然報告が入るはずだが、そのような報告は一切無い。


 最後に「赤竜群狼クランの実力」について。これは答えようがない。以前の彼等なら15層まで到達できる実力はあっただろうが、今はリーダー格の朴木太一ほうのきたいち金元恵かねもとめぐみが抜けている(?)状況だ。だから、この質問には「分からない」としか答えられない。


 そんな質問に対して、佐原部長は苦労して回答している。


 一方の私といえば、そんな佐原部長を横目に見ながら、何故コータ(と岡本さん)が「双子新地高架下メイズ」に入ったのだろう? と考えていた。


 思い当たるのは先ほどの電話だ。私はコータとの通話で「双子新地高架下メイズ」の名前を出している。ただ、それから30分もしない内に、コータがそのメイズに入るのはちょっと不自然だ。事前にそこへ行く準備をしていたということかな? でも、普段の「チーム岡本」は4人PTだ。それが、今は岡本さんと2人で行動している。どういう事だろうか?


([遠話]は一方向の通話だからハム太お兄様からの話は聴けないニャン)


 ハム美の使う[魔術]も万能じゃない、といったところ。


(でも、たぶんコータ様は里奈様の事を心配して行動しているニャン。危険が無いか事前に調べるつもりニャン)


 ……なんだか「ありそうな話」だと思う。もしそうだとしたら、「余計な心配を」と思うけど、その一方でなんだか嬉しいのも確か。


(愛されてるニャン)


 そう、なんだろうな。


*********************


 この後、捜査会議(?)は人員配置の説明とメイズ内での行動方針の説明が警察側からなされた。なんでも、


「内部の[受託業者]に総当たりで行く。不審な人間や抵抗する人間は公務執行妨害で引っ張る・・・・。[管理機構]は同行するSAT部隊の案内だ、いいな、余計な事はするな」


 との事。それで、最終的には青島の


「神奈川県警の第2機動隊が到着次第行動に移る、総員準備!」


 という号令で締めくくられた。


 ちなみに、この時には既に神奈川県警の第2機動隊が高津溝口署に到着していたので、直ぐに行動開始となった。14:45の事だった。

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