幕間話 不服な命令


**五十嵐里奈の視点***********


 富岡さんが声を掛けて来たのが9:45過ぎ。この時点で事態は既にある程度展開していた。そのため、この時点で巻き込まれた私は、この後、まるでエスカレーターか動く歩道に乗せられたような気分になった。ハッキリ言って、気分が良いものではない。


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 まず、一連の展開の呼び水となった富岡さんの「話」は、その時点での第一報だった。


「成成学園メイズの管理棟から電話があったの――」


 電話を掛けて来たのは成成学園大学の学生自治会。実はこの[成成学園メイズ]の管理は[管理機構]が学生自治会に委託する形式になっている。「異例中の異例の措置」と言える状態だが、大学自治の原則や運営法人の政治的な影響力、他には制度が運用された当初のゴタゴタなど、その理由は多岐に渡る。とにもかくにも・・・・・・・、このメイズの管理は学生自治会だ。


 それで、その学生自治会からの電話通報によると、


「怪我を負った受託業者がメイズに逃げ込んで来て、それを追って来た男達と、成成学園メイズの受託業者の間でトラブルになった、って」


 つまり、外で怪我をした[受託業者]が「成成学園メイズ」に逃げ込み、それを追って来た連中もメイズに入った。そこで、偶然居合わせた別の[受託業者]PTが逃げ込んで来た面々を庇って、追って来た連中と「トラブル」になった、という話。


 逃げ込んで来た[受託業者]は、なんとあの・・・・・[赤竜・群狼]クランの(「群狼第7PT」とかいう)4人組。対して、彼等を庇ったのは「月下刀葬」(凄い名前だと思うよ)というAランクPTだ。ちなみに、そのPTについては「月下PT」という名前でコータの話にもよく登場する。リーダーの月成凛つきなりりんという女性を含めて、可成り個性が強烈なPTだそうだ。私も小金井緑地公園や太磨霊園で見かけたことがあるPTになる。


「――で、その[月下刀葬]PTが追って来た男達を撃退したのだけど、撃退された男達は拳銃や刃物で武装していたらしいの。一応決まりだから、これから警察に通報するけど、もしかしたら里奈の巡回課にも関係あるかもしれないから――」


 そんな配慮で、富岡さんは私に話を通してくれた訳だ。


 この時、メイズの入口付近に設置された監視カメラの映像も一緒に見せてもらったが、そこには黒っぽい服装の4人組が、[受託業者]と思しき4人(群狼第7PTだろう)を追って認証ゲートを|通過《・・)する様子と、その20分後に、今度は逆に(たぶん「月下PT」の面々に)追い立てられるように、同じ4人組がメイズから飛び出して来る光景が録画されていた。


 しかも、後半の映像では、黒っぽい服装の4人組の内2人が、メイズの入口に向けて拳銃のようなものを発砲している様子が鮮明に録画されていた。


 ちなみに、「群狼第7PT」の1人(確か手島という名前の男性)が男達に撃たれていたが、その傷は「月下PT」の【回復魔法】所持者によって応急処置を施されたとのこと。現在は大事を取って病院に搬送されているらしい。


「ありがとうございます」


 私は富岡さんにそう言いつつも、内心では「そりゃ顔も蒼褪めるわ」と思った。


 ただ、この時の私は発生した事件には驚いたが、実際にそれが「巡回課」に関係するとは考えていなかった。そのため余り必要性を感じないまま、取り敢えずの対応(マニュアル通り)として、各現場に散っている課員に所在地報告と待機を指示するだけだった。


*********************


 次に状況が動いたのは10:30前の事。


 あの後、「委託課」の富岡さん(課長)は、「関東開発部」の佐原部長と共にオフィス隣の会議室に籠った。その後しばらくしてから江口理事も会議室に入った様子。後は、「委託課」人達や、何故か「システム管理課」や「総務部」の面々が慌ただしくオフィスと会議室を行ったり来たりしていた。そのため、オフィスはちょっとざわついた雰囲気に包まれていた。


 ちなみに佐原部長(以前は課長)と江口理事(以前は部長)は揃って先の組織改編の際に昇進している。そのため、佐原部長は私の「巡回課」や富岡さんの「委託課」が属する「関東資源開発部」という部署を仕切る直属の上司となる。また、江口理事はその上位に位置する「資源開発本部」の総責任者という立場。江口理事の場合は、民間の会社で言えば平取締役か執行役員……いや、「資源開発本部」のボリュームから言えば常務や専務といった立ち位置に近いだろう。


 ちなみについで・・・の話になるが、佐原部長はこの組織改編と昇格人事を歓迎していた。まぁ、額面で年収が200万円ほど上がるから「これで、子供を私立に入れられるよ」と喜んでいた。その一方、江口理事の心中は穏やかではなかった様子。理事室配属の新入職員から巡回課ウチの新入職員が聞いた話によると、なんでも本省(財務省だったか?)へ戻る事を画策しているそうだ。


 まぁ、発足当初の[管理機構]に江口理事が現役出向したのは「上へ行くためのキャリアの通過点」としてだったのだろう。それが突然「キャリアの終着点」になったら、普通に考えれば内心穏やかでないのは分かる。でも、紐付き・・・が一切途切れた今の立場で本省に戻るのは相当難儀な話だと思う。


 と、そんな事を考えつつ、私は自分の課員達の居場所確認を終えている。特に夫々それぞれが別々に班を率いて出先に居る大島さんと水原さんへは、本部に戻るようにお願いしてある。特段の理由が有る訳ではない、念のための措置だ。


 この時点で私はまだ・・「成成学園メイズ」での事件については「物騒な話だな」と思いつつも、そこまで[管理機構ウチ]に関連する話だとは思っていなかった。


 ネットニュースのヘッドラインには「成成学園前通りで発砲事件」というニューストピックが存在していた。しかし、昼前にはヘッドラインから外れてしまっている。余り扱いが大きくない事件、と言った感じだ。


 しかも、ニュース記事では「警察が捜査を進めている」と出ていたし、実際「男達」はメイズの外に出たのだ。だから[管理機構]が関与するとしても、さっき見た防犯カメラの映像を提供したり、現場検証をしたい警察と成成学園自治会の間を取り持つ程度だろうと考えていた。


 ただ、そんな私の考えがくつがえったのは、この後、直ぐの事だった。


「あの、五十嵐課長代理、江口理事がお呼びです」


 「委託課」の若い課員が私を呼ぶので、私は「何だろう?」と思いつつ会議室へ向かった。


 会議室で待ち構えていた江口理事は、私の顔を見るなり、かなり端折はしょった事情説明を始めた。曰く、


「[成成学園メイズ]に押し入った武装4人組の仲間が[双子新地高架下メイズ]へ向かった事が分かった。どうやら[赤竜・群狼]クランと結託して何かやろうとしているようだ」


 とのこと。少し前に警察から連絡があったようだ。それで、江口理事はぞんざい・・・・な口調で


「至急準備を整えて双子新地へ向かってくれ」


 と言う。突然の話に、私は思わず「はぁ?」と聞き返しそうになる。それで、私の表情を見た佐原部長が、すかさずフォローに入った。


「五十嵐君、詳しい話は後で説明する。ところで、課員の大島君や水原君は?」

「はぁ、彼等は今、本部に向かっているところです」

「丁度良い、合流次第出発するから、君も準備を――」

「ちょっと待ってください。出発って、何のために何処に行くのですか?」


 ただし、佐原部長のフォローは余り疑問を解消してくれなかった。なので私は、少し苛立った感じで声を上げる。すると、


「分からないのか? 甲状況が発生したんだよ!」


 私の苛立ちを打ち消すように、江口理事がもっと・・・苛立った声を上げた。


 私は、思わず江口理事の顔を見詰める格好になる。ただ、そんな私の表情は「はぁ?」という呆れた感じを精一杯表現していただろう。



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