*42話 手島のメッセージ


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敦です


今、成成学園前通りからメッセージを送っている


赤竜群狼が双子新地に向かっている。

数は10PTで全部で50人くらい。

僕もその中に加わっている。


田中社長へ伝えてくれ、


よろしく


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 千尋に見せられた手島からのメッセージはこんな内容だった。手島がまだ[赤竜・群狼]に残っていることは知っていたが、その手島が何故田中社長への連絡を千尋に求めているのかが分からない。もっと言えば、手島と田中社長の間に面識があった事も、この時まで俺は知らなかった。[赤竜・群狼]の朴木太一ほうのきたいち金元恵かなもとめぐみを巡るそこら辺・・・・の人間関係は、この時の俺には知る由もない話だ。


 だから、その手島のメッセージを見た時の俺の第一印象は「田中社長が、千尋が被った借金の件で手島を詰めている・・・・・のかな?」というものだった。ただ、そうだとしたら、メッセージの文面と全くかみ合わない。


 次に思い付いたのは、田中社長が後援している[東京DD]へ[赤竜・群狼]クランのメンバーを引き抜くという話。以前に何かのついで・・・話としてチラと聞いた記憶がある。こっちの方・・・・・の話なら、引き抜きに関する内部協力者として手島を使っていると思えば文面の内容にも何となく沿うような気がする。


 でも、それならばこんな朝っぱらから、多分手島としては連絡を取るのも敷居が高い(はずの)千尋に態々わざわざ間接的な伝言を頼む必要性が分からない。田中社長に直接連絡すればいいだろうに、と思う。いったい、どういう事なんだろう――


「お兄ちゃん、メッセージ転送しておいたわ、田中社長に連絡よろしく」

「お、おう」

「じゃ、私もう行くわ、ちょっと遅刻だもん」


 時刻は既に8:10。確かに10分遅刻している。職場と自宅が近い(ほぼ垂直移動だけ)というのも考え物だ。ついついギリギリを狙ってしまうし、遅刻しても言い訳が効かない。ということで、俺は


「分かったよ、行ってらっしゃい」


 と千尋を送り出してリビングに戻る。そして自分のスマホに届いた転送メッセージを確認しつつ、無意識に首をかしげていた。


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 あれから1時間後、俺は通勤ラッシュの電車にもみくちゃ・・・・・にされて高田馬場駅に辿り着いていた。ここで乗り換え、更に新宿でもう一度乗り換えて目指すのは下北沢の田中興業。ただし、目的は手島の件ではない。実は最初から、今日の午前に田中社長を訪ねる予定があった。勿論、不要ポーション類の買取りのためだ。


 買取り自体は4月の末に纏まった数を持ち込んでいたが、田中社長的には


――数が多いのは有難いが、少数でも定期的に持ち込んでもらえると助かる――


 ということ。どういう理由でそう・・なのかは分からない。多分、一気に沢山持ち込まれると買い取り資金を準備するのが大変なんだろう。または、田中社長の依頼者クライアントとのやり取りの都合が有るのかもしれない。


 ちなみに、この「不要ポーションの買取り」だが、田中社長が支払うお金は


――遠藤さん、これは領収書の要らないお金だ――


 とのこと。


 俺としては「ちょっと怪しいなぁ」という感想しかなかったが、それを千尋に話たところ、千尋は血相を変えてマー君(深沢雅治ふかざわまさはる)へ連絡していた。なんでも、マー君の所の顧問税理士に相談するんだそうだ。


 それが2週間ほど前の話。あの後どうなったのか、結論を聞いていないけども、「チーム岡本」の税務関係を担当している千尋は、アレで結構「ビビり」な所があるから、上手く話しを纏めてくれると思っている。


 俺はそんな事を考えつつ、山手線のホームですし詰め・・・・状態の電車を見送る。直ぐに電車に乗らないのは、この駅で待ち合わせの相手・・・・・・・・を待つ必要があるからだ。ということで、俺はホームの柱に背中を預けてボーっと「待ち人」を待つ。


 その間思い出すのは手島のメッセージの件、他には……まぁ里奈の事だ。


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 手島のメッセージについては、千尋がバイトへ向かった後、俺は直ぐに電話を掛けた。ちなみに、俺は田中社長本人の携帯の電話番号は知らないので、事務所の固定電話に掛けたことになる。まだ早いかな? という時刻だったが「市川さん辺りはもう事務所に出てるかもしれないな」と思って電話をした。


 それで掛けた電話だが、電話に出たのが予想に反して若い女性の声だったので驚いた。田中興業の事務所には中年女性(パートのおばちゃん)が事務員として働いているのは知っているが、


『もしもし』


 と電話に出た声は明らかに若い女性のものだった。思わず電話先を間違えたかと思ってスマホの画面を二度見したものだ。ただ、電話先は間違いなく、何度も掛けている田中興業の事務所。なので、


「あの、田中興業さんですか?」


 と、念のために問うと、電話先から、


『あ、はい! 田中興業の事務所です。社長も市川さんもまだ出社していません』


 ということだった。なので、


「お2人の何方どちらかが出社したら、電話を貰えませんか? 遠藤公太と申します」


 と伝言を頼んでおいた。ただ、電話の先の受け答えは


『はぁ』


 と頼りなく感じる。う~ん、或る程度用件を伝えた方が良いかな? 


「手島という男から田中社長に伝言があるんです、[赤竜群狼]が双子新地に向かったって」


 ただ、そうやって用件(というか伝言の内容を少し)伝えた結果、電話の先の若い女性の反応はちょっと普通じゃなかった。


『え? ふ、双子新地ですか?』

「そうです、とにかく社長か市川さんに連絡が付いたら、私の携帯に電話をお願い――」


 言い掛ける俺の言葉の途中で電話を切ってしまったのだ。


「なんだよ、もう」


 ちょっとムッとしつつも、その時は、この後田中興業の事務所に行くのだから、面と向かって説明した方が良いだろう、と思っていた。


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 それにしても、さっきの電話の感じと言い、人待ちの暇つぶしに想像を巡らせるにしても「手島絡み」は余り楽しくない。何となく、心の片隅に「なんであんな奴の事を気にしなければ」という気持ちが有るのは確かだ。


 まぁ、ヤツのお陰で今の収入や生活が有ると言えない事もないのだけど……決して感謝が必要な事をしてもらった・・・・・・訳ではない。[受託業者]になった事で、月々の収入が1,000万円を余裕で超えたり(ポーションの買取りや公式オークションの結果を合わせるとそうなる)、他にも色々と良い事はあったけど、別に手島のお陰・・・・・という話ではない。今は千尋が完全に「借金回収モード」になっているから、当事者として一段格が落ちる俺は黙っているけど、そんな手島に頼られて、俺に話を振って来る千尋も大概だと思う。


 それでもまぁ、千尋の方は、あれだけの話・・・・・・(セフレ云々とか本命が別に居て、妊娠していて、しかも出産間近とか……etc.)を手島から聞かされて「鬱モード」に入らなかっただけマシだろう。思うに「女は逞しいな」という一言に尽きる。この間なんて、手島の奥さん(?)がそろそろ出産月だからと、


 ――律子さんだっけ? ……いつ産まれるのかな?――


 と気にしていた。そこら辺の心の動きというのが、我が妹の事ながら、俺には全く理解不能だ。度量が大きいのか、それとも手島の件は完全に過去の事にしているのか、もしくは肚の底に言い表せないほどの怒りをため込んでいるのか……


「……はぁ」


 いかんいかん、手島絡みだと、どうしても千尋が受けた仕打ちを考えてしまい、気が滅入る。もっと楽しい事を考えないとな……。

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