*43話 遠藤公太、将来を考える
意識的に思考を手島から引き剥がすと、何か「楽しい事」を考えようと意識する。まぁ、この場合は楽しい事というよりも「気分が上向きになる事」と言うべきか? 幸いな事に、そんな話は幾つかある。
例えば、月々の収入が、多少バラつきは有るものの1,000万円を余裕で超え、今月なんかは「井之頭公園中規模メイズ」15層突破時のドロップというボーナスも有ったので多分2,000万円を超える、ということ。十分に気分が上向きになる話だ。
[受託業者]を始める切っ掛けは「千尋の借金500万円を稼ぐ」というものだった。ただ、それはとっくの昔にミッションコンプリートしているので、今は別の目標がある。それは「3億円貯める」というもの。
まぁ「3億円」の理由自体は曖昧で、少し昔に聞いた話によるとサラリーマンの平均的な生涯年収2億円弱だから、というもの。実際にFZアメージングフードであのまま働いていたら、生涯年収は1億円も行かなかったと思うけど、統計上は2億弱が平均とのこと。だから、その平均よりも少し多い「3億円」が今の目標になっている。
ただ、俺はこの「3億円」を貯蓄しようと考えていたが、それを千尋に話すと、予想外の反応を得た。
――お兄ちゃん、それはダメよ――
とのこと(眼鏡をしていないのに、眼鏡をクイッと持ち上げる仕草をしていた)。
千尋が言うには日本円の価値が上がったり下がったりすることを考えれば、銀行に預けているだけのお金は「死んだ状態」で、額面は同じでも価値が目減りする可能性があるらしい。生まれてこの方、ずっと「デフレ経済」を生きている人生だから実感はないが、世の中にはジンバブエのようなハイパーインフレを経験する国もある。預金金利の上昇を上回るインフレは貯蓄資産の価値を相対的に押し下げる。だからこそ、
――同じお金なら生かさないと――
という事なのだそうだ。これが妹の発言ではなければ、眉唾たっぷりの投資詐欺なのだろうけど、結局、色々と話した結果、総資産(約7,000万円)の半分が投資運用されている。
ちなみに、千尋が突然「資産運用」を言い出した一連の流れについて、俺は当初もの凄く驚いたものだ。(兄妹とは言えちょっと失礼な話だけど)千尋の口から「投資」という言葉が出てくるのが意外過ぎたのだ。ただ、
千尋と「マー君」が一体どんな関係なのか? 俺にはイマイチ想像がつかないが、千尋の資産運用は、そんな「マー君」の人脈を得て行われているらしい。なんでも、「マー君」の個人的な投資顧問にアドバイスを得てやっているとのことで、
――短期利益よりも、長期に安定が見込める投資先を中心にしているわ――
とのことらしい。投資資産の名義は俺で、千尋は「投資利益から500万円をお兄ちゃんに返すんだ」と息巻いている……それって「返した事になるのか?」と思わないでもないが、まぁ、千尋の好きにすればいいと思っている。
ちなみに
勿論、この件は
(む、フラグが立ったのだ?)
あ、今頃起きたか、寝坊ネズミめ!
(その、将来
ばっ、バーロー! いきなり【念話】で頭の中に絡んで来るな!
(照れることは無いのだ。この間も良い感じだったのだ)
ハム太が(念話で)言う「この間」とは、先週の土曜日の話。まぁ、何と言うか……早い話、その日が里奈との「初デート」だった訳だ。
*********************
ただ「初デート」といっても、特に構えて計画を立てたり特別な事をする、という風にはならなかった。それというのも、先週土曜日のデートは一旦約束した後に里奈の側から「急に仕事が入った」とキャンセルさたからだ。それが土曜のお昼前に
――やっぱり会いたいな、ダメかな?――
と、里奈から電話があって、急遽会うことになった。そういう経緯だったから「初デート」だと気合を入れる暇さえ無かった感じだ。その結果、「初デート」としては
里奈の「急な仕事」は午後1番に片付いたらしく、待ち合わせは「15時に新宿駅で」となった。合流後は、そのまま都庁の方へブラブラと歩きながら、ツラツラと取り留めのない会話をする。
途中、目に留まったカフェに入り、そこでコーヒーを飲みながら会話の続きをやる。その後は中央公園の中を通って新宿駅に戻り、夜は
特段のイベントや「どこそこに行って、なになにを見る(やる)」といったタスクが無い分、なんというか、じっくりとお互いの話に耳を傾けることが出来たと思う。会話のボリュームは7:3で里奈の方が話題は多かった。ただ、2人とも「メイズ」に関係する仕事をしているので、話題の半分以上はメイズに関するものになった。「なんて色気の無い話」と里奈が自分で言っていたから、本当はそんな会話になるつもりは無かったのだろうけど、まぁ仕方ない。
そんな会話の中、俺が意外に感じたのは、里奈が結構「仕事上の問題」に頭を悩ませているということ。一応、中学時代から「里奈の事を知っている」自負があった訳だけど、俺の知っている里奈は「サバサバと快活で、言い方は悪くなるが、或る意味男っぽい性格」の里奈であって、仕事で悩む姿が想像できなかった。
その事を素直に白状すると、里奈は「それがコータの好みなのね、分かったわ」と言って笑っていたが、そんな里奈が抱える「仕事上の問題」は結構笑えない内容だった。
――この前の改正メイズ特措法で[管理機構]にメイズ内での警察権限が付与されたの、でも、これが問題で――
そんな愚痴ともとれる里奈の話は、要約すると、[管理機構]に限定的ながら警察権限が付与された事に反発する警察側が、色々と「いやがらせ」的な事を仕掛けて来ている、ということだった。
里奈の話によると、日本国政府がメイズに関連して想定していた「悪い状況」には3つのパターンがあり、それぞれ「甲状況」「乙状況」「丙状況」と呼ばれているらしい。この内、メイズが同時多発的に出現する「乙状況」と、メイズからモンスターが外に出る「丙状況」は既に発生済み。一方、犯罪者やテロリストがメイズを拠点に活動する「甲状況」は未だ発生していない。
ただ、想定された3つの内2つが既に発生した状況で、残りの「甲状況」も
それで突然協力体制を取るように求められた[管理機構]と警察だが、その協力が上手く行っていないらしい。なんでも、改正メイズ特措法に合わせて[管理機構]内の現役出向官僚の立場整理を行った結果、警察庁からの出向者が事実上「ゼロ」となり、その人事体制が悪影響を及ぼしている、とのこと。
――来週、七王子の中規模メイズでウチと警視庁と神奈川県警のSATに自衛隊のメイズ教導隊を加えた合同訓練があるんだけど、どうも、ポシャりそうなのよね――
聞けば、
――私の方が、養ってもらうことになるかも――
結局、里奈はそう言って全部冗談のように纏めてしまったが、俺としは妙に気になる話だった。
*********************
(あの時、「俺が養ってやる」って言えば良かったのだ)
とはハム太の念話。あの時の会話の終わらせ方について、ハム太は結構シツコイ。ちなみに、「養ってもらうかな」と言った里奈に対して俺は、
(何が「里奈らしくないな、大丈夫だって、がんばりなよ」なのだ! コータ殿には口説く気が無いのだ?)
という事らしい。それにしても「口説く」って、もう交際している訳だし、何を今更……
(だ~、分かってないのだ! 食事を与え、贈り物をして、その上で自分が頼れるオスだと示さなければ、生殖行為に辿り着けないのだ)
ハム太の意見は身も蓋も無い。てか、なんだよ「生殖行為」って。
(大輝様も奥手だったが、こうだと決めた後はそれはもう――)
聞きたくないよ! 親友のそんな話は。
(とにかく、吾輩とは違いコータ殿も里奈様も
まぁ、そうかもしれないけど、少しは言い方ってものがあるだろう? 「自然の摂理だから、これから生殖行為をしましょう」ってどんなシチュエーションで使う口説き文句だよ! 大体、生殖行為、生殖行為って連呼するなよ、妙に意識してしまうだろ?
(カマトトぶっても無駄なのだ。吾輩、コータ殿がこの方面に興味深々な事を誰よりもよく知っているのだ。たとえば、クローゼットの奥に隠してある写真集、「セーラー服の秘密」とか――)
「だぁぁ! やめろぉ!」
幾ら念話で繋がっているといっても、俺にもプライバシーというものが有る。それを無視して、性癖(学生時代の恋愛感情が
「ど、どうした、コータ?」
と、念話では無く
「いや、ぼーとしてたから驚かそうとしたんだけど……すまんかった」
「い、いえ……そういう訳では……」
なんとなく気まずいので、丁度よくホームに入って来た電車に飛び乗った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます