*50話 帰り道の急展開
俺と岡本さんは、タクシーに乗って双子太摩川駅を目指していた。田中社長は「なんなら、直接自宅まで」と言っていたが、流石にちょっと気が引けるので駅から電車に乗り換えるつもりだ。
時刻は13:30過ぎ。程々の混み具合の道路を走り、タクシーは太摩川に掛かった橋に差し掛かる。その間、車内の俺と岡本さんの会話は意外なほど少ない。まぁ、会話するといっても、先程田中社長と谷屋さんに教えられた話の内容が一般人の手に負える範疇を大きく逸脱しているので、話題にするにも何をどう話せばいいか分からない感じだ。だから、
「岡本さんは、この後は?」
と、俺は別の方へ話題を向けることにした。
「うん? ああ、飯田の実家に行くつもりだったけど、大分時間が押したからな……」
ただ、答える岡本さんはパッとしない表情だ。何か気掛かりな事がありそうな様子。「双子新地高架下メイズ」内に居る朴木と金元の身を案じているのかな? と思う。
しかし、
だから、「心配か、心配でないか?」問われれば、「まぁ心配かな?」といった程度の興味しかないはず。俺なんかは寧ろ、未返済の借金を抱えて病院送りになっている手島の容態が気になるほど。
「どうしたんですか?」
「ああ……なんだかなぁ……」
俺の問いに岡本さんは苦い表情になる。そして、
「田中社長も水臭いと思わないか? そんな事情なら『ちょっとメイズに行って様子を見て来てくれ』って言ったって良いだろう」
との事。
まぁ、俺としては、岡本さんが言う「水臭い」はちょっと違う気がする。寧ろ無関係な俺達を極力巻き込まないようにする配慮は「実に田中社長らしい」と思うけど……岡本さんは違う感じに受け取るようだ。
「少しは
なるほど、と思う。岡本さんが若いころに田中社長の世話を受けている事は、折々の「反省会」で酔った岡本さんから(何度も繰り返し)聞いている話だ。まぁ「恩を受けた」という意味では、俺も千尋の借金返済に融通を利かせてくれた恩がある。でも、それはメイズで得られるポーションを「優先的に回す」という行為で報いていると思っているんだけど……岡本さんは
――かけた情けは水に流せ、受けた恩は石に刻め――
という言葉があるが、岡本さんも田中さんもそんな言葉を
(コータ殿とは真逆なのだ!)
うっせ! だったら、お前もだろハム太! 最近、高級な珍味系おつまみばっかりネットで買い漁りやがって。黙っているけどちゃんとクレカの請求額は覚えているんだぞ! なのに感謝された記憶がないのだが?
(か、掛けた情けを石に刻んでいるのだ……嘆かわしいのだ、コータ殿)
態々石に刻まなくて、ご利用明細はいつでもWebで見れるからな。
(ぐぬぬ……記録に残らない買い物の方法を探らなければ、なのだ……)
という感じで、俺とハム太は実に
そんな時だった。
――プルルル、プルルルッ
不意に俺のスマホが鳴る。俺は、ハム太との舌戦(念話)を中断しスマホを取り出す。そして、着信が里奈からのものだと見て取り、ちょっとだけ、嬉しいような緊張するような心持になる。
「――もしもし、どうしたの?」
(浮かれポンチなのだ)
うるっさい! なんだよ、その「浮かれポンチ」って。確かに、里奈が絡むとちょっと「浮かれた」気持ちになるのは認めるけど、ポンチってなんだよ!
『あ、コータ、今電話大丈夫?』
そんな俺(とハム太)の内心のやり取りを知る由もない里奈は、少し抑えた声でそう言う。ちょっとだけ声が聞き取り難いのは、周囲が騒がしいからか? その様子に妙な
「大丈夫だけど、どうしたの?」
『ゴメン、今日の夜だけど多分会えないと思う。ホント、ごめんなさい!』
急に仕事で都合が悪くなったのだろうか? まぁ里奈の仕事は「メイズ」と、そこに
「そうか、俺は平気だけど、仕事?」
などと思いつつ、理由を探る俺。対して里奈は、電話口で抑えていた声を更に小声にして、
『そうなの……ちょっとマズイ事になってて――』
と言う。その口調と「マズイ事」という言葉に嫌な予感を感じる俺。[管理機構アラート]が出る「高濃度MEO事象」中のメイズにも平気な顔で乗り込んで行く里奈が言う「マズイ事」ってなんだ?
「そうなんだ、ちなみに何処のメイズ?」
『……双子新地で4月に公開されたメイズよ。なんでも、今朝、世田谷で発砲事件を起こした犯人のグループが内部に侵入したみたいなの』
「え?」
思わず変な声が出た。だって、それって
『どうしたの?』
「い、いや……でも、それって警察の仕事だろ? なんで里奈、っていうか管理機構が?」
ただ、そう言いつつも、俺は少し前に里奈が言っていた言葉を思い出していた。それは、
――この前の改正メイズ特措法で[管理機構]にメイズ内での警察権限が付与されたの、で、これが問題で――
というもの。仕事関係でちょっとした悩みを抱えた里奈の愚痴だった。その話の冒頭で、里奈はそんな事を口にしていたはずだ。だから、拳銃発砲事件の犯人がメイズに逃げ込んだなら、それは[管理機構]にも対処する責任がある話に……なるのかな?
『メイズが絡むとコッチにお鉢が回って来るのよ』
どうやら、その通りらしい。
「マジか……」
『大丈夫よ、警察との合同作戦になるから、私達だけって訳じゃないわ』
電話の向こうの里奈は、俺の心配を見て取ったように「大丈夫よ」と言う。ただ、額面通りにその言葉を受け取る訳にはいかないよ。
世田谷の発砲事件というのは、手島が撃たれたっていう件だろう。だったら、撃ったのは……谷屋さんが言う所の「統情4局」か「蛟龍会」か「統情6局」ということになる。しかも、そのメイズの中には彼等側の立場で活動する「赤竜・群狼」クランの連中が居る。
奴等の狙いは朴木と金元ということだが、邪魔に入った里奈達に何をするか分かったものじゃない。それに、里奈は以前の話の中で「警察との連携が上手く行っていない」とも言っていた。だったら尚の事、不測の事態が起こる危険性もある。
「里奈は、今どこに?」
『私? 今、高津溝口の警察署よ。待機中ってところね……ほんと、モタモタしていて嫌になるわ。そう言えば、コータは何処に居るの?』
「えっと――」
俺の質問に答える里奈は、同じ事を聞き返す。それでチラとタクシーの外を見ると、もう駅前のタクシー降車場に着くといったところ。……うん、正直に言おう。
「実は里奈、俺も――」
『あっ! ゴメン、じゃ又電話するわ――』
ただ、言い掛けた瞬間、里奈は誰かから呼ばれたようで、俺の言葉を遮って電話を切ってしまった。そのため、俺は里奈に告げる事は出来なかったが……まぁ、行動自体は変わらない。[受託業者]が「メイズ」に行くのに、特別な理由は必要ない。
(ちょっと心配なのだ?)
当然だろ。
(愛なのだ?)
そんなんじゃな……その通りです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます