*幕間話 高津溝口署


 あの後、江口理事は会議室を出て行った。


 普段はどちらかというと冷静なタイプの江口理事だから、声を荒げてしまった事を上手く繕う事が出来ずに、顔を赤らめたまま無言で出て行った感じだ。だったら最初から怒鳴らなければ良いと思うが、まぁ、色々あるのだろう。


 一方、残された私は大島班と水原班の到着を待って行動に移る。移動手段は[管理機構]のワンボックスバン2台。それに大島班3人、水原班3人、私、そして佐原部長が分乗した。ちなみに富岡さんは、


「私は後方支援に回るわね」


 という事で本部に残った。そんな富岡さんは、


「気を付けてね里奈、無理はしないで」


 と、私に言う。こういう時だけ妙に「お姉さん」な感じを出して来るから、私としては返事に困ったものだ。正直なところ、この時点で私達に「何が求められているのか?」判然としない。だから、無理はするなと言われても答えようがないのだけど、そこは、


「大丈夫ですよ。……でも今晩のデートは無理そうですね」


 と答えておいた。それで少しだけ富岡さんの表情が和んだから、まぁ良いだろう。


*********************


 目指す先は「神奈川県警の高津溝口署」だという。その場所が目的地になる理由も含めて、途中の車内で佐原部長が説明してくれた。


「江口理事も辛い立場なんだ、そこのところは、五十嵐君も分かってやってくれ――」


 そんな言い訳(?)から始まった佐原部長の説明はこうだ。


 曰く、


 ――朝方に成成学園前通りで拳銃を発砲したのは「成成学園メイズ」に押し入った連中とは別のグループ。ただし、直前まで一緒に行動していた事はNシステム(自動車ナンバー自動読み取り装置)や付近の防犯カメラの情報から分かっている――


 ――Nシステムのデータによると、その集団は今朝早朝に国立西メイズ前から出発した――


 ――国立西メイズ付近の防犯カメラやコンビニ店員の情報等から、[赤竜・群狼]クランのメンバーが集合し、一緒に出発したことが分かっている。その集団は既に「双子新地高架下メイズ」に到着している――


 ――拳銃を所持し発砲事件を起こした犯人が「双子新地高架下メイズ」に入った蓋然性が高いため、本件は[受託業者]手島敦てしまあつしに対する殺人未遂事件となる。その一方で、内々には「甲状況」として内閣府危機管理局の管理下に入ることが決まった――


 ということ。


 それらの情報は、この件を「甲状況扱い」とすることが決まった時から内閣府の危機管理局が一元的に発信しているらしい。ただ、一次情報は全て警察側が握っているから、[管理機構]は伝聞の情報を得ていることになる。警察と[管理機構]の協力体制はハッキリ言って「ゼロ」。何も仕組みが出来上がっていないから、この辺が少し不安だと感じるのは仕方ない。


 ただ、それよりも何よりも、


「殺人未遂で危機管理局が出てくるのって、少し変ですよね? それに、今の状況を甲状況だというのもなんだか無理矢理な気がします」


 という、そもそも論・・・・・的な疑問が残る。そんな私の疑問に対して佐原部長は一段声を落すと、


「実はな……成成学園のメイズに押し入った4人組だが、入る時は正規の方法で認証ゲートを抜けたんだ。どうも、偽造した認定証を持っていたようなんだ」


 と言う。でも、認定証を偽造した程度ではセキュリティーは破れないはずだ。というのも、認証ゲートの仕組みは、


「え? 偽造ですか……でも、認証ゲートって、認定証の情報と本部のサーバーにある元データを照合する方式ですよね? 認定証だけ偽造しても無理じゃ……」


 というシステムのためだ。対して佐原部長は、私の疑問に頷きつつも、


「だから、本部サーバー内のデータからして書き換えられている可能性が出て来た。現に、あの4人組は全員が赤竜群狼クランのメンバーという事になっているが、その内の1人は今年の2月に自殺していることが分かった。恐らく他の3人も含めて、4人全員が成りすまし・・・・・だろう」

「じゃぁ、今双子新地のメイズに入っている人達の中にも?」

「多分、成成学園前通りで手島という受託業者を撃った男達が赤竜群狼クランのメンバーとして紛れ込んでいる」


 サーバーの内部データを書き換えるのは、ちょっと私には想像がつかないが、結構大ごとな気がする。それをあらかじめ準備して、やった事が[受託業者]への殺人未遂では釣り合いが取れない気がする。勿論、殺人未遂も重大な事件だけど、どうにも不釣り合いな気がしてしょうがない。だから、私の疑問はシンプルに、


「でも、何のためにそんな事を?」


 となるのだが、それに対する佐原部長は、


「そこまでは分からない。ただ、上の方は何か掴んでいるようだ。だからこその甲状況なのだろう」


 と、結論付けた。それで佐原部長は、


「サーバーに細工がしてある可能性が出て来たので、江口理事はあんな感じで不機嫌だったんだ。まぁ、最近はずっとあんな感じだったけどな」


 という言葉で説明を締め括った。


(むずかしい話ニャン)


 不意に頭の中に響いたハム美の[念話]に、驚くよりも、「ほんと、そう思うよ」と同意する気持ちが強かった。


*********************


 高津溝口警察署に到着したのは12:00前。昼食は途中のコンビニで弁当とかを買い込んで車内で済ませている。


 そんな私達は、全員が4階の「道場」へ案内されることになった。「ここを待機場所として使ってください」という事らしい。着替え場所も特に指定がないから、この場所でやれということか……まぁ、良いけど、と思う。


 着替えと装備の確認は直ぐに終わった。着替えと言っても私達の服装は元から動きやすさを重視した物だ(制服とか、面倒なドレスコードが無い職場だ)から大した事はない。その上に、飯田金属が提供してくれた官用モデルの[MP-LL-Pro3]を身に着けるだけで済む。ちなみに佐原部長は


「部長は来ないんですか?」

「え? え、遠慮しておくよ」


 とのこと。まぁ付いて来られても困るから、今のはただの冗談だ。


 武器については、私は相変わらず六尺棒がメイン。他には支給品である護拳ナックル付のボウイナイフと小型のポリカ盾も装備しているが、今まで殆ど使った事が無い。


 一方、大島さんや水原さんを含めて、他のメンバーは全員が大型のポリカ盾を標準装備している。その他には腰にマチェットや大型ナイフをぶら下げているが、普段から手に持っているのは4尺(120cm)程度の白い警杖になる。盾と警杖、それにナイフやマチェットは支給品だが、大島さんと水原さんは自費で購入した「ショートソード」がメイン武器になるようだ。


 ただ、これだけだと、外観に統一性こそあるものの他の[受託業者]と見分けがつかない。なので、全員が両腕に黄色地に黒字で[管理機構巡回課]と書かれた腕章を装着する。これで準備完了だ。


 その後、準備を整えた私達は、しかし、それから随分と待たされることになった。その間、高津溝口署の人達は誰も私達に構うことは無かった。なので、気を利かせた(しびれを切らした?)佐原部長が1階の自販機で飲み物を買うついでに、署内の様子を聞いて回ってくれた。それで戻って来た佐原部長が言うには、


「なんか、川崎と横浜で何件も強盗事件が起こっているらしい」


 とのこと。言われてスマホを確認すると、確かにネットニュースに「コンビニ強盗、拳銃を所持か」「路上強盗多発、横浜市内」「コンビニ強盗再び、川崎市内で3件立て続け」「同時多発強盗事件か?」といったトピックがヘッドラインに並んでいる。


「警察側の人員が足りないらしいぞ」


 と言う佐原部長の話はさもありなん・・・・・・。しかし、不自然な話だ。


 と、ここで、今度は佐原部長の電話が鳴る。どうやら江口理事からの電話の模様。内容は、


「警視庁のSATが来るらしい」


 ということだ。


 そして、待つこと1時間。13:30過ぎになり、ようやく警視庁のSAT部隊が高津溝口署に到着した。彼等の待機場所も同じ4階の道場だったので、急に周囲が騒がしくなる。


 この時、間が悪いことに私は丁度コータに電話していたところだった。まぁ、理由は「デートは無理っぽい」という事を伝えるため。他にはちょっとだけ「声が聴きたい気分」だったのも確かだ。しかし、


「そこの女、外部と連絡を取るな! こっちへ来い」


 SAT隊員の後に続いてやってきたスーツ姿の男達の中から、偉そうな中年男が電話をしていた私を見咎める。そのため、コータとの通話は中断。電話を切る間際にコータが何か言おうとしていたが、残念な事に聞き取る事が出来なかった。


「どこへ電話していた?」


 スーツ姿の男は「こっちに来い」と言いつつも自分から近づいて来る。対して私は、


「どちら様ですか?」


 と返す。まぁ、いきなりそんな態度・・・・・で来られたら、こちらの対応もおのずと決まるというものだ。


「どこへ掛けていた、と訊いている」

「だから、どちら様ですか?」


 いきなり高圧的に出られたうえ、コータとの電話を遮られた私は相当に頭に来ている。問答無用で投げ掛けられた詰問口調の言葉に素直に答える理由は無い。勢い、私とスーツ姿の中年男は睨み合うような格好になってしまう。


 とここで、


「ああ、青島さん、こちらは五十嵐さん。[管理機構]の巡回課の課長さんです。五十嵐さん、こちらは警察庁警備局の青島監察官、階級は警視正です。今回の警察側の現場指揮を執られます」


 妙に聞き覚えのある声がそう告げる。それで声の方を見ると、そこにはパリッとしたスーツを着こなした若い男性の姿がある。私も見知った顔のその人は、国家安全保障局の吉池係長だった。


「吉池さん、お久しぶりです」

「半年ぶりですね、お元気そうで」


 以前の小金井・府中事件で面識があるので、そんな挨拶になる。一方の青島警視正は、その間、私と吉池さんをムスっとした顔で睨みつけていた。


 前途多難だな、という印象は、残念なことにこの後現実になってしまった。


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