*幕間話 手島、走る!


 国立西駅前ビルに集まっていたのは10PT総勢約50人。それに普段の倍以上の「世話役」9人(内3人はマイクロバスの運転係だった)を合わせた約60人が3台のマイクロバスに分乗した。僕が乗ったマイクロバスは最後尾の1台だった。定員が30人ほどの車内に20人が乗っている訳だが、[受託業者]の装備品は嵩張かさばるので、車内は思った以上に窮屈に感じる。


 車内には運転手以外の「世話役」が2人。1人が若いチンピラ風で、もう1人は30代後半のヤクザ風といった印象。その内、チンピラ風が運転席の近くに陣取り、ヤクザ風がバスの中ほどに陣取る。それで、周囲の面々に威圧するような視線を向けている。


 僕が座ったのは前から2列目の左側、通路に面したシート。2人掛けシートに同じPTのメンバーと詰めて座っている。丁度、前後をチンピラ風とヤクザ風に挟まれてしまった感じだ。


 バスの運転は結構荒い。特に発進時と停車時の操作が雑なのか、その度バスはガクガクと前後に揺れる。それで、ヤクザ風の男が何度か運転席のこれまたチンピラ風の男を怒鳴り付ける。その言葉は明らかに日本語じゃなかった。


 時折、前の列に座ったチンピラ風がこちらを覗き込むような鋭い視線を向けてくる。しかも、後ろの列に座っているヤクザ風に至っては、今どの方向を向いているのか確認する事も出来ない。これでは、膝上に乗せたバックパックの中のサブスマホを弄る事が出来ない。


(どうする?)


 隣に座った同じPTのメンバーがそんな感じの視線を向けてくるが、今の時点では何も分からないので、首をかしげて「わからない」というジェスチャーで答える。何か行動を起こすにしても、先ずは行先を確認してからだ。ただ、もしも行先が太摩川を渡った先の川崎市高津区「双子新地」方面なら……200万円分の仕事をしなければならないだろう。


*********************


 バスは下道を走っているようだ・・・。「ようだ」というのは、バスの窓はピッチリとカーテンで閉じられ、外が簡単に見えないようになっているからだ。一度、別のPTの誰かがカーテンをめくって外を見ようとした。そいつは、ヤクザ風の男に酷く殴られる結果になった。


 思えば、全員武装している[受託業者]の中で、それだけ横暴に振る舞えるのだから、この「世話役」の連中は普通じゃない。もしかしたら自分達も武器(まさか拳銃とかはないだろうけど)を隠し持っているのか? それとも、[受託業者]といっても人に対して暴力を振るう事には「慣れていない」と高を括っているのか? はたまた、余ほど腕っぷし・・・・に自信があるのか? いずれにしろ、立場的に精神的な優位を握られているのは確かだ。


 カーテンのせいでバスの外を見る事は出来ない。それでも、正面のフロントガラス越しに見える風景で、バスが大体どの辺りを走っているのかは分かる。少し前に「国立市役所前」の交差点を左折したので、今は甲州街道に乗っているだろう。方向的には「双子新地」の方面だ。ただ、この道順だと「調布ビルメイズ」や「成成学園メイズ」、又は世田谷のメイズの可能性もある。もう少し見極める必要があると感じた。


 時刻は7:30を過ぎ、感覚的には調布を過ぎたあたりだと思われる。バスの進みは緩い。少し道路が混みだした、というのもあるだろうけど、それ以外にも運転手の様子がおかしかった。何やら止まる度にカーナビを弄っている。道に迷ったのだろうか?


 そんな運転手の様子に気が付いたチンピラ風が、運転席に近寄るとカーナビを覗き込む。そして、「バシッ」と運転手の頭を叩いた。やっぱり、道を間違えたようだ。それで、2人して何か言い合っているが、その中に「双子新地」と言う言葉が聞こえて来た。


 「やっぱり……」という言葉が口から出掛けて慌ててそれを押しとどめる。バスの行先、つまり「遠征」先は「双子新地」に出来た[双子新地高架下メイズ]で間違いない。その場所は朴木さんと金元さんが逃げ込んでいるメイズだ。


 今のところ、あの2人がメイズから出て田中社長に保護されたという情報は無い。だからまだ中にとどまっているのだろう。だとすれば、「世話役」の連中は[赤竜・群狼]クランを使ってあの2人を捕まえるつもりなのだろう。つまり、田中社長が言うところの「何かあったら」という状況が起きている事になる。ただ、それを伝える方法が……この時は無かった。


 状況が変化したのは、この後しばらく時間が経った、8時前のことだった。


*********************


 甲州街道を進んだバスは、途中で道を間違えた。途中で甲州街道を降りるつもりが、見過ごしてそのまま直進したのだろう。それで、ルートを再設定したのか、バスはそのまましばらく甲州街道を進み、途中で右折した。フロントガラス越しに見える風景から、仙川の辺りだと分かった。


 この辺りは成成学園大学に近い。3年前に成成学園大学の女子大生と付き合ったことがあるので、土地勘もある。まぁ、交際自体は「金持ちのお嬢様ってどんな感じだろう?」という好奇心優先の「遊び半分」だったので2か月ほどで飽きてしまったが、何度かこの辺り ――成成学園前通り―― を訪れた事もある。


 思った通り、フロントガラスから見える外の風景は成成学園前通りのものだった。


 と、ここで運転手が声を発した。相変わらず日本語ではないが、少し申し訳なさそうな、怯えるようなニュアンスが聞き取れた。対して僕の後ろに座っていたヤクザ風が、それに怒鳴り返す。怒鳴るだけでは飽き足らないようで、席を立つと通路をずかずかと進み、運転席のチンピラ風をどやして殴り付けた。


(なんだ?)

(さぁ?)


 運転席近辺では殴られて半泣きで謝る運転手と、怒りが収まらないヤクザ風、その暴力を止めようとするチンピラ風の3人が内輪揉めをしている。多分チャンスだろう。


 僕はそう考えてバックパックの中に手を伸ばす。手探りでサブのスマホを探り当て、指の感触を頼りに電源を入れる。そこでチラと中を覗くと、液晶のバックライトの明かりが見えた。バッテリーの残量は9%。今や律子一本・・・・・・に心を決めているので、このスマホに登録されている女の子達の連絡先には用事がない。それでも未練たらしくスマホを持ち続けていたのだが、今の場合はそれが「良かった」。


 素早くパスを入れてメッセージアプリを立ち上げる。田中社長や田中興業関係者の連絡先はこのスマホには入っていない。ただ、細い線だが田中社長に繋がる・・・連絡先が1つだけ入っている。それは、


――チヒロちゃん――


 自分がやった事を考えれば無視されるか、そもそもブロックされている可能性もある。でも、チヒロちゃんから遠藤元サブマネを通じて田中社長へ辿り着くことは出来る。その細い1本の線が今の頼りだ。


 僕は考えていたメッセージを打ち込む。


 打ち込み始めたのと同時に、バスは左に曲がる。歩道の縁石をタイヤが踏む感触があった。道路沿いの何処かに停車するのか? と一瞬考えるが、今は素早くメッセージを打ち込むことに集中する。


 バスは停車したようだ。プシュッと音を立ててドアが開く。それで、若いチンピラ風が外へ降りて行った。もう少し、もう少し……


*********************


敦です


今、成成学園前通りからメッセージを送っている


赤竜群狼が双子新地に向かっている。

数は10PTで全部で50人くらい。

僕もその中に加わっている。


田中社長へ伝えてくれ、


よろしく


*********************


 これでよし、送信っと――


「おまえ、何やってる!」

「あっ!」


 あっと思った時には襟首をつかまれて強引に引き立たされていた。目を上げると怒りきった表情のヤクザ風の顔が迫っている。既に拳を振り上げていて、それが力任せに僕の左顎に炸裂した。勢いでシートに倒れ込み、スマホを取り落とす。痛みで涙ぐんだ視界に、ヤクザ風がスマホを拾い上げるのが見えた。


(ヤバイ!)


 その瞬間考えたことは「田中社長との繋がりがバレる」という事よりも、「無関係なチヒロを巻き込んでしまう」ということ。散々迷惑を掛けた相手に、更に迷惑の上書きなんて、幾ら僕でもとても出来ない。


 実際はそこまで考えたかどうかは怪しいが、この時の僕は咄嗟に身体が動いていた。


「あっ!」


 シートから跳ね上がるようにしてヤクザ風の男にタックルを仕掛ける。それで、ヤクザ風は姿勢を崩して通路に倒れる。倒れる際に「ゴンッ」とシートのひじ掛けに頭をぶつけたようだ。


「逃げるぞ!」

「え?」

「まじか?」

「行こう!」


 スマホを奪い返し、PTメンバーに声を掛けた俺は、床に伸びたヤクザ風の身体を跨いでバスの出口を目指す。この時初めて、バスがガソリンスタンドに停車していることが分かった。だとすると、さっきの口論は「ガス欠」が理由だったのか。道を間違えた挙句にガス欠とはついてない・・・・・運転手だ……って、まぁそれはどうでも良い。


 バスを飛び出し、道路へ向かう。


「アツシ、何処へ?」

「成成学園のメイズだ!」

「なる!」

「近いか?」

「走れば、多分」


 丁度良い事に目の前の交差点の信号は青。一気に渡って成成学園の敷地をめざ――


――パンッ


 瞬間、肩の辺りをドンと押された気がした。それで「え?」と思うが、急激に右肩の辺りに痛みがこみ上げてくる。熱い痛みだ。


「アツシ!」


 仲間の悲鳴が耳元で聞こえ、ぐらつく身体を誰かが支えてくれる。


「しっかりしろ!」

「抱えて行くぞ」

「つかまれ、大丈夫だ!」


 何がどうなってるのか……分かったのは交差点を渡り切った時だった。どうやら僕は銃で撃たれたらしい。撃たれたのは右肩。多分弾が貫通したのか、首元から胸に掛けてジクジクと熱く濡れた感触が広がっている。


「アツシ、走れるか?」

「だ、だいじょうぶ」


 まさか銃を持っているとは、それも街中でいきなり撃って来るとは思わなかった。しかし、まだ足は動く。動くうちは逃げるだけだ。


「まだ走れる! 行こう!」


 そうして、僕達は成成学園前通りから細い路地へ逃げ込んだ。目指すは学園敷地内にある「成成学園メイズ」。敷地内への学生以外の立ち入りは「事前許可」が必要になるが、それは建前の話。最近は昔と違ってセキュリティーが厳しくなっているとも聞くけど……だったら、逃げ込むには丁度良いかもしれない。


 と、この時の僕は、その程度の考えだった。ただ、その結果、もっとややこしい・・・・・状況に、僕達は追い詰められることになった。というのも、この時の僕達は、「世話役」はバスに同乗した連中だけだと思っていた。だが、実際にはバスの後ろを追走するように3台のミニバンが続いていた。その内1台が学園前通り逸れて僕達の後を追う。その車内には「世話役」よりもよっぽどヤバイ奴等が乗っていた。



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