*44話 急転
結局、田中社長や市川さんからの
2人とも不在ならば、しばらく事務所で時間を潰すか、1Fの
(メイズウォーカーは~気楽な稼業ときたもんだ♪ なのだ~♪)
うっせぇ。それに、語尾に
と、それはさておき。
岡本さんの方は、昼飯の後は三鷹の飯田金属に用事があるらしい。なんでも装備の改良とのこと。甲型装備の改良や、フランジメイスの改良ということで、装備品をスポーツバックに入れて携行している。
一方、俺は夕方に里奈と新宿駅で待ち合わせになっている。その後は、この間と同じで夕食を食べて……本当は先ほどハム太が【念話】で連呼していた行為を……と思う気持ちは強いけど、まぁ里奈は明日も普通に仕事なので、また20時頃の解散になるだろう。ガッツくような歳でもないし、激務な里奈に余計な負担を掛けるのも本意じゃない。その辺は自然の流れに身をゆだねるべきだろう。決して尻込みしている訳じゃない、と思う。
ちなみに[チーム岡本]は明日と明後日の活動が
と、そんな事を考えている内にエレベーターは3Fで止まる。最初に案内された時は「おっかなびっくり」だったが、今では通い慣れたお得意様だ。という事で、俺は「田中興業」の事務所の呼び鈴を鳴らした。
事務所のドアは直ぐに開いた。出て来たのは電話を途中で切った若い女ではなく、見慣れた中年パートのおばちゃんだ。
「あら遠藤さん、おはようございます。すみません、社長はまだ来ていなくて――」
と言いつつ、俺達を事務所の中に招き入れようとしてくれるが、ドアが開いた瞬間から中の言い争う声が聞こえて来ていた。1人は市川さんの声だと分かるが、もう1人の声は聞いた事が無いものだった。ちょっと中に入るのが躊躇われる。知らない声の主の方が、結構ヒートアップしている感じだ。
パートのおばちゃんは、そんな俺達の様子に気が付いたのか、事務所の中に向けて、
「市川君! お客さんよ、静かになさい!」
と、窘めるような声を発した。ただのパートのおばちゃんだと思っていたが、その声は随分と迫力がある(後で聞いたところ、このおばちゃん、田中社長の友人で現在
「すみません! ――とにかく谷屋さん、落ち着いてください―― 今行きます!」
と奥から市川さんの声が返ってくる。何やら言い争いの相手に言い含めるような言動に聞こえた。何だろう? まぁ、関係無いか。
程なくして、俺達が案内された応接室に市川さんが姿を現す。それと同時にパートのおばちゃんがコーヒーとバームクーヘン(これは岡本さんがお土産で持ってきた物)を出してくれた。
「すみません、社長は今ちょっと……」
少し言い難そうな市川さんの様子に「こりゃ、今日の買取りは無理だな」と俺は諦めを付けた。まぁ、ポーション類は腐るものでもないし、今日買取りを掛けなければならない事情も無い。
今日買取りに出すポーションは4本で[爆発薬:小][麻痺耐性:小][麻痺毒][入眠毒]だった。まぁ、メイズ潜行中に使用してもいいのだが、この毒系のポーションは結構使い方が難しい。下手をすると味方に被害が出る代物だ。特に3ユニオン合同となった場合、上手く連携が取れず味方を毒の効果範囲に巻き込んでしまう恐れがある。
それでも、世の[
とは言っても、「チーム岡本」の場合はそんな
「今日の買取りは無理っぽいです……すみません」
俺がそんなポーションに関する背景を思い浮かべている間も、市川さんはそう言って謝っている。それで岡本さんは少し残念そうだったが、俺の方は、ポーションの買取りとは別に千尋から受けている「手島の伝言」がある。なので、本来は田中社長宛だけど、市川さんにソレを伝えることに。
「――という伝言なんですが……」
「え! マジっすか! ……実は手島のソレとは別口で連絡があって、それで社長はそっちの方に出張っているんです」
市川さんは驚いた声を出した後、トーンを落とした小声でそう言った。う~ん、双子新地で何が有るのか? ちょっと気になるけど……首を突っ込んでも仕方ないないな。
「手伝えることがあったら、なんでも協力する」
一方、岡本さんはそんな感じ。まぁ、岡本さんは若い頃に田中社長から恩を受けているらしく、義理堅い「
「いや、流石にマズいっすよ岡本さん。そんな事になったら、俺が社長に殺される――」
と、市川さんの口は堅い。それで、結局「又の機会に」という事になった。
*********************
用事が出来ない以上、長居をしても仕方がない。なので、俺と岡本さんは早々に事務所を後にすることに。ただ、ふと気になった事があったので、見送りに出てくれた市川さんにその事を確認する。
「そういえば、朝に電話した時に電話に出た女性に伝言を頼んでいたんですけど、聞いてなかったですか?」
人の電話を途中で切った相手に対する
「え? 遠藤さん、事務所に電話してたんですか? 何時ごろで? え、8時半ごろ……出たのは若い女ですね? 双子新地の事を言っちゃったんですか!」
最初は抑えた声だったが、最後の方は結構な大声になっていた。
「やべぇ!」と慌てる市川さん。
「あの……なんかマズかったですか?」と俺。
「いえ、こっちの話です」と取り繕う市川さん。
妙に後を引く印象を受けたが、市川さんはそこまで言うと、俺と岡本さんを押すようにして事務所の外へ押し出す。そして、「また連絡します」といってドアを閉めようとしたのだが、ドアが閉まる瞬間、事務所の中からこちらを覗き込む別の男の姿が目に入った。
痩せた中年の男。温和そうで「どこにでも居そうな」男に見えるが、身にまとった雰囲気に田中社長を彷彿とさせる鋭さがある。そんな中年男が、締まる間際のドアの隙間から鋭い視線を此方に向けていた。
なんだろう? なんでも無いはずなのに、妙に気になる。そんな予感は、或る程度当たってしまった。その男が、ドアを閉める市川さんを押し退けて、こちらへ迫って来たのだ。
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